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第11話
5.
喉奥に咥えた美樹の陰茎が質量を増す。叩きつけるように吐き出された白濁をごくりと飲み込んで、紅はべっと舌を出した。
恍惚の笑みを浮かべた美樹が紅の白い頬から顎にかけてをするすると撫でる。ぞわぞわとした感触に、思わず肩を竦めた。
三週間、美樹が乱暴にチョーカーを掴んでからというもの、彼の様子がおかしい。怖いと感じることが増えたように思う。それは、不意に失せる表情であるとか、突然思いついたようににんまりと笑う歪んだ笑みであるとか、何かあからさまな企みがあるのだということを感じさせる含みのある喋り方であったりとか、いつにも増して酷くなったその行動が紅にそう思わせていた。
まだ実害がないだけで、母や蒼、蒼の恋人の咲にまでなにかをする気なのではないかと不安になる。それに、紅は色々考えて最善を選んだ。求められたら、それに従う。勿論、番関係は断るが、フェラチオや玩具プレイ程度の所謂美樹のお遊びなら、黙って従順に受け入れた。それが、大事なものを守る手段だと、紅は判断した。
実際、素直になった紅に美樹は大変に機嫌が良く、不意に見せる無機質で無感情の顔以外は常に笑顔だったし、最初は抵抗したが自分一人の犠牲で済むならとゴムを着けることを条件に許したセックスも満足している様子だったので、紅はそっと息を吐いた。
「ん。フェラも上手になったね、紅ちゃん」
口端に親指をひっかけられ、口を開くのを促され、ぱかっと開けたそこを見て美樹が笑う。精液を飲み込んだ口の中のなにが面白いのか、紅にはさっぱりわからなかったが、美樹は満足そうにして、ズボンを脱ぐように指示する。
言われた通りに制服のベルトに手を掛ける。緊張で上手く手が動かなくてカチカチと金属音が幾度か鳴って漸く外れたそれを抜き取り、スラックスのチャックを全開にして、ズボンと一緒に黒のボクサーパンツを脱いだ。
それを、近くの机に置いて、美樹の陰茎を軽く扱く。緩く勃ち上がったそれは、手の中で熱を持ち硬さを増していく。先走りを垂らして完全に勃起したそれにたどたどしい手つきでコンドームを着けて、美樹の膝に跨り、自分の後孔に宛がうと紅はゆっくりと腰を下ろした。
美樹の肩口に額を押し付けて、なるべく視界を制限する。でなければ恥ずかしくて死んでしまいそうだった。ゆっくりと息を吐いて圧迫感に耐える。
紅が美樹のものを咥えて苦しそうにしているのを、クラスメイトたちが興味津々に見守る中、声を堪えようと唇を噛む。奥深くに刺さる陰茎を腰を浮かせて抜いて、また腰を落とす。もたもたしていると美樹が腰を身勝手に動かすので、なるべく丁寧に相手が気持ちよくなるよう意識して、ゆっくりだが、確実にいいところを掠めるよう精一杯腰を動かす。
ぐちゅ、にゅちゅ、と淫靡な音が鼓膜を支配した。美樹が悪戯に腰を揺すると、ごりっと深く気持ちのいいところが擦れて、びくりと身体が跳ねた。
「ふっ、んっ……ん!」
思わずきゅうきゅうと美樹を締め付ける。息を詰まらせた美樹の陰茎が体内で質量を増した。
どくどくと脈打つそれはゴム越しでもわかるくらい大きくなっていて、美樹も気持ちよくなっているのがわかる。大きく息を吸って、また腰をゆっくり上げて、美樹の陰茎をずるると引き抜いては、腰を落として深くまで咥えるという行動を繰り返す。早く、早くイって欲しい。さっさと満足して、この恥辱から解放されたい。その一心で紅は懸命に腰を振り続けた。他でもない紅自身も気持ちよくなっているのに自覚しないで動く。それがクラスメイトの目にどう映るのかなんて、今はもう、考えたくなかった。
