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第60話 それぞれの思い (※)
思っていた童貞喪失と違った。
好きになり、プロポーズをして、愛を受け止めてもらい、教会で永遠の誓いを交わし、初夜を迎える。
いつか、と思い描いていたそういう甘酸っぱいのとはだいぶ違う初体験を、アレスは迎えてしまった。
「あんっ、あんっ、あっ、あっ!アレ……ス……、べ、別に毎日、遺伝子をくれなくても……」
狭い寝室のベッドで四つ這いになり、後ろにアレスの剛直を受け入れているレリエルが、喘ぎながら言った。
レリエルのへそと乳首を指でいじくりながら、アレスは腰を揺すり続ける。レリエルの背中では、愛らしい小さな羽が左右に広がりプルプルと震えている。
「駄目だ。またああいう風になって、城や道端でフェロモン撒き散らしたらどうなるか分かってるだろ。あんな状態に二度とさせない」
想定外の初体験の日以降、アレスは毎日レリエルと繋がっていた。
「だ、大丈夫だよ、たぶん……、ひゃっっ!ああんっ!」
前立腺を強く突いたらレリエルがシーツを握り締めてしわにする。
「多分ってなんだよ。ただでさえお前は男を惹きつけるんだ、無防備にあんな風になって男どもの餌食になっていいのかよ」
アレスは腰の動きを速めてその場所を責める。
「え、餌食って……。あっ、あっ、はあんっ!」
「それともレリエルは、遺伝子くれるなら他の男でもいいのか?」
アレスは声を低くした。
「ほ、他の……?」
アレスは突然ぴたりと腰の動きを止めた。
「だから、俺以外の男にも遺伝子をもらうのか?」
レリエルは頭をめぐらし、眉間にしわを寄せる。
「は!?そんなわけないじゃないか!なんでそんなこと聞くんだよっ。僕はアレスの遺伝子が欲しいんだ、他の人間の精液なんて気持ち悪い!」
「……」
迷いなくきっぱりと否定されて、アレスは押し黙る。耳が熱くなってうつむいた。
純粋なレリエルが、嘘をつくわけがない。きっとレリエルは本当に、そう思ってくれているのだろう。
レリエルは正常な状態の時でも、アレスにこの行為を許してくれる。アレスにだけ。
それはレリエルがアレスに恋愛感情を持っているから、と自惚れてもいいのだろうか?
それともある種の「親しみ」を抱いているだけなのか。
どっちにしろまた、「人間の遺伝子不足」の状態になってしまったら。そしてその時、そばに自分がいなかったら。
死の危険を前にしてレリエルの体は、きっと誰に対してもあの淫乱な状態に陥るだろう。それは生物の反応として仕方ないことだ。
好色で軽薄な帝都男たちの顔が脳裏にちらついた。あいつらにレリエルが……。
(俺にやったみたいに目の前で裸になって、股間にくらいついて、入れてってせがんで)
想像するだけで怒りで全身の血が逆流しそうだ。
「クソッ……」
レリエルの首筋に舌を這わせた。獲物を舐める獣のように。レリエルがぞくりと震える。
絶対に阻止する。こうやって毎日抱いて、抱き潰してでも、阻止する。
アレスはレリエルのうなじに唇を押し付けながら荒く息をついた。
自分の嫉妬深さ、女々しさに嫌気がさした。
アレスは背中の羽を指でつまんだ。
「ふっ、ぁぁ……っ!」
レリエルがびくびくと仰け反った。抱いてるうちに気づいたが、羽は天使の性感帯であるらしかった。
アレスは手で小さな羽の感触を楽しむ。触ると虫の羽とは大分違う。
薄いがしなやか。非常に丈夫で、羽は特殊な刃物でしか切れない、とレリエルが言っていた。柔らかくて弾力があって、ゼラチンで作った菓子のような、ぷるぷるした触り心地。
ちょっと食べてみたくなる。
片方の羽の先端を口に含み、甘噛みしてみた。
「ひゃん!やぁ……っ、んん……っ!それ、だめっ」
透明で滑らかな表面をちろちろと舌で舐めた。レリエルがぎゅっと目をつむる。
「はうううんっ!」
あまりにも可愛い反応に、ペニスが一層張り詰める。もう限界が近い。
アレスは怒張したものを入り口まで引き、一気に奥まで突き刺した。
「ふぁっ、ああん……っ!」
再度、抽挿を開始した。汗をほとばしらせ激しく腰を打ち付ける。
卑猥な水音が響き、レリエルは嬌声を上げる。
「あっ、あっ、あっ!はあっ、んあぁ……っ。アレ……スぅぅ……」
蕩けた声音で名を呼ばれて、アレスの雄はますます容赦なく、レリエルの細い腰を穿った。
アレスはレリエルの、とてつもなく心地よい肉の襞を、欲望の杭で思う様味わう。
そして荒い息と共に囁いた。
「愛してる……。お前は俺の嫁だからな……」
たとえ親しみしか抱いてもらえてなくてもいい。
一度繋がった以上、レリエルはもう自分の嫁だ。
絶対に誰にも渡さない。人間にも、天使にも。
※※※
室内に差し込む陽光の気配に、まどろみから目覚めた。
レリエルは上体を起こし、アレスの寝室のベッドで一人、伸びをする。相変わらず、レリエルはベッド、アレスはソファで寝ていた。
アレスは、
「夫婦は寝室を共にするべきかもしれないが、俺はたぶん興奮して眠れなくて一晩中……。きっとお前を壊してしまう、騎士なのに下半身のコントロールも出来ないなんて未熟者だ俺は」
と、深刻そうに呟いていた。
何を言ってるのかレリエルはよく分からなかった。
(フーフってなんだ……?)
