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第62話 傀儡工房村、襲撃(2) ダチョウっぽいなにか

 トラエスト帝国とカブリア王国の間に横たわる原野を、大きいダチョウのような生き物が快走していた。その背中に二人乗せている。  ダチョウのような生き物は全身が真っ白で、顔の形がちょっと変だった。  全体的な姿形はダチョウなのに、顔だけは鳩にしか見えないのである。 「ダチョウにも変身できるのか!便利だなあ、ヒルデの貸してくれた魔改造伝声鳩!お前、名前はなんていうんだ?」  鳩顔のダチョウに跨っているアレスが聞いた。 「使イ魔258!ヒルデ様ガ作ッタ、258体目ノ、使イ魔!」  鳩顔のダチョウは大地を全力疾駆しながら答えた。 「えー、ひねりなさすぎじゃね!?俺がかっこいい名前つけてやるよ!そうだなあ……『ホワイトサンダー』、『ライトニングホワイト』、『ホワイトソニック』……」  トラエスト帝国で人気の競走馬大会の有名馬の名前からもじって色々考えるアレス。 「……悪ク、ナイ……」 「あーでも、『デポ』って感じだな、お前。デデーポッポーって感じだ。デポにしよう」 「ナゼソウナル!?」  なお、アレスの腹に背中をぴったりくっつけるようにして、前にはレリエルが跨っていた。  顔面蒼白で、始終無言だった。  いやよく耳を傾ければ、ブツブツと何かをつぶやいているのだが、誰にも聞こえていない。 「いやだ……無理だ……なんでまた……化け物なんかに……自分で……飛びたい……」 「デポはなんでダチョウに変身しても顔は鳩のままなんだ?」 「ダチョウ、ブス!オレサマ、イケメン!アンナブスニ、ナリタクナイ!」 「いいじゃないかダチョウの顔、ああいうのはブサ可愛いっていうんだよ」 「……」  レリエルは終始、無言だった。  馬の三倍の速さで走り続け、ダチョウ形態のデポはカブリア王国を目視できる所まで到達した。 「あ、ちょっとここで、止まってくれ!」  停止したデポから、アレスはまだ遠くにある赤い霧のドームを眺めた。 「天使は数が足りてない、警備兵の数も少ないんだよな?」  レリエルは青ざめた顔で虚ろに答える。 「ああ……。兵が足りないから、霧の結界で覆ってるんだ……」 「なるべく無駄な戦闘は避けたいな……。王国の東側、トラエスト帝国側は警戒されてるよな?」 「それは、そうだ。特に門なんて……」    レリエルに初めて会った時、東門を目指してしまった自分の迂闊さに今更ながら苦笑いがこみ上げる。まあそのおかげで、レリエルに出会えたわけだが。  カブリア王国の西側は大陸を縦断するラック大山脈が聳え、南は不毛な大湿地帯、北は大森林が広がっていた。大山脈、大湿地帯、大森林。  つまりは最果ての地にあるのがカブリア王国だった。 「傀儡工房村は王国北西部のテイム川流域にあるって言ってたよな。よし、北の方から回り込もう。そのほうが森に隠れて近づけるしな。デポ、あそこらへんから森が始まってるの見えるか?あの中を進んでくれ」 「ワカッタ!」  再び、デポは走り出す。  アレスはレリエルの顔色に気が付いて驚いた声を出す。 「顔真っ青じゃないか!大丈夫か?」 「全然大丈夫じゃない……。化け物の背中の感覚もこの細い首も、何もかもが気持ち悪い……」 「何言ってんだ、デポはもふもふで乗り心地最高じゃないか」 「ソウダロー、アリガタク思エ!」  デポが褒められて嬉しそうに言う。 「……」  レリエルの目尻がちょっと濡れた。  北に回り込んで森林の中を進み、アレスたちはついに死の霧の真ん前にまでやってきた。  二人はデポから降りる。  アレスは赤い死の霧を見上げた。背後には大森林が広がっている。  右手、景色の上方にはラック大山脈がそびえ、下方にはテイム川がすぐそこに、王国領内に向かって流れている。霧の中の長城に、テイム川を通す水門があるはずだ。  北の森林ルートが奏功したのか、天使の姿はどこにもなかった。  レリエルはしばらく、腰を曲げて膝に手をついて、気を取りなおすようにゼーゼーと息をついていた。 「大丈夫か?」 「ぜんっぜん!」 「うん、大丈夫そうだな」 「アレスの馬鹿っ!」 「俺はこの霧の中に入ろうとして、レリエルに止められたんだよな」  アレスがしみじみとした口調で言い、レリエルは髪をかきあげる。 「そうだな。あの時はまさかこんなことになるなんて、思いもしなかった」  ついこの間の話なのに懐かしそうにレリエルが言い、アレスは微笑んだ。 「さあ、入るか」

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