美樹のものが体内で達したのを感じたと同時に、紅は美樹の胸にくたりと倒れ込んだ。指先すらも動かすのが億劫で、ぼうっとした頭で美樹に体重を預け、気怠い身体を上下させながら荒く息をする。
頭を優しく撫でていた美樹の筋張った手が背中まで降りて、とんとんと軽く叩く。
「偉いね、紅ちゃん。汗かいたでしょ。なんか飲む? 買ってあげる。なにがいい?」
「…………水」
優しい声に問いかけられて少し悩んで重い口を開いた。無視すると折角上機嫌の美樹が怒りだすかもしれないと思ったからだ。本当は口だってききたくない。
無難に味のしないものと考えると水しか頭に浮かばなくてそれを口にする。今は口の中をスッキリさせたい。そう思って言ったら、美樹はにっこりと笑って八木を呼んだ。
「聞いてたっしょ? 買ってきて。俺コーヒーね。間違えんなよー」
「おー」
机に放りだしていた黒の長財布を八木に渡して美樹が言った。それに頷いて八木はすぐに教室を飛び出す。
黒髪に紅のインナーカラーが入った青年の背中が見えなくなると、美樹は紅の脇に手を差し込み、身体を持ち上げて自らの陰茎を抜く。
自習とでかでかと書かれた黒板。いくら教師がいないとはいえ、生徒が自由に授業中に外に出るのはいかがなものかと紅はぼんやり考えた。だが、この志賀崎高校は右京家の支え合って成り立っている学校だ。表向きはそんなことはないのだけれど、右京家を敵に回していいことなんて一つもない。だから、ある程度の自由、いやほとんどやりたい放題をしていても大抵の教師は何も言えないのだ。右京美樹とそのお気に入りには。
しばらくすると、八木が水と缶コーヒーを持って戻ってきた。紅はもうそろそろ美樹の膝から降りたいと思っているのだが、古川と河合と話す美樹の横顔を盗み見ると楽しそうに笑っていて、到底降りたいと言い出せる雰囲気ではなかった。
すごすごと、八木が買ってきた水を開封して一口飲む。美樹の邪魔にならないように細心の注意を払って飲んだ水は味がしなかった。
「はは、古川は分かってねーよ。な? 紅ちゃん」
急に話を振られて紅はびくりと跳ねる。美樹の顔を見ると綺麗な笑みを浮かべた彼は肘をついてくすくすと笑った。何の話をしていたのか。恐る恐る首を傾げると、服越しにこりっと乳首を捏ねられて思わず持っていた水を落とした。
「頑張って尽くそうとしている姿が可愛いんじゃん。ね? そう思うでしょ?」
にっと笑った男の指が服越しに胸を揉む。ぶかぶかの薄桃色のカーディガンとワイシャツの二枚越しに触れられる乳首が、布にこすれて背筋がゾクゾクとする。美樹の手を掴んで手を振るとくすくすと笑った男はその手をそっと放した。
「古川は趣味がわりーの。紅ちゃん知ってた?」
問われた内容にぶんぶんと首を振る。また変な所を触られでもしたらたまったものじゃないと唇をきゅっと閉じる。それに美樹は、はは、と笑って教えといてあげるねと言った。
「性格もわりーから、こいつ」
「人の事言えるのかよ」
「俺は自覚あるからいいの」
けらけらと美樹と古川が笑うのを何がおかしいのかわからないまま聞く。なんだか一緒に笑っておいた方がいい気がして、引き攣った笑みを浮かべると河合が美樹の肩を叩いた。
「そろそろ授業終わるけど。佐渡に服着せなくていいのか?」
「ん? ああ、もうそんな時間? 紅ちゃんズボン履いていいよ」
河合が時計を指さす。美樹からの許しが漸く出たので彼の膝から降りて脱ぎ捨てたズボンとパンツを履く。尻に残る違和感が拭えなくて制服を着てから自らの尻を撫でていると、自身の陰茎からコンドームを取って綺麗に後処理をして服装も整え終えた美樹が再び、己の膝を叩いて紅を呼んだ。
