22年前。 俺、霧島虎尾がまだ本名の霧島治（キリシマオサム）という名前しか持っていなかった18歳の春。 日本の大学に入学した。 6歳から父親の仕事の都合でアメリカで育った俺は、やっと日本の学校に行けることが嬉しかった。 アメリカの学校生活は楽しかったが、俺は日本に度々帰ってくるたびに日本の方が俺には合っていると思っていた。 何より治安がいい。そして、人々が優しい。 そして、食べ物が美味しい。 あのアメリカの大味な味付けよりも、母親が作ってくれる、日本料理の方が好きだった。 日本に帰れば、街中の食堂でもそれらが食べられる。 そんな動機で日本の大学に進学したのだった。 両親には反対されたが・・・。 今から22年前はまだ携帯電話も国際電話も高かったし、ちょうど親の監視から逃れられるという事も気に入っていた。もちろんインターネットだって、今ほど普及していない。 スカイプやSNSなどもない時代だ。 進学のお金は親が信託などで運用してくれていたから、１８歳の時には既に大学４年間の生活費も含めて充分なほどの金を持っていた。 ありがたい話だ。 これぞ真の自由だ！などと思っていた。 大学に入学して一ヶ月が経った５月頭。 俺は何かクラブ活動をしたいと思っていた。 その時、たまたま見つけた軽音楽部に入部した。 この大学の軽音楽部はなかなか活発に活動していて、月に１度はライブハウスなどで演奏していた。 俺はボーカルになった。 英語が話せたのと元来歌は上手かったからだ。 ある日のバンド練習の時に、１学年上のピアノ担当の亜希子先輩の彼氏が缶コーヒーを手土産に部に顔を出した。 それが、星野大河との出会いだった。 彼も亜希子先輩と同じ学年だった。 俺は楽曲のキー合わせや、練習などで亜希子先輩と二人でリハをすることが多かった。 その度にこの星野大河が見学をしている。 きっと、男と二人きりのリハだから、心配して見に来ているのだろうな・・・と初めの頃は思っていた。 これは後々発覚するのだが、実はそうではなかったようだ。 週に２度は亜希子先輩とリハをする。 月に１回のライブはまあまあ人気があって、その度に必ず新曲を歌うというノルマがあったのだ。そのうちお洒落なカフェバーでの演奏の依頼なども受けていた。 その時にはギターとピアノとボーカル、もしくはピアノとベースとボーカル、のように少人数で動く。 ピアノと二人の時もあった。 そうなると必然的にリハの回数が必要になっていたのだ。 いつだったか、大河に聞いたことがあった。 「先輩、俺のまだヘタな歌を聞いてて、 　退屈じゃないですか？」 「いや。治の声は低音が響いてとても心地いいから、 　寝てしまえるくらいだよ」 そう返してきた大河の言葉はずっと覚えている。 自分の声を心地いいと初めて言ってくれた人間だった。 そんな感じで、１年間はほとんどこのカップルと過ごす時間が多かった。 カフェバーでのライブの時にも大河は一緒にいて、マネージャーもどきのことをしてくれていた。 俺は金には困っていなかったから、アルバイトをする必要がなかったが、二人は週に３日くらいはアルバイトをしていたようだった。 そのアルバイトの日がバラバラになって、一人暇な時に大河は俺に連絡をくれる様になっていた。 亜希子先輩抜きでも遊ぶ中になっていた。 正直、俺と大河が二人で遊んでいたら、最強だった。 俺も大河も身長が高い。 大河は綺麗な顔立ちをしていて、一見クールな雰囲気だが、笑うととても優しい目をするのだ。 そして、俺は帰国子女なうえ、バンドのボーカルということもあって、その界隈では少しだけ有名だった。 モテてなかったとは言わない。 いや、かなりモテていた。 だが、大河には亜希子先輩がいたから、専ら女遊びをしていたのは俺の方だった。 大河と会わない日は、特定の相手に絞らずデートをしては、カジュアルな関係を楽しんでいた。 アメリカ生活で培った女性を褒める言葉は、日本語でもスラスラ出てくる。 いつもその姿を見て、大河に揶揄われたものだ。 「日本語でそんなにスラスラ女を褒める奴なんて、見たことない」 そう言われていた。 大学2年に進級した年、英文学科に通っていた亜希子先輩は留学した。１年間の留学の予定だったが、結局、そのまま４年間帰ってこなかった。 その4年間、俺と大河は毎日のようにつるんでいた。 そしてその頃には俺と大河はもうただの先輩後輩という関係ではなくなっていた。