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乱反射メランコリー 1
ストーカーもの/寝取り/年上攻め/大学生
夜になってもメールが返ってこなかった。心配になる。そそっかしい性格だ。四季見 はメールを閉じて、待ち侘びたメールの相手の自宅に向かった。2階建てアパートに一人暮らしで、彼は1階西側に住んでいる。二つ並ぶ玄関の左側を入ったらすぐ真横が部屋になっているのが丸分かりの構造をしていた。無用心に開いたカーテンから彼が見える。日に焼けた肌と側頭部を刈り込んだ癖毛。戸村井 九唄 だ。同い年の21。端末を片手に中途半端な体勢でベッドに寝ている。下半身はフローリングにあるくせ上半身だけマットレスに沈めているのだ。あれでは身体を痛くしてしまう。ペットショップのショーウィンドウの中で眠っているみたいな彼に無頼の輩が邪な感情を抱くかも知れない。四季見は同い年とはいえ少年みたいな九唄が起きるまでそこに佇んでいた。メールの返信は彼が起きても来ない。
シャワーを浴びた九唄が買い物に行く。玄関を出てくる。鍵を閉めない。鍵を持つことは持っているようでカーゴパンツのポケットに捩じ込んでいる。ハイブランドのキーホルダーが素朴な彼の雰囲気から不健全な匂いがした。
「おはよう、戸村井」
九唄の適当に拭いた髪が朝日に照っている。剃刀で皮膚ごと切って毛の生えなくなった痕の走る眉毛が歪んだ。
「鍵は閉めたほうがいい。それからせめてレースカーテンはしっかり閉めろ。部屋が丸見えだ。寝るならきちんとベッドで寝ないと身体を壊すぞ」
夜通し起きていた四季見の悍 ましいほどの美貌は青白くなっている。いっそのこと醜くければある種の親近感さえ与えただろう整い過ぎた顔は、行動と言動次第で或いは九唄のほうから意識を向けていたかも知れなかった。
眉を顰めている九唄は何も答えない。しかし声は届いているようで背後を気にしながら玄関まで戻っていく。
「帰ったらチェーンロックもするんだ。危ないから」
四季見は一歩も動かず、また近くを通る九唄に話し掛ける。しかしやはり返答はない。無事を確認したのだから帰るほかない。だが九唄の背中が見えなくなるまではそこに留まった。
九唄が援助交際をしているというから四季見は気が気でない。大学の帰り道、自宅アパートとは違う道を行くから黙って見ているだけなんてことはできなかった。九唄とは学部が違うものの同じ大学で、キャンパスも近いためにすれ違うこともある。四季見は周りを囲う女学生を撒かなければ九唄に会うことはできなかった。男女問わず彼は人気者だったが同性の友人が圧倒的に多く、いつも集団でいた。顔を合わせても、彼が四季見を話題に挙げることはない。四季見もまた他者の前では喋らなかった。以前は言い寄る女学生の集団の目も九唄の友人たちの目もそこにいる誰の目も気にせず彼に話しかけたが、彼の連れが嫌味であるとこぼし、彼がそれに同意したのを聞いたからだ。会話もできないまま九唄を追う。洒落た繁華街に彼は消え、しかし四季見は行き先を知っている。
高級レストラン前で彼は端末の光を顔に浴びて待っている。相手は若手の実業家だというところまで知れている。
「戸村井」
呼べば九唄は顔を上げた。眉間に皺を寄せる。近付くと後退る。
「帰ろう、戸村井。こんなのはよくない」
距離を詰めると彼は慌て、やがて店内に入ってしまった。ドアが開くと涼やかな鈴束が鳴った。音楽が聞こえ、ドアが閉まると消えた。四季見は立ち去ることもない。店に入っていくのは瀟洒 な服装な人々ばかりで、一夜限りの風采にしては慣れている者ばかりだった。四季見は芸能人に疎い。その中に芸能人がいたのか否かも皆目見当がつかない。雨がぽつりと頬を打った。彼に雨天は関係ない。雪も雷も小嵐 も関係ない。
目の前の公道に車が止まった。タクシーだ。後部座席から若い男が降りてくる。彼はレストラン前に立つ四季見に会釈する。雨の中、たとえ日付を跨いでも九唄を待つ。
