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「意外と激しかったな、あのドラゴンコースター。子供向けなのに」 「な!サイズがコンパクトな分、体が座席にガンガンぶつかるんだよな!」 ドラゴンコースターとは、あの子供向けのコースターの事だ。コースターの座席が龍の姿をしており、龍の背中に乗って宙を巡る、というのがコンセプトのようだ。 蛍斗(けいと)の急所を突いてやろうという悪戯心で面白半分で乗ったのだが、高所から急降下しない分、コーナーの曲がり方がかなり急だった。子供は平気な顔をして乗っていたが、大人の方が体が大きい分、遠心力のかかる影響が違うのか、安全ベルトで固定されているのにも関わらず、大人達は体を座席の壁にがたがたと体をぶつけ、これがなかなかに痛かった。それは蛍斗も澄香(すみか)も同じで、二人揃って痛い目に合うのも、なんだかおかしくて笑ってしまった。 それからは休憩を挟みつつ、軽めのアトラクションを楽しみ、チュロスを食べ歩き、気づけばすっかり夕暮れだ。そろそろ帰り始める客の流れに二人も乗り、澄香はふと人だかりの出来ている店に目を向けた。遊園地のグッズ等を売っている、お土産屋さんのようだ。 「あ、何かお土産買ってく?記念に」 「何の記念ですか」 「そりゃ、」 振り返って、澄香ははたと固まった。そうだ、これは何の記念だと考え、蛍斗とはそういう関係じゃない事を思い出す。仮の恋人、蛍斗にとっても何か目的のある関係、友達でもない。 普通に楽しんでしまったので、忘れていた。 澄香は戸惑った様子で帽子の端を片手で掴んだが、俯いたのも束の間、何かひらめいたとばかりに顔を上げた。 「そろそろ腹減ったな!ロマネスク行くか!」 「ロマネスク?」 「久しぶりにピアノ聞かせてよ」 「…あんた本当に好きだな、あんなピアノ、どこが良いんだよ」 「自分の事なのに、あんなとか言うなよ。寂しいだろ」 溜め息混じりに言った蛍斗に、澄香は困った顔で笑い歩き出した。 「俺は好きだよ、(じん)と別れた次の日も、慰めてほしくて聞きに行った位には好き」 「…ふーん」 「ピアノで食べてこうとは思わないの?」 「…言われなくてもその予定です」 さらりと聞こえた言葉に、澄香は、え、と足を止めた。 「本当?プロデビューってやつ?ピアニストで?」 「いや、音楽ユニットで」 「ユニット?」 「ボーカルや色んな楽器入れて。親も兄貴も有名だから、俺が入れば話題になるって思ったんじゃないですか?」 そう言えば、仁の兄弟という事は、母親はミュージカル人気を世間に広めた立役者でもある、外崎(とのさき)リクだ。彼女は誰もが認めるミュージカル界のスターだ。 血が繋がっていないと言っていたが、どちらが母の血を継いでるのだろう、やはりミュージカルの道に向かった仁だろうか。でも、顔が似ているのは蛍斗のような気がする。 だがそれよりも、澄香には腑に落ちない事があった。 澄香はムッとした表情で、蛍斗の前に回り込んだ。 「お前、なんでさっきから寂しい事ばかり言うんだよ!」 「は?」 「確かに親も兄貴も凄いけど、それだけでユニットに入ってデビュー出来る位、そんなつまんない奴らの集まりか?そんな簡単な世界か?違うだろ?」 「…見てもないのに何で言いきれるんだよ」 「分かるよ、俺は蛍斗のピアノのファンなんだから。蛍斗のピアノが、どんな奴らの耳に止まって、どんな風に望まれてるのか位分かる。才能があるのに、そんな風にしか自分を見れないなんて、勿体ないじゃん」 「それに、せっかくデビューする仲間に対してそんな言い方失礼だろ」と、澄香は続けた。 「…仁もデビュー前後は大変だったって言ってた。安定してきたのは最近とかさ。 才能あったって日の目見ない奴らなんてざらなんだろ?凄いじゃん!いつか兄貴よりも有名になったりしてさ!」 「…おめでたいな、あんた。何でも良い方にばっか考えて。後で痛い目見るんじゃないの」 蛍斗の皮肉に、澄香は思わず口をつぐんだ。 