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第26話 緊急会議(1) 帝国宰相

 珍獣園における死霊傀儡との戦闘終了後。  トラエスト宮殿の会議室にて、緊急会議が行われていた。  宰相以下各大臣、各騎士団長、そしてアレスが列席している。  先ほどから、青の腕章をつけた近衛担当・第一騎士団長と、黒い腕章をつけた特務担当・第四騎士団長が、言い争いをしていた。 「皇帝陛下のあらせられる帝都キリア内にあんな化け物を誘い込むとは!第四騎士団はどう責任をとるおつもりだ!」  第一騎士団長のブラーディンが語気を荒げた。金髪にカイゼル髭の伊達男。  第四騎士団長キュディアス、赤毛にあご髭の男前は、毅然として応じる。 「お言葉ですが、天使調査の開始は今ここにいる皆さんもご列席の会議で、多数決の末、正式に決まったことですぞ。もともとリスク承知で始めたことじゃあございませんか?」  ブラーディンは音高く起立して反論した。 「私は反対票を投じた!無鉄砲なカブリアの若造なんぞに任せて、それ見たことか、ろくなことになってないではないか!」  キュディアスもドンとテーブルを叩きながら立ち上がった。 「ほお、決死の覚悟で敵地に乗り込んだうちの団員を侮辱なさるか!そいつぁ、聞き捨てなりませんな!」  アレスはいたたまれない心地で、二人の騎士団長の言い争いを黙って聞いている。今しがた、天使イヴァルトや死霊傀儡との戦闘や、死霊傀儡を呼び込むことになった経緯について自分の口から語ったばかりだ。  ただしその内容にはかなり脚色を加えている。レリエルの存在については隠した。隠したほうがいいというキュディアスの考えに沿って。「ジール宰相にだけ会議後に俺から伝えておく」ともキュディアスは言っていた。  そのジール宰相が、騎士団長二人を制するように両手を上げた。 「まあまあ!喧嘩はやめてくださいな!」  ジールは柔らかに目を細め、穏やかな笑みを浮かべていた。  妙に若く見える、年齢不詳の中性的な顔立ち。  帝国宰相と言う厳しい肩書きがまるで似合わない人物だった。  細い体を白い長衣(チュニック)で包み、金髪を金縁の白布のベールで隠し、灰色の瞳の片側には、片眼鏡(モノクル)をつけている。  白い長衣(チュニック)は城勤めの文官の正装であり、布ベールは役職付きであることを示している。つまりは制服な訳だが、そのいでたちが非常に似合っていた。  宰相というよりはいっそ、美しい女性神官のような雰囲気。  これで、この帝国にこの男ありと畏怖される辣腕である。  国の内外から非情な冷血宰相と恐れられ、一方で、庶民からは絶大な人気を集めもしている。    二人の騎士団長は、お互い睨み合いながらも着席した。  ジールが事実の確認をする。 「その化け物、死霊傀儡とやらは、アレス君を追っている、ということですね」  キュディアスは頷いた。 「ええ、そういうことです」 「じゃあそこにいるカブリアの若造を、帝都から追い出せばいいんだ!帝国領海の無人島にでも送ればいい!」  ブラーディンが不機嫌そうに言った。ジールが相槌を打つ。 「それも一つの案ですね」  だがキュディアスは難しい顔をした。 「妙案ですが宰相……それは逆に危険かもしれません」 「どういうことですか?」 「死霊傀儡を倒せるのはアレスだけだからです。アレスを帝都から遠ざけた後、万一再び帝都に死霊傀儡が出没したら、我々は撃退する力を持ちません」 「なるほど……」  とジールはうなずき、会議の場は騒然となる。騎士団長たちは渋面を浮かべ、大臣たちは頭を抱え天を仰ぐ。 「悪夢だ……!」 「なんてことだ!もうおしまいだ、仮初めの平和もこれまでか」  ブラーディンが苛立たしげに発言した。 「埒があかないではないか!」  そこに、がっしりとした大きな図体に坊主頭の、黄色の腕章を付けた警備警察担当・第三騎士団長が口を挟んだ。 「ん?うちの団員の報告によると、アレスともう一人、死霊傀儡と戦っていた魔術師がいたという話だが」  ジールがぴくりと反応した。片眼鏡がキラリと光る。 「魔術師……?」 「ああ、小柄だが大変な力の持ち主だったと」  まだレリエルの存在を知らされていないジールが、アレスとキュディアスを交互に見る。かなり冷たい瞳で。 「どういうことでしょうか?アレス君」  アレスは慌てて立ち上がる。 「あ、はい!ええとですね……」  だが咄嗟のことで言葉に詰まってしまった。ヒルデの弟子ということにしようと話していたのだが。 「あ、ああ、そいつはあれだ、ヒルデの……」  キュディアスが助け舟を出そうとした時。 「いかにも、私の弟子だ」  急に割り込んで来た若い男の声に、皆がはっと振り向いた。  アレスがほっと息をつき、キュディアスがにやりと笑って言った。 「宮廷魔術師長殿!遅刻ですぞ」  会議室の重厚な両扉の前に、ヒルデが立っていた。

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