レストランの店員が呼びに来た。名を知られている。雨に濡れているのはレストラン側の落ち度だったとばかりの恭しい態度で店内へ促され、四季見は九唄を一目見ようとこの機に乗じた。奥にあるエレベーターに乗り、案内されたのは夜景の広がるホールだった。窓際のテーブルに九唄がいた。市井の大学生そのままの服装が畏まった雰囲気の中に浮いている。給仕の話も聞かず、四季見は彼の元に寄っていった。またぎょっとした顔をする。座っていた席から腰を浮かす。よく磨かれたフィックス窓の奥で広がる夜景に後姿が透けている。
「帰ろう。こんなことは不健全だ。援助交際だなんて」
猫みたいな目が四季見を睨んだ。手を伸ばす。軟派で軽率げな身形をしているが、優しく意外にも真面目なことを知っている。
「自分の身体を大切にしてほしい。君はそんな安い男じゃないはずだ」
差し伸べた手には白い手が乗った。大きさも皮膚の色も九唄ではない。
「そうだ。くぅはそんな安い子じゃない」
降ってくる声も九唄のほんのりと濁った声ではない。しっとりと甘い質感がある。咄嗟に顔を上げた。気配もなかった。四季見はこの男のほうが自身より遥かに背が高く感じられた。しかし並んでみるとほぼ同じくらいの背丈で、測ってみないことにはどちらのほうが長身なのかも判断がつかない。
「初めまして」
写真か遠目でしか見たことのない九唄の援助交際相手は律儀に名刺を渡した。宝村 夕夏 というのが彼の名前らしい。
「い、いいよ、ほーちゃん。こんなやつに、そんな……」
九唄が横から宝村にしがみついた。
「どうして。おまえのことを大切に想ってくれている友人だろう?」
染めたのではない淡い茶髪がさらさらと揺れた。細い毛質だが豊かで、肌や目鼻立ちは一見 嫋 やかな印象を与える。
「でも………」
「たまにはいいんじゃないか。おまえの大学生活を聞きたい」
「こ、こんなやつに聞かなくても、オレ、教えるし……」
九唄はぶるぶると首を振った。散歩を嫌がる犬のような愛嬌がある。
「そうか?珍しいな、おまえがそんなに嫌がるなんて。けれどここまで来たんだ。奢るよ。少し楽しんでいきなさい」
話は勝手に進んでいった。ウェイターが呼ばれ、カウンター席に通されるが、所詮は九唄を金で買った男だ。四季見は何も頼まずレストランを出る。するとかっちりした制服に身を包んだホテルマンがやって来て、部屋へ案内した。人違いを疑う。洒落たトイレから髪と身形を整えたあの男が現われる。
「くぅのご友人はお酒を飲まれないのか。気が付かずすまなかった。それはそうと、部屋をとってある。くぅちゃんも後から向かうから先に行っていなさい」
宝村とかいう薄気味悪い美貌の四季見とは反対に癒しを与えるような美青年はホテルマンに案内を促す。
部屋は2つ続いていた。その両方から夜景が見えた。奥の部屋にはキングサイズのベッドが置かれ、その手前にはテーブルを挟んで向かい合うよう置かれたソファー。そのひとつに座り、夜景を眺めていた。間接照明が雰囲気を作っている。シャワールームへのドアは曇りガラスで必ずシルエットは見えてしまう。可愛い九唄はこの10階15階も下で宝村とかいう男といる。そしてこのベッドへ来て……
夜通し九唄を見張っていた四季見の体力は座り心地のよいソファーと相性が良かった。一瞬、意識を失った。一瞬のつもりだった。九唄が視界にいない彼の時間は虚無だ。ブランケットを掛けられたのと同時に目が覚めた。
「くぅちゃんのお守 りで疲れたのか」
「九唄は……?」
この男と仲良く言葉を交わすつもりはなかったものの九唄の姿が見えないとなると頭が真っ白になった。棒立ちになり、目の前の不敵な笑みも見えなかった。だがシャワーの音が聞こえると安堵の溜息によってソファーに倒れ込む。侮るような微笑を晒されていることにも四季見には頓着がない。九唄以外にどう思われようが関係ない。部屋を映すガラステーブルの上に瓶が置かれた。ラベルは水を示している。
「飲むといい。君はくぅちゃんの友人だから丁重にもてなす」