「いてて……」
レリエルは腰をさすった。連日、遺伝子注入をされているせいで腰が痛かった。なにも毎日してくれなくてもいいのに。しかも一晩で四、五回射精される。いい奴なのは分かるけど、ちょっと心配しすぎじゃないだろうか。下界に来てから十日間、摂取しなくても平気だったのだから、週に一回くらいの注入で大丈夫なのに。
(まぁ、気持ちいいけど……)
そんなことを思ってしまい、レリエルは一人で顔を赤くする。
最初は戸惑った「変なこと」……注入に付随するもろもろの行為が、レリエルは今では好きだった。
抱きしめられたり、キスされたり、あちこち触られたり。舐められたり、……愛してると囁かれたり。
体中が気持ちよくて、とても満たされた心地になる。
(なんであれをするとき、あいつは「愛してる」って言うんだろう)
「……」
レリエルは枕をぎゅっと胸に抱いてうつむいた。
このことについて考えるといつも心が乱れる。
(アレスが僕を……?)
心臓が痛いくらい高鳴った。
身も心もポカポカ、ふわふわする。
出来ることなら、この舞い立つ気持ちそのままに雲の上まで飛んで行きたい。
大空にぽっかり浮かんで、ただアレスに言われた愛の言葉だけ、何度でも思い出したい。それ以外なにも考えずに。
(どうしよう……幸せだ……。どうしよう、どうしよう、頭が壊れそうだ……)
幸せ過ぎて、嬉し過ぎて、このまま死んでもいいとすら思えた。
でも、心の片隅から必ずアンジュが現れる。
『俺は君が好きだよレリエル』
想像の中のアンジュが、続いて記憶にはない言葉を吐く。
『嘘だよバーカ。レリエルを好きになったりするわけないだろ。アレスだって本当に愛してるわけがない。まさか信じたの?無様だね』
(違う!アレスはお前とは違う!嘘つき!嘘つきアンジュ!)
『アレスだって嘘つきだ。お前に愛してるなんて言うんだから』
(嘘じゃない!アレスはきっと……)
『きっと、なんだ?』
(きっと……僕のこと……本当に……)
沢山の子供達の、けたたましい笑い声が頭の中で鳴り響いた。
レリエルは妄想の声に身をすくめた。枕を潰し、羞恥に真っ赤になった顔を埋める。こみあげた涙をぐっと飲み込んだ。
レリエルはフルフルと首を振った。嫌な妄想を懸命に消し去る。
頭を切り替えた。
心の声が何と言おうと、今自分は幸せだ。この幸せな時間を少しでも引き伸ばさねば。
とにかく、役に立てばいいのだ。
自分は役立ち続ける。利用価値のある奴だと思わせ続ける。
利用価値のある間は、アレスはきっと、優しくしてくれるから。
愛を……くれるから。
(アレスは今、僕に何を求めている?)
アレスの必要としているもの。一つは「天界開闢」の情報だ。
レリエルの背筋がすっと寒くなった。
それはレリエルにとって、いちばん考えたくない事柄だった。
レリエルはそれについての思考を閉ざす。目を逸らす。見えないふりをする。
(嫌だ、未来のことなんて考えたくない。僕が欲しいのは幸せな今日一日、それだけだ)
「天界開闢」の情報以外でアレスが求めているものは……。
『天使が死霊傀儡を送ってこれなくなる方法、何か思いつかないか?』
アレスはそう言っていた。
レリエルは思考を巡らし、やがてはっと顔を上げた。
方法を一つ、思いついた。
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