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ありふれた殺人 1-1
私は見ての通り貧相で幸薄な男だが、ひとつだけ日課と呼べるものがあった。
毎朝七時。朝食を終えた私は着替えをし、麓の町までランニングをしていた。往復で約三マイル。毎日の運動としては程よい距離だと思う。
いつの頃からか、ランニングの最中に目につく人物と出会うようになった。人目を惹く真っ黄色のパーカーを着た、背の高い人物だ。いつもフードを被っていたため、男か女かはわからなかった。私はいつもその人物に軽快に追い越され、少しばかり惨めな気分を味わっていた。
だがそのような日々が続いていくうち、私の視線は次第にその人物の肉体美に目が行くようになっていた。
腰からふくらはぎにかけての流れるように美しい造形。本能的に男だと思った。おそらく自分よりも一回りほど年下の。
いつしか私は毎朝の日課の項目にランニングと、黄色のパーカーの男の観察が追加されていた。
◇
妻子と別れた私は山奥に小屋を建て、麓の町には週に一度買い出しのため、車で出かけていた。一週間分の食材、日用品などを買い貯め、すぐに入手できないものがあれば、町に唯一ある宅配便を利用し、面倒だが私の家まで届けてもらうように依頼をかけていた。
おおよそ半月に一度のペースで、私の地区の担当であるマイクという若い配達員は、決まった小包を持って私の家を訪れた。
私はかつて小説家だった――知名度は二流どころか三流の売れない小説家だったが、それでも出版社からファンレターや次回作の構想、担当者からの催促の手紙、その他必要書類などが毎月送られてくるのだ。
話が逸れてしまった。本筋に戻そう。
私は出版社からの荷物の他に、箱買いした缶詰や暖炉を燃やす大量の薪など、車で運び切れない重い荷物も、時折マイクに頼んでいた。
厄介な男の頼みにも、マイクは嫌な顔ひとつ見せずに快く応じてくれた。若く精悍な彼の笑顔は、独り山奥で過ごす私にとって、昔の輝かしい時代を思い出させてくれる財産にも等しかった。
いつも通り買ったものを後部座席とトランクに収め、私は家路を急いだ。町から家までほぼ一本道である。やはり自ら走るよりも運転している方が、眺める景色が良い。
車窓に流れる木々をぼんやりと眺めていると、ふと前方に例の黄色のパーカーの男が見えた。時刻は昼過ぎ。朝だけではなくこの時間も彼は走っていたのか。感心していたのも束の間、突然男は道の脇に座りこむような姿勢をとった。思わず私は窓を開けて彼に声をかけた。
「そこの君、大丈夫かい?」
彼の反応次第ではこのままUターンして町医者に駆けこもうかと思っていたが、杞憂に終わったらしい。
「ご心配なく。靴紐がほどけてしまっただけです。お気遣いありがとう」
なんと心地の良いテノールだろう。相変わらずフードを被ったままだったので顔までは見えなかったが、美声に見合ったハンサムであろうと私は確信した。
「では、俺はこれで」
「あ、ああ……お気をつけて」
彼との別れが惜しく、いっそ彼の後を追ってみたいと野蛮な考えすら浮かんだが、自分の容姿をはたと思い出した。彼は若くハンサムで魅力的な肉体をしている。対して私は四十半ばを超え妻子と別れた見すぼらしい男。釣り合うわけがない。
視界から黄色のパーカーが完全に消えるまで、私は自らの感情を圧し殺そうと努力した。
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