対面のソファーに宝村が座った。長い脚を組む。四季見も椅子に座ると脚が余る心地がしたが脚を組もうとしたことはない。資産家の美男子を一瞥して四季見は目を閉じた。視覚を塞ぐと聴覚が冴え、想像力を助長する。シャワーの音が九唄の瑞々しい肉体を思い描かせた。日焼けしてもなめらな肌に水の玉を弾いているのだろう。
「少し遅いな。君がいて緊張しているのかも知れない」
ソファーを軽く軋ませ宝村は立ち上がった。シャワー室に行こうとする。曇りガラスの奥で九唄の裸体が揺れている。
「覗くな」
「覗いて問題があるかどうかは関係性によるだろう。俺と彼の関係なら問題ない」
しかし口でそう言っておきながら宝村は曇りガラスのドアをこつこつと叩くだけだった。
「今、出るから……」
「無事ならいい。いつもより少し長かったから心配しただけだ。ゆっくり温まっておいで」
宝村は意味ありげに四季見のほうを向いたが、四季見はまったく意に介さずソファーに凭れていた。曇りガラスであっても他の者に九唄の裸体を見られているのが我慢ならない。
やがてシャワーの音が止み、九唄が出てくる。腰に一枚タオルを巻いただけの姿で上半身や膝下は素肌を晒している。彼の裸を見られたくない。宝村を睨むと目が合った。
「俺もシャワーを浴びるが、君みたいな男は九唄と2人きりにできない。くぅちゃん、縛ってあげて」
宝村はそこで初めてネクタイを緩めた。ハイブランドのロゴの刺繍が入っている。九唄は戸惑い、すぐには頷かない。ネクタイを差し出され、後退りもした。
「俺が縛るのは首かも知れないぞ。君との関係を俺が妬いてないとは限らないだろう?」
九唄は優艶な微笑を讃える交際相手に怯えているような目を向ける。四季見は両手を差し出した。従わなければ手酷い仕打ちを受けそうだ。四季見にとって目に入れても痛くない九唄が。
「くぅ?」
「……うん」
九唄の手がネクタイを受け取る。客を選び、値段もばかにならず、ショップの外からは煌めいて見えたハイブランドがいやらしくグロテスクなものになる。健やかな九唄に痛々しい。
「後ろ手に縛りなさい。俺はシャワーを浴びるから、もし間違いがあっても守ってあげられない」
四季見は九唄に背を向けた。腰の辺りで両手を組むと重ねた手首が締まった。手触りから質の良さが窺える。宝村はそれを据わった目で見つめていた。腕の自由を失う。九唄は二、三歩慎重に後退ると四季見から離れ、宝村のほうに逃げてしまう。飼い主に懐きすぎた子犬のようだ。
「いい子で待っているんだよ、くぅ」
見上げている少年みたいな九唄の額へ宝村は唇を落とすと、曇りガラスの向こうに彼は消えていく。ベッドに腰掛ける九唄と残り、室内は静寂に包まれる。彼は静かにおとなしくしているのが嫌いだ。話す相手さえいれば何かしら喋る。いつもなら質問責めにして自分語りをする。口が動いてなければ落ち着かない賑やかな性格だった。しかし九唄は俯いたまま黙っている。まだ水気を持った肌が間接照明で炙られている。
「バスローブか何かないのか。身体を冷やす。服を着なさい」
返事はない。項垂れて足をぷらぷら揺らしている。シャワーの音だけが聴覚が正常に機能していることを教える。両手は使えないが、四季見には九唄が目の届くところにいるので満足だった。メールを送る必要はなく、返信がないことに不安になり、心配して自宅アパートを訪れる必要がない。九唄の無事を確かめるまでの道程 はあまりにも長く、生きた心地がしない。今はその必要がない。やっと安らげる時間にある。四季見はソファーに戻り、そこでまた目を閉じた。近くに九唄がいるだけで彼は眠ることができる。シャワーの音が消え、目が覚める。ほんの短い間だったが随分とよく寝た気がした。
「いい子にしていたか?」
バスローブに身を包み、上半身を晒した九唄に厚手のバスタオルを羽織らせ、髪を撫でている。
「何か話したのか」
濡れても外に跳ねようとする毛先が宙を躍る。
「嘘を吐いても無駄だ。監視カメラで調べるからな?」
項垂れながら頷く九唄の姿に、宝村は彼の膝の前で屈んだ。
「冗談だ。ごめんな、くぅちゃん」
バスローブが縮こまっている半裸の子犬を包んだ。
