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ありふれた殺人 1-4

 ジョエルに会う機会はほんの数か月で終わってしまった。捻挫さえ治ってしまえば、私がジョエルに会いに行く理由もないし、また、本格的に付き合うといった夢物語も当然ありえなかった。  ジョエルは魅力的で理想の男性だったが、私とでは到底釣り合わない。  最後の受診時にジョエルから個人的な連絡先を渡されたが、私はその小さな紙きれをゴミ箱に捨てた。取っておいたら未練が残ってしまう。ジョエルとの関係はあくまでも医者と患者でなくてはならない。  私はジョエルを忘れようと心掛けた。  ジョエルと最後に会ってから三日ほど経ち、そろそろ日課であったランニングを再開しても良い頃だと思い至った。  しかし、病み上がりの身体で町まで行くのはさすがに難しく、まずは近くの森をウォーキングしながらぐるりと散策してみた。  そろそろ厚手のコートが必要になりそうな気温だが、凍てつくような寒さが私は好きだった。  三十分ほど歩き、足首の具合を確かめると、まだまだ大丈夫だと言っているように思えた。もう三十分歩いてみよう。それから家に帰り、温かいスープを飲み、今日は本でも読んで過ごそう。  次の日はスローペースはあるが町までのランニングを再開してみた。町までの一本道は誰ともすれ違わないため、私がそれこそ亀のようなゆっくりとした速度で走ったところで、誰からも笑われたり、からかわれたりしない。  日にちが経つごとに私の足首はどんどん不調を取り戻していき、ようやく以前のようなスピードで三マイルのランニングをこなせるようになってきた。  ひとりきりのランニングはどこか寂しさを伴うものであったが――その理由はわかっていた。  足を挫くまでよく見かけていた、あの黄色のパーカーの男の姿をまるきり見なくなったのだ。  初めは彼の方が習慣を変えて別の時間帯に走るようになっただとか、あるいは私と同じように何らかの事情で日課のランニングができなくなってしまっただとか、様々な理由を考えた。  しかし結局のところ、一番現実的なことは、彼が遠くに行ってしまったということだろう。都会へ引っ越したのか、家庭ができたのか、理由はいくらでも想像がついた。  せめて名前だけでも聞いておけば、同じ趣味を持つ友人として仲良くなれたのだろうか。いや、できないだろう。  彼もジョエルと同じくらい若く、また魅力的な男だったため――彼のセクシャリティは知らないが――声をかけたところで私は見向きもされなかっただろう。  何もかも忘れてしまおう。元々独りになりたくて妻子と別れて山奥に籠っていたのだ。  短期間で心を動かされるような運命的な出会いを二度も味わえたことだけで、私は十分幸せではないか。一生孤独でいよう。町に出たとしても最低限の会話で済まそう。  私という人間の存在など、誰も覚えていなくてもいいのだ。

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