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第83話 三大天使の語らい

「やられちゃったねえ、イヴァルト号」  そう言ってラファエルは口角を上げた。金糸銀糸で模様を織り出した布張りの椅子に座り、長い脚を組んでいる。  縦長の窓から燦々と光がそそぎ、淡い寒色の壁の浮き彫り細工を白く照らし出す。カブリア城の一角、小さめながら優美な部屋に、三大天使が揃っていた。 「ちっ、最後まで役立たねえなあいつは!」  ミカエルは不機嫌そうに言うと、ラファエルの前にある白い丸テーブルに置かれた果実籠から紫の実を掴んで、立ったままかじる。 「面倒なことになりましたね。天界開闢の第二段階、『神の再生』も間近なのに。……少し、やり方を変えてみませんか?」  テーブルの反対側、ラファエルの対面の椅子に座る青い髪の美少年、ガブリエルが指で顎を抑えながら呟いた。 「と言うと?」  ラファエルが肘掛に肩肘をついて頭を支えながら、ガブリエルを見た。 「私に考えがあります。あの二人を引き離してみましょう」 「へえ、どうやって?」 「心理戦、です」  ガブリエルが薄く笑った。その顔を見て、ラファエルがニヤリとする。 「やだなガブりん、すんごい性格悪いこと考えてそー♪」 「ガブ、りん?」  ガブリエルの目が冷たく光る。  ラファエルの頭上の天井が、パリパリと音を立てて氷結し、シュッ!と、先端鋭い|氷柱《つらら》がいきなり何本も出現した。  その先端は全て、ラファエルに向けられている。 「ガブりん、は、やめていただけませんか、ラファエルさん……?」  ガブリエルがラファエルを見つめる。その青い目は硝子玉のようにひんやりとしている。 「ごめんガブリエル、冗談!ただの冗談だから氷柱(つらら)は勘弁っ!」  ラファエルが天井から己めがけてぶら下がる氷柱を見上げ、両手を掲げて降参のポーズをする。 「お気をつけ下さい」  天井から生えていた氷柱(つらら)が引っ込み、ラファエルはふうと冷や汗を拭いた。  ミカエルはつまらなそうに顔をしかめた。 「はあ?心理戦?なんだそりゃ、めんどくせえ!やりたきゃガブリエルが勝手にやれよ、俺も勝手にやるぜ!」  ガブリエルは口の端を上げる。 「了解、とみなします。では勝手にやらせていただきます」 「俺はまだまだ送りまくってやる、天使の死霊傀儡!」  ラファエルが突っ込みを入れた。 「だから材料どうすんの!今ある材料は、こないだミカちゃんが処刑した傀儡職人十名分の死体だけだよ」 「材料ないなら作ればいいんだ!誰かテキトーに処刑すっぞ!」 「テキトー処刑は流石に駄目だって!ミカちゃんほんっとクレイジ……」 「おい、そう美男子美男子言うなよ?照れるだろ?」 「ったくもう……」  額を抑えるラファエル。 「傀儡職人、本当は人間に負けたやつ全部殺したかったのに、お前が止めるから仕方なく十人で抑えてやったんだぜ?」 「いや十五人中の十人ってほとんど処刑じゃーん!それにあんまり減らすと作業に支障出るでしょ、親方殺すわけにもいかないしさぁ。職人天使しか傀儡作れないんだから」 「ちっ。まあいい、そうだ次はもっと狙いを定めて送ってやる!ラファエル、その人間とレリエルの情報、調べてんだろ?」 「君、すぐ頼るよね!ま、何匹か使い魔送って調査中だけどぉ。二人の住居なら特定できたよ?」 「じゃあ次はそこに送りつけてやる!」  と、テーブルの上のベルを乱暴に振った。大きな音が鳴り、兵士がやって来た。 「お呼びでございますか!」  ミカエルが命令する。 「今ある材料全部を使って死霊傀儡作って、人間とレリエルの寝床に全員送り込め!……って職人連中に言ってこい!」 「全在庫投入すんの!?ガンガン行くねえミカちゃん。はい、チビ羽ちゃんたちの住居座標はここね」  ラファエルは上着の胸ポケットからぴっと小さな紙片を取り出し、兵士に投げ渡した。兵士はそれを受け取り敬礼をする。 「かしこまりました!」  退出する兵士と入れ替えのように、今度は白い光の玉がふらふらと浮遊しながら窓の隙間から入ってきた。光の玉はラファエルの側までやって来る。 「あ、密偵蝶(バタフライ)帰って来た!」  ラファエルが立ち上がって手の平を差し出す。その光の玉は、よく見れば中心に発光する妖精のような何かがいた。  密偵蝶(バタフライ)と呼ばれたそれは、ラファエルの手の平に止まった。蝶のような羽、裸体の少年のような体、全体が曇りガラスのような半透明である。 「お疲れ、密偵蝶(バタフライ)。なんか情報ゲットしてきた?」  密偵蝶(バタフライ)は、手に握りしめた小さな小さな巻物を、ラファエルに差し出した。 「ん??」  ラファエルは左の小指の先に、その極小の巻物を乗せた。 「メッセージ……?」  眉をひそめながら、ふうとその極小の巻物に息を吹きかけた。  それは見る間に大きくなり、普通サイズの一枚の紙に変化(へんげ)した。  ひらひらと宙を舞う紙を、ラファエルはつまんで掲げ、読んだ。 「『天使さんへ。はじめまして、私はアレスとレリエルの上司です。私はトラエスト帝国の宰相で、人間の中の、結構偉い人です。この手紙も天使の中の偉い人に読んでもらいたいです』って、人間から手紙!?でもなんで天使の文字知ってんの……ああ、レリエルに書かせたのか」 「手紙!?」  ミカエルがラファエルから紙をひったくった。 「人間の分際で天使に手紙だと?なめやがって!なになに……?『死霊傀儡を送られると困るのでやめてください。どうしたらやめてくれますか?』」 「うわ、シンプル」  ラファエルは面白そうに拍手し、ガブリエルは小さく鼻で笑った。  ミカエルは目と口を思いっきり大きく開けて驚愕する。 「だっせえええええええ!人間クソだっせえええええ!!つーかバカかよ!アレスとレリエル狙ってんだろがなんで分かんないんだよ、あいつらだせえし頭(わり)い!低次生命体、マジでクソだせえええ!!」 「そ、そだねー……。でも多分、色々心配しちゃってんだと思うよ?天使が死霊傀儡軍団送り込んで来て人間ぶっ殺しまくるのかもーとかさ、そういうの」 「ああん?人間なんてどうせ滅びるんだから興味ねえに決まってんだろ!俺が欲しいのはアレスとレリエルだ!」 「いや人間、まだ自分たちが滅びるとか知らないしさぁ」 「ったくしょうがねえ馬鹿連中だな!俺が返事してやる!」 「あ、手紙書くの?」 「書かねえよ、手紙ってのもだせえんだよ!俺様のクレイジー(美男子)っぷりを連中に見せつけてやるぜ……」 「うわ、まさか記録鏡送る気?もおミカちゃん、ほんと目立ちたがりー」 ※※※

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