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そして、澄香 と蛍斗 を乗せ、実紗 は再び車を走らせた。街中を抜けて向かった先に、大きな観覧車とアルプスの山々のような建造物が見えてくる。
「…あれ、ここ」
「あ、覚えてる?」
窓に張りついた澄香に、実紗が嬉しそうに声をかけた。
「随分変わったな、潰れるんじゃなかったのか?」
「|周防《すおう》グループが買い取って、立て直したんだよ。前の遊園地は澄香も行った事あるんでしょ?」
「…どうだったかな…」
「はは、確か三、四歳とかだもんな、覚えてないか」
二人の会話を聞きながら、窓の外を眺める澄香にならい、蛍斗 も澄香の背中越しに車窓の外に目を向けた。
ジェットコースターが悲鳴を連れて山を下っていく。蛍斗はあれに乗りたいとは思わないが、この遊園地がテレビで特集されているのを何度も見た事がある、人気の遊園地だ。
ふと、蛍斗はじっと遊園地を眺める澄香の背中に目を向けた。幼い頃なら、きっと親と行ったのだろう。そこに、父親は居たのだろうか。
実紗が車を止めたのは、その遊園地からそう遠くない場所だった。
住宅街から少し離れた場所にあるが、小さな庭のついたどこにでもありそうな二階建ての一軒家だ。車庫に車を入れ、表に出る。澄香の中に、だんだんと記憶が蘇ってきていた。
昔よりはくたびれているが、それでも記憶と違わない、白い壁の家。
ここは、周防の所有地で、澄香と母が暮らした家だ。澄香が中学に上がるまで、この家で暮らしていた。
思い返せば、周防の家とは嫌な思い出しかないが、小学校に上がってからは、学校や近所の人達とは、良好な付き合いが出来ていた。誰も周防の愛人とその子供とは思わなかったのか、それとも母親の人柄のお陰だろうか。
そのせいもあるのだろう、効き目が弱くとも薬さえちゃんと飲んでおけば、澄香が人前で耳を出してしまう事もあまり無かった。公一 に獣憑きの症状がばれてしまってからは、事情を知ってる公一が居るお陰で、学校生活もより不安なく過ごせていたほどだ。
「…まだ残してたんだな」
「中もそのままだよ。きっと、思い出を壊したくなかったんだよ」
実紗の言葉に、蛍斗は思わず澄香を見たが、澄香は俯いて家から目を逸らしていた。
「…それが何だって言うんだよ、俺が邪魔って事に変わりないだろ」
澄香は戸惑いに瞳を揺らし、帽子をぎゅっと掴む。不安な時に出る癖だ。それを見て、蛍斗は澄香の手を取り、実紗を見上げた。
「ついでだから、遊園地見て来て良いですか?どうせ時間あるんでしょ?」
「お!良い考えだね」
「…ついて来ませんよね」
「デートの邪魔はしないよ。でも、うちの子泣かせないでよ~」
「誰が!行こう、澄香さん」
「え、ちょっと」
「あ、待って待って!」
実紗は二人を引き止めると、名刺を差し出した。
「受付でこれ見せれば入れるようにしとくから」
「え?」
「代金はうちで持つから、好きに遊んでおいで」
随分気前の良い言葉に、蛍斗は訝しんで実紗を見上げた。実紗は相変わらずにこやかだが、蛍斗は、なんだか試されているようにも感じられた。考えすぎだろうか、それでも蛍斗は暫し実紗の名刺を睨んでいたが、使って良いというのだから有り難く使わせて貰う事とした。タダより安いものはない。
「どうも」と、素っ気ないながらも蛍斗が実紗の好意を受け取ると、実紗はぽん、と蛍斗の肩を叩いた。澄香を頼むよ、と言われた気がして、蛍斗はムッと眉を寄せた。
実紗に言われるまでもない、という思いと、何故実紗にそんな事を言われなければならない、という思いがない交ぜになって胸に渦巻く。
何より、澄香を不安にさせているのはこの場所で、周防に関わる全ての事で、蛍斗にとってそれは実紗も同じだった。
「…行こ」
「う、うん」
「いってらっしゃい」と、にこやかに送り出す実紗には振り返らず、蛍斗は澄香の手を引き駆け出した。実紗の前で居心地の悪さを感じたのもあるが、早く澄香を不安から連れ出したかった。
澄香はと言えば、グイグイと手を引いて走る蛍斗を見上げ、きょとんとしていた。だがそれは束の間の事で、しっかりと握られた手に安心して、次第に表情が緩んでいく。「澄香さん」と名前を呼ばれ、澄香は顔を上げた。
「今は俺がいるんだから、大丈夫だよ」
「え?」
「もし不安になったら寄りかかればいいし、耳や尻尾が出たら、俺が隠すから」
「…それじゃ、蛍斗が困るだろ」
「じゃあ、俺の事だけ考えてて」
蛍斗はそう言うと、立ち止まり振り返った。
「今日は、俺だけ見てて」
真っ直ぐと、でもどこか必死に、願うように蛍斗は言う。そんな風に気持ちを届けられたら、澄香の心も、きゅっとなる。いつもとは違う意味で心が騒ついて、澄香は戸惑って視線を彷徨わせた。
こんなんじゃ、今日どころか、明日も明後日も蛍斗の事でいっぱいになりそうだと。
どうして、こんなに思ってくれるのだろうと、胸がいっぱいになる。
「…わ、分かった」
「うん」
絞り出した一言に蛍斗は頷いて、それから澄香が顔を上げれば、蛍斗はとても嬉しそうに笑った。その笑顔を見たら、耳や尻尾が出るかも、なんて不安が急に吹き飛んでしまった。
蛍斗の手が、頼もしかった。あるべき場所を追い出され、揺れて立ち竦む気持ちがそっと凪いでいく。優しさに包まれた心の奥で、小さくパチ、と何かが弾けた音がする。次第にそれは炭酸みたいにシュワッと溶けて、体中に行き渡っていく。
それが温かくて、恋しくて、泣きそうだった。
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