「しっかり洗ったつもりだけれど、少し焦った。汗臭かったらすまない。許せ」
バスローブの男は九唄の口に噛み付いた。唇が潰れ合い、歪み合う。
「ぁ………ぅう、ん」
真っ白な布に覆われベッドに倒れていく。九唄の苦しそうな息が漏れる。よく走り、よく動く彼は並の同年代より肺活量はあるはずだったが、キスとなるとすぐに息を上げる。
「……ゃ、だ………」
2つの唾液の溶ける生々しい音が撓 むバスローブや局所的に負荷のかかったベッドの軋みに混ざる。
「嫌じゃない。優しくする。痛くしない。気持ちいいことだけするから大丈夫だ。いつだって俺はくぅに優しいだろう?くぅにだけ優しくしてるんだ。それはくぅが好きだからだよ。くぅちゃんが好きだから優しくできるんだ」
九唄の傷んで色の抜けた毛先がシーツを跳ねる。踊り食いされる白魚のようだ。雨のような音を立てる。
「や………だ、」
掠れた声にとうとう我慢ならなくなる。彼のことに関して四季見は忍耐力を持っていない。彼はソファーから立ち上がった。ベッドの上の視線を一斉に浴びる。
「やめてくれ。九唄の嫌がることをするな」
宝村は乾ききっていない髪を掻き上げた。前髪や横髪を失っても彼の美貌は変わらず、また違った雰囲気を加える。
「くぅは俺のこと、嫌じゃないだろう?」
「…………今日は、だって……」
よく舐めた醤油飴みたいな眼 が四季見を射る。だが長いこと目を合わせていられなかった。故意か偶然か間に宝村が割り込む。
「いつも2人きりだったからな。緊張しなくていい。くぅ、あのお友達は君のどんな姿もアイシテクレルし、俺も君のすべてをアイシテルから大丈夫だ」
タオルの怪物が九唄を捕食するようだった。首筋を吸われ、彼は首の据わらない子供のように喉を反らす。
「………くすぐったい、」
「今日はくすぐったい?耳は?」
日に焼け、筋肉の凹凸や筋に陰影を落とすがそれが幼くみえる腕を伸ばし、バスローブを掴んだ。2人で起き上がる。
「オ、オレ、自分で慣らしたから、も……だいじょぶ。も、挿れて………?」
焦ったように彼は喋った。
「自分で慣らしたのか、くぅ。素敵なお誘いだけれど心配だな」
「ちゃんと、慣らしたから………」
必死になっている九唄の額に宝村はさりげない仕草で口付ける。
「くぅちゃん。俺をアイシテくれるくぅちゃんのそこを慣らすのは俺の楽しみでもあったんだぞ?俺の気持ちが伝わらなかったみたいだな。見せてごらん」
九唄はベッドの上で、腰を引き摺りながら後退る。
「君のお友達にも、ここがしっかり解 れているのか見てもらおう」
バスローブに通した腕が子供をあやすような手付きでほぼほぼ少年みたいな存在を引き寄せる。腰に巻いたタオルが落ちた。
「おいで、四季見くん」
「や、やだ!やだ、来るな、来ないでっ!」
泣きそうな目が四季見に懇願している。激しい憐憫と、猛烈な保護欲に襲われる。来るなと言われ、悲哀の表情を浮かべられたら四季見には従うしか選択がない。
「来なさい。俺が彼の小さなところを壊してもいいのか」
一歩も動こうとしない、動く気配もない四季見に宝村は剣呑な貌を向ける。敢えて九唄を傷付けても構わない。そういう危険な匂いを嗅ぎ取ってしまえば四季見の判断は速い。
「すまない、九唄」
「来ないで……!来るなよ………やだ、!」
逃げようと必死な子犬をバスローブの腕は無情にもがっちりと捕まえている。
「押さえているから慣らしなさい。くぅちゃんを大切に思っている君なら満足に慣らせるだろう?」
「やだ!」
暴れる足が、禍々しいほどの優麗な顔を蹴った。焦燥した目が見開かれる。頬の疼きも気にならなかった。
「ごめ………ッ!」
開いた可憐な唇に白く長い指が挿し込まれる。薄紅色の舌を引っ張り出され、その質感を遊ばれている。
「九唄を放せ」
「放すよ、くぅちゃん。痛くてもやめないぞ?壊れたら一生面倒看る。当たり前だけれど……なんてな。壊れなくても一生面倒看るつもりだ。くぅ。壊れたい?」
九唄は項垂れて頭を振った。
「慣らしてあげて、四季見くん」
「自分でする………自分でするから…………!」
