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第74話 [幕間] 皇帝陛下の婿候補

「こっ、この下品な声は……」  ヒルデは頬を引きつらせ振り向いた。  盆にジュースのグラスをたくさん乗せたシールラがいた。ジュースはいつもより豪華だ。色は赤と橙の二層に分かれ、カットフルーツや花でデコレーションされている。  プリンケは椅子から飛び降りて、やって来たシールラに駆け寄る。 「来たのう、ピンク頭!待ちわびたぞ!今日のジュースはなんだ?」 「ハイビスカスとオレンジのハーブティブレンドジュースですぅ、美肌効果抜群ですよぉ」 「シ、シールラ、お前は第四騎士団の専属メイドじゃないのか?」 「やだヒルデ様ったら、『嫌いな奴が来た』ってお顔に書いてありますよお?とっても失礼なお顔ですう」  シールラはヒルデのしかめっ面を無視して、白テーブルにグラスを並べていく。グラスの数は五つだ。 「余がナンパしたのじゃ!前、風呂で会った時にジュース作りが得意と言っていたのでな、呼びつけて作らせてみたらこれが美味い!たまに余のところに来てもらってるのじゃ!」    そしてプリンケは嬉しそうにグラスを指差し数えた。 「余のと、ユウエンのと、ヒルデのと、ミークのと、シールラの。うむ、全員分あるな」  ミークがええっ、と驚いた。 「わ、ワタクシの分でございますか陛下……!?」 「なんだ、ミークはジュースが嫌いかの?」 「ととと、とんでございません!恐れ多いやら有難いやら……!」 「はは、喜んでもらえてなによりじゃ、さあみんな座って座って!飲め飲め!ヒルデは余の隣じゃぞ!」  プリンケに促され、三人はテーブル周りに集まった。ユウエンがきびきびと動き、長椅子を動かして白テーブルの方に向かせる。  ヒルデはしぶしぶ、長椅子のプリンケの隣に座り、シールラとミークは丸椅子に着席した。  ミークは感涙にむせぶ。 「なんですかこのジュース、色が二色でオシャレ過ぎませんか?ジュースとお茶を混ぜるってどういうことですか!陛下からこのような帝都感満載のオシャレ飲料を賜る幸せ、ああ、この感激をどう表せばいいでしょうか!日記につけて今日この日を俺の記念日にします!」  そしてグラスを掴みストローを口にくわえて吸い上げた。  プリンケはグラスを両手で持ちながら、不満たっぷり言った。 「まったくヒルデは、余の婚約者なのに冷たすぎるのじゃ!」  ミークはオシャレジュースを気管に入れた。 「ぶほっ!ぶふぶへえっ!!……うわ失礼いたしました!ってええええええ、ヒルデ様そうだったんですか、えええええええ!?」 「なわけないだろう!」  ヒルデがうんざりした様に否定する。 「余は本当はユウエンと結婚したいのだが、おなご同士の結婚は無理らしいのじゃ。ゆえにヒルデと結婚したあかつきには、ユウエンを公妾すなわち愛人として召抱える所存じゃ。愛人の一人くらい堪忍するのだぞ、ヒルデ!」 「というか私との結婚も無理でございますから……」  ヒルデがなるべくプリンケと目を合わせない様にしながら言う。 「何を言うか!ところでそなた、まだ童貞だろうな?」  ぶほっ、とミークがまた咳き込む。 「会うたびにそれを確認して来ないでいただきたいのですが……。以前も申し上げましたが、独身男性が童貞なのは当たり前のことです」 「さすがヒルデは貞操観念の強いカブリア人じゃの!帝都ではそれが当たり前ではないのじゃ!余は遊び人だらけの帝都の男は嫌なんじゃ!ヒルデはこれからも他のおなごを抱いてはいかんぞ!大人になったら、余がそちの童貞をもらいうけるからな!」 「お下品なお話を大声でなさらないで下さい。ですからそれをやると私めは近衛の方々に拷問の上、市中引き回しの上、一番痛い方法で処刑されるんでございますよ。いやお婿争いに巻き込まれて暗殺されるほうが早いでしょうか」 「なぜじゃ!なぜ皇帝は宮廷魔術師と結婚してはならぬのじゃ!」 「それがお立場というものでございます。どうぞ普通にご貴族をお婿にお迎え下さいませ。どのお|家《いえ》も一門からプリンケ様のお婿を出そうと手ぐすね引いておりますよ」  皇帝と魔術師長の会話を聴きながら、ミークは赤面し、なにやらブツブツ小声で呟いていた。 「どっ、どど……。こんなに偉いヒルデ様が……未経験……。ギャップ萌えっ……!お、俺、なんだかキュンと……ときめいてしまった……感じです……っ」  シールラがストローでジュースをかき混ぜながら、遠い目をして静かに返した。 「えー、ギャップ感じますかあ?シールラちっともギャップ感じないですう、ときめきもないですねぇ……」 「シールラさんそんなご無体なッ!……そもそもどうしてヒルデ様こんなに女性に不人気なんでしょう、天才だしご立派だしよく見ると超美形だし……、陛下のお気持ち分かるっていうか、俺が女性なら絶対好きになっちゃうっていうか……。ヒルデ様なら、だ、抱かれてもいい……ああ何言ってるんだろう俺っ」  ミークはなぜかストローでザクザクと氷を突きまくる。 「ほんと何言ってるんでしょうねぇ、こっちが聞きたいですぅ……」  今度はぶほっと上司の方が咳き込んだ。ヒルデは「失礼しました」と言いながらハンカチを取り出して口元を拭う。何かに大きな衝撃を受けた様子で。  シールラがどうでも良さげに呟いた。 「ていうか聞こえちゃってるみたいですよー」 「えっ、うそっ!?」  丸聞こえのメイドと新人魔術師のひそひそ話はさて置き。  長椅子のプリンケは不満そうに腕組みした。 「まったくヒルデはいつも迷惑そうじゃの!余はこんなにヒルデのことを思っておるのに、ほらそなたにもらった愛の首飾りもちゃんと身につけておるぞ」  何かから気を取り直すように咳払いしたヒルデが冷静に突っ込む。 「いやそれは、天使や死霊傀儡の接近を知らせる感知器でして……」  プリンケは首に下げた鎖を引っ張り上げた。  鎖の先で細長い小さなピラミッドが揺れている。 「これは水晶かのう。透明でとても綺麗じゃ!……おや?青くなったぞ」 「!!」  ヒルデは目を見開いて立ち上がった。天使感知器は確かに青く光り、反応を示していた。 「まさか、城に死霊傀儡だと!?ミーク、陛下たちを感知器の反応の消える場所まで避難させろ!俺は出現場所を特定する!」 「は、はいっ!」  緊迫の表情ですくと立ち上がりながら、 (キビキビ指示するヒルデ様かっけえーーーーー!)  とか思ってる、ミークであった。

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