嫌な思いが澄香の胸の内をつついたけれど、そんな事にはもう慣れっこだ。苦い思いも、もどかしさも、受け流す術は心得ている。 澄香は帽子の端に手を触れ、苦笑った。 「見てるよ、俺には色々と制限あるから、沢山失敗した。夢は見てる方が良いなーとも思うけど、やっぱり叶えられるものは叶えたいよ」 癖のように帽子を掴む澄香に、蛍斗は突然現れた澄香の犬の耳を思い出し、気まずい思いで視線を俯けた。獣憑きの症状は、心の状態にも左右されるという。澄香が何を望んで諦めてきたのかは分からないが、きっとそれは普通の人間よりも多いのではないかと思えた。 悪い事を思い出させたかもしれない、そう申し訳なく思うと同時に、蛍斗の脳裏には仁の存在が浮かんでいた。 寂しく笑う澄香の、その夢の一つに仁の存在があるのだろうか。獣憑きの症状に理解を示した恋人、その未来を、今でも望んでいるのだろうか。 蛍斗は、ぎゅっと拳を握りしめると、顔を上げた。 「…じゃあ、ライブ来る?」 「ライブ?」 「うん、デビュー記念ライブ。まだ少し先だけど。元々インディーズで回ってたんだけどさ」 「なんだ、やっぱりちゃんとしたユニットじゃん!何年位やってるの?」 寂しげな笑顔が、驚きと好奇心に掻き消され、蛍斗はほっとした。 「五年」 「長!そんな仲間を邪険にするなよ」 「…いや、加入した当初は話題作りもあったと思う。ほら、顔も良くてピアノもそこそこで、曲も作れて家族は有名人でさ」 「こらこら」 「でも、そうだな。いつの間にかちゃんと音楽をやってた。…俺、ずっと悔しかったんだ。仁は俺に無いもの全部持ってて。母さんと血が繋がってるのは俺なのに、なんであいつが、母さんの血を引いてるみたいになってるんだよって」 澄香の目がこちらに向いてほっとしたせいだろうか、蛍斗の口からは、不思議と素直な思いが溢れていく。 「俺が、なりたかったんだ。でも、才能が無かった。だから、ピアノを極めようって思ったんだけど、それもコンテストじゃ全然で。でも、音楽を続けてれば、いつか母さんと同じステージに立てるかもって。そしたら仁がやって来て、あれよあれよだよ。なのに、兄貴は兄貴だしさ」 「…放っておけないんだろ、弟なんだから」 澄香の優しい言葉に、蛍斗は、ふてくされた様子で唇を尖らせた。 「そこがムカつく。だから…チャンスだと思った」 「チャンス?」 「あんたを取るチャンス。あいつが手放したあんたを手に入れれば、あいつの悔しがる顔が見れると思ったから」 蛍斗の発言に、澄香はぽかんとしてしまった。蛍斗は何を言っているのか。 「バカだなー、お前。そんなんで仁が悔しがる筈ないだろ。大体、なんで振った方が悔しがるんだよ」 呆れて笑えば、じっと睨むように見つめられ、澄香は思わずたじろいだ。何かおかしな事を言っただろうかと、戸惑いを見せる澄香に対し、蛍斗は何か言おうとした様子だったが、それを言葉にする事はなかった。 代わりに蛍斗は視線を俯け、そっと澄香の手に触れた。 「…手、繋いでいい?」 「え?」 「手」 「う、うん」 「離さなくても、いい?」 「え、どう、だろう…」 「俺はもう少し、あんたと居たい。これは本当。もっとあんたを知りたいし、仁の所には行かせたくない」 俯き話す蛍斗に、澄香は困った顔をする。先程から蛍斗の話がよく分からない。仁に振られたのは澄香なのに、蛍斗の口振りでは、まるで仁がまだ澄香に気があるように聞こえる。 「だから行く筈ないだろ、俺は愛想を尽かされた方なんだからさ」 おかしな事を言うなと思いつつ、控え目に握られた手がなんだか不安そうで、寂しそうで、澄香は思いきってその手をぎゅっと握った。すると、蛍斗はあからさまにほっとした表情を浮かべたので、澄香もつられて頬を緩めてしまった。 「チケット渡すから」 「うん、楽しみだなー」 「絶対行くからな!」と、楽しそうに澄香が笑えば、蛍斗も表情を緩めて頷いた。優しいその顔に、また少しだけ蛍斗との距離が縮まった気がした。

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