しなやかに上体を捻り、九唄はバスローブに身を包む宝村に縋り付いた。風呂を嫌がる猫に似ている。四季見はあまりの哀れさに胸を引き裂かれるような思いがした。
「九唄」
「なんでもする、オレなんでもするから、ほーちゃん!ほーちゃん、助けて……!」
頼られるのが余程嬉しいのか宝村は切羽詰まっている九唄の顔を啄んだ。
「なんでもするのか?」
傷んだ毛先が何度も縦に揺れた。
「かわいい……」
長い睫毛の下で宝村の瞳は爛々としている。今にも舌舐めずりしそうだ。
「くぅちゃんは何もしなくていい。ただ気持ち良くなっていればいい」
「2人が、いい……ほーちゃんと2人きりじゃなきゃ………やだ…………」
彼の要求には応えず、宝村はまた瑞々しい唇を貪った。倒れそうになる素肌を支え、ベッドに倒す。
「くぅちゃん、そんなことを言われたらもう我慢できない」
唇から唾液の糸を垂らす様が、上品を気取り、優雅を味方にしている彼には似合わなかった。
「2人がいい………2人が………」
「四季見くん、君はくぅちゃんのベッドだ。仰向けになりなさい」
何を言われているのか四季見は分からず突っ立っていた。先に反応を示すのは九唄だ。
「ほーちゃん、なんで……」
「くぅがちゃんとアイサレテルところを見せてあげないと、彼が安心して帰れないだろう?それにくぅ、君は自分がもっとアイサレテルと分からなければならない。彼はきっとくぅちゃんのどんな姿もアイシテくれる。大丈夫だ」
甘く蕩けた視線が急激に冷えて四季見を捉える。顎でベッドを差された。今は優しく生卵に触れるような節くれだった指が、いつ九唄の肌に爪を立てるとも分からない。恐怖が四季見の背中を撫で摩る。ベッドに寝転び、天井と向かい合う。
「や、やだ……」
「今日は聞き分けが悪いな、くぅた。くぅちゃんの素直になるところに教えてあげないといけないか?」
「脅すな」
口を挟むと泣きそうな目が助けを乞うように四季見を一瞥する。バスローブから伸びた手が四季見から九唄を奪う。
「俺を見ていなさい。くぅちゃん、彼のことは忘れろ。違うな、俺が忘れさせてあげるから」
九唄は悲痛を浮かべ、四季見の上で四つ這いになる。そしてぺたぺたと汗ばむ子供みたいな掌が四季見の目元を覆った。肌が触れ合っている。皮膚が接している。細胞が重なっている。体温が混ざり合っている。湿っているが冷めた指先に平熱36℃弱が吸い取られていく。
「俺の手だ」
バスローブに包まれた腕が九唄の冷めた指先を他の男の肌から剥がし、文字通り唾を付ける。短い指がびくびくと震える。
「ほーちゃん…………いやだ…………」
「すぐに気持ち良くなる」
九唄の引き締まった尻を宝村の長い指が撫でいく。尻たぶを引っ張り、窄まりを柔く歪ませた。
「全然慣れていないぞ、くぅ。このまま挿れたら痛いのはくぅちゃんだ。くぅちゃん、俺は君の狭いところで強く抱き締めてもらうのは構わないけれど、くぅちゃんが痛いのは困る。聞いているのか、くぅ?」
「分かんない、分かんないぃ!」
四季見の見上げた九唄は顔を真っ赤にしていた。ベッドを見まいと仰け反る喉の隆起が、少年みたいな印象とは不釣り合いな色気を醸し出している。
宝村は両手で小さな尻を開け、窄まりに顔を近付ける。
「はぅ……っ!」
九唄はぶるりと一度大きく震えた。四季見は彼が倒れ込みそうで腕を伸ばしかけたが背中で括られている。
宝村の準備はあまりにも長かった。念入りに丹念に、これが本命とばかりに蕾孔を舐め舐 る。全体を舐め回してはいたずらに花弁の重なりのような繊細な凹凸をなぞる。蕊を突つき、また全体を舐め回す。九唄は身体を強張らせ、戦慄いている。彼は裸だ。凍えているようで四季見は気が気ではない。今すぐにでも温めたかった。見上げているのに疲れた九唄は項垂れ、緩やかに前後へ腰を揺らす。濡れた唇はストロベリージャムを塗りたくったように甘く照り、虚ろな目は四季見の双眸以外ならどこでも見ていた。
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