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ありふれた殺人 3-5

 ジョエルが私に指示したのは寝室の床に防水シートを敷き、その中央にマイクを仰向けに寝かせることだった。  その間ジョエルはボストンバッグの中からロール状になった布の包みを取り出し、マイクのかたわらでそれを広げた。  鋸や肉切り包丁、サバイバルナイフ等、中には素人では用途すらわからない七つ道具の中から、ジョエルは小ぶりだが鋭い両刃のナイフを手にマイクの胸の上にまたがると、壁際に身を寄せていた私を呼んだ。 「ダニー、もっと近くで見たらどうだい? せっかくの解体ショーなのに、観客がいないと俺も悲しいだろう?」  マイクの存在をきっかけに、ジョエルは私に対して挑発的な言動を多く示した。  今になって思えば、私がこの場にいるすべての布石だったように思えるが。  とにかくそのときのジョエルは隙だらけだった。刃物をずらりと並べた状態で、あろうことか私に背を向けている。  私は試されている。罠に違いない。  それでもわたしはジョエルに近づく際に彼の七つ道具から私でも扱えそうなナイフを手に取り、背後に隠しながら歩みを進めた。 「死体を解体する時、俺はまず頭部を切り離す。魚や家畜と一緒さ。頭さえなければ、ただの肉塊同然だ」  ジョエルはマイクの折れた首筋に一筋の切りこみ線を入れる。 「ある程度ナイフで切って、骨まで到達したら、鋸で一気に切り離す。――さあ、ダニー。その中から鋸を俺に渡してくれ」  ジョエルは後ろを振り向くことなく私に命じた。これが合図なのだと直感でわかった。  私は一瞬の迷いもなく隠し持っていたナイフでジョエルの背中を刺した。  刃先が肉にめりこむ感触に私が怯むと、刺された当人のジョエルはゆっくりと振り返り、不気味な顔で笑った。 「一度引き抜け。そこじゃあ殺せない。ほら、引き抜くんだ、ダニー。次は正面から刺してみろ」  私は機械的にナイフを引き抜き、いつの間にか正面に立っていたジョエルの心臓を狙って突き刺した。しかし返り血や粘ついた脂で手元が滑り、二撃目はジョエルの左脇腹に刺さっていた。 「最高だよ、ダニー……さあ、そのまま、もっと奥へ刺して、中をかき回すように……ずっと俺を殺したかったんだろう?」  ジョエルは片手でナイフを握る私の手を包み、もう片方の手で私を抱き寄せた。刃先がさらにジョエルにめりこんだ。 「愛してる、ダニー……俺を殺せたら……あなたも、俺と同じ、殺人者だ……」 「……っ、ち、違う……私は……」 「違わないさ……早くナイフを動かすか、もう一度心臓を狙ってみろ……もし、俺を殺せたら…………あなたに最高のプレゼントを届けよう――――」 「うああああああ――――っ!」  私はすべての力を使ってジョエルを引き剥がし、仰向けに倒れこんだ彼に馬乗りになると、何度も、何度も、何度も何度もナイフを振り下ろした。  ジョエルの血や体液や脂でぎとぎとになったナイフが私の手から滑り落ちたところで、私はようやく我に返った。  ジョエルの身体は――特に顔は、原形を留めていないほど酷い有様で、私自身もおびただしいほどの返り血を浴び、客観的に見たら凄惨な殺害現場に見えるだろう。  私たちのそばには首の折れた若い男の死体も転がっているのだ。  それなのに私は……。  この部屋で唯一生き残った私は……。  自分でも驚くほど無の感情に近かった。  ジョエルの死体から身を起こすと、右足首と鎖とを繋いでいた結束バンドを切り、それから寝室内を歩き回った。無性に煙草が吸いたくなった。  目的の物はすぐに見つかった。私から奪った煙草とライターをジョエルが常に身に着けていたことを私は知っていた。  脱ぎ捨てられたジョエルのスラックスからそれらを取り戻すと、さっそく一本吸った。自由を手にしたというのに何の感慨もない。  あるのはふたりの男の惨殺死体と、返り血で赤く染まりながら煙草をくゆらせる部屋の主。  私自身おかしくなっていたのかもしれない。  血生臭い現場で吸う一本は、これまでに吸ったどの煙草よりも美味しく感じた。

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