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4.再会
今回百樹が役落とし――轍人との間でそう呼んでいる――に選んだのは、東京から新幹線でその地方のハブ駅に着き、さらに在来線を乗り継がないとたどり着けない日本海側の小都市だ。
街のほぼ中央に鎮座する国宝指定の城が観光のメイン。その周りにぐるっともうけられた堀に沿って、歴史的な建物やそれを利用したカフェ、資料館などが点在する。
江戸時代の領主様が茶道で有名だった名残で、今も和菓子屋が多く、城では折に触れ茶と花に纏わる催しが行われるそうだ。
そう言われて注意を払ってみると、道路脇の植え込みなどもよく手入れされている気がした。市の花は椿だそうで、行く先々で形の違ったものを見かける。
「場所わかるかな」という心配は杞憂に終わった。
黒塀に柳が揺れる、堀沿いの遊歩道を歩いて行ったら、すぐに〈お堀巡り・観光船乗り場〉の看板を掲げた建物が見えてくる。
ハイシーズンでもない平日の昼だが、華やかな色合いの小袖をまとった少女が数人いるのを見て、百樹はキャップを目深に被り直した。この世のすべての女子が若手俳優に詳しいとはもちろん思わないが、用心に越したことはない。
街のあちこちに貼ってある観光ポスターで知ったのだが、この辺りには縁結びで有名な神社があり、それらを目当てに来る女性客に着物を貸し出したりしているらしい。そこの利用客だろう。
なるべく彼女たちの視界に入らないよう、待合室を通り越し、桟橋の手前で龍介を待つ。
爽やかな風が堀の水面を撫で、こちらまで水と花の匂いを運んで来るのが心地よかった。
百樹には種類のよくわからない鳥が、餌をとろうとしているのか、もこっとした尻だけ水面に浮かんでいるのも可愛らしい。
のどかな風景だ。〈役落とし〉のため、ゆったり数日過ごすには最適の。
――まあ、初日から最適でないことしでかしちゃったわけですけど……
無事財布を交換したら、さっさと東京に帰らないと。仕事に関して、轍人がなにか言いたげだったのも気になるし。
ところで龍介はどっちからやってくるのかな、と思った。
待ち合わせをこんなところに指定したのは、オフィスに訪ねてこられては困るからだろう。
当然だよね。
そう思うのに、なぜか少し胸が痛む。
待合所の外にもしつらえられたベンチがあって、老夫婦が座っていた。
お互い白髪、服装もお互い似通っていて、いかにも長年連れ添ってきました、という感じだ。心なしか顔立ちも似通っている。
長年連れ添うと似てくるというのは本当なんだな、と微笑ましく思うと同時に、なにかもやもやとしたものが胃の底辺りに湧き出るのも感じる。
どうやったらそんなに深い関係が築けるんだろう。
心の底から不思議に思う。
元々は他人だった人間が出会って、好きだと思ったら相手も好きだと思ってくれて、そしてずっとずっと一緒にいる。
それなんて奇蹟?
少なくとも俺には永遠に訪れなさそう。
血の繋がった家族にだって必要とされなかったんだから。
あまりじろじろ見てはいけない。老夫婦から目をそらすと、ちょうどお堀巡りの小舟が戻ってくるところだった。
桟橋の手前でエンジンを切り、作務衣姿に笠を被った船頭が舳先に立って竿を操ると、すーっとまるで吸い寄せられるようにぴったり舟は桟橋に着く。
おお、職人技。
目を奪われていると、船頭は身軽に桟橋側に移動して、乗客に手を貸し始めた。
「ありがとうございました。足下にお気をつけて」
よく通り、それでいてほどよい低さで耳に残るその声に、聞き覚えがある気がする。
なんで? と訝しんでいる間に最後の乗客を見送った船頭が面を上げた。
長めの髪を後ろでひとつにくくった船頭は、百樹の姿を見つけ、破顔した。――龍介だ。
――え、職場、ここ?
呆気にとられているうちに、龍介は桟橋からこちらへ上がってきた。笠を取り、髪も解いて掻き上げる。
「来てくれたんだな、ありがとう」
昨夜の記憶はもはや曖昧。今朝は寝顔しか見られなかったわけだが、こうして陽の光の下であらためて見ると、龍介はまごうことなき男前だった。
身長はやはり百樹が軽く見上げるほど。観光地の雰囲気を出すためか、身につけているのは作務衣だ。
作務衣って、こんなにかっこよかったっけ?
思わずまじまじと見てしまうほど様になっている。
こういうのって、下手したらちょっと間抜けな感じになっちゃったりするのに――
そしてそういう印象を抱かせるのは、顔の造作だけによるものではなかった。
ごく自然に立っているだけでも立ち姿が美しのだ。
正しく筋肉がつき、正しく使えている。そういう人間の居住まいだ。舞台に立つための筋トレ講座を受けた百樹にはわかる。
ぱちぱちと目を瞬いていると、龍介はふっと苦笑した。
「まあ、そっちのをこっちが持ってるんだから、そりゃ来るか」
ちょっと待ってな、と告げて龍介は船着き場の事務所らしき部屋に向かい、財布を手に戻った。促されるまま自分の持ってきた龍介の財布を出し、無事交換する。
これでミッションコンプリート。 ほっとすると同時に、なんだか名残惜しい気もした。できればこの男の姿をもう少し見ていたいと思ってしまったから。
「一応、ちゃんと中身確認して」
「あ、ああ、うん」
そうだった。それは大事なことだ。財布を開け、カードや保険証の類がちゃんとあることを確認する。現金は元々そんなに入れていないが、元通りにあると思う。
確認する間、ずっと視線を感じていた。生真面目なたちなんだろうか。落ち着かない気持ちでチェックし終え「ちゃんと、ある」とだけ告げる。
「そっちは?」
「もう見た。問題ない」
ずっと見つめられていたというのはこちらの勘違いだったらしい。百樹はキャップをさらに目深に被り直した。
恥ずかしい。期待したみたいだ。
期待。――なんの?
そのとき、待合所で見かけた女の子たちがこちらに駆け寄ってきた。慣れない草履でちょこまかとかけてくる姿は、危なっかしく、だからこそ可愛らしく非常に華がある。
「あの、すみません、写真いいですか?」
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