「おいで。紅」
一瞬嫌な顔を浮かべたがすぐに無表情に戻して、紅は美樹に背中を向けた状態で膝に座る。腰に腕を回した美樹が肩甲骨あたりに顔を押しつけて頬擦りするのを無言で受け入れながら、紅は誰も処理しようとしない、半分以上床に零れ出た水をじっと見た。
ぼうっとそれを見つめているのに気が付いた古川が、美樹に水が零れてることを伝えると、美樹はたいして気にした様子もなく、「拭けばあ?」と言った。
なんで俺がと思っていても口にしないのが古川達の賢いところである。もし言ってしまったら美樹にどう思われるか分からない。古川は、黙って掃除ロッカーから酷く汚れた雑巾を数枚取ってきて、水を拭き取った。美樹の長い足を汚さないようにするその姿は、まるで小間使いだ。美樹は、このクラスの、いや、この学校の王様だ。
せめてぷらぷらと揺れる自分の足が、古川の邪魔にならないように、紅は綺麗に両足を揃えて美樹の足の上に伸ばした。
***
入れ物の中で、静かに息をする。最早自分がどうして生きているのか分からないほどに苦しくて辛い。愛されること、それが痛くて痛くて仕方がない。そもそも右京美樹のそれは愛なのか分からない。そうではないと否定したい。手に入らないものへの執着だと、そう思いたい。従順にすれば飽きる。そう思っているのに、美樹は一向に飽きる気配もなく自分に好きだと言う。執着をする。
自分が従順になることで誰かを守って居られるのなら、それでいいと思えた。それが最善だと、思っていた。だけれど、右京美樹はそれだけでは満足していなかったのだ。
ぽたぽたと零れ落ちた涙が床を濡らす。誰もいない自宅の中で、紅は嗚咽を漏らした。
遡ること数時間。週末という理由から皆がさっさと帰宅し、人が少なくなった放課後の教室で紅を呼び止めて、美樹は愉快そうに眼を細めて言った。高木咲って、かわいい顔してるよねと。
言葉の意味が汲み取れず、だが嫌な予感が拭えなくて紅はその真意を探る様な視線をぶつける。と、美樹は何を勘違いしたのか「ああ、紅ちゃんの方が素敵だよ? 俺好みだし、可愛いし」なんて付け足した。
「でもさあ、俺じゃなくて古川の好みではあるよね。芯があって可愛くて、誰かを好きな女」
「ふる、かわ……?」
「言ったでしょ? 古川って、性格も趣味もわりーって」
にたりと気味の悪い笑顔が紅の視界で笑う。そういえば、河合と八木と、それに古川の姿が見えない。
「咲ちゃんのこと、守りたかった? 蒼チャンのこと大好きだもんね、好きな人の好きな人は大切だよね」
美樹がズボンからスマホを出して、口元に当てる。けらけらと笑って、残念だねと言うと、その黒いケースに包まれた機械を手渡した。
解除番号を言われて、カタカタと大袈裟なくらいに震える手が、パスコードを入力する。何度か誤ったのち、ロックを開いたそこには、グループラインの画面が広がっていた。
促されるままに、通話ボタンを押す。美樹が横からスピーカーボタンを押すと、聞きたくない音が鼓膜を支配した。
くぐもった、女の声。
通知が鳴って、画面に写真が投下される。見たことのある制服が、茶髪が、脳にこべりつく。
相模川の制服を脱がされて、目隠しをされ、下半身を露出させられたその子は、紛れもない幼馴染の恋人だ。
音を立てて通話が切れる。背後に回った美樹を振り返って、紅は震える唇を開く。
「う、右京……どうして、どうし、て……」
「最近は素直に言うこと聞いていたから平気だって思ってた? はは、そういう馬鹿なところも可愛いね。でも、わかってない。ほんとに紅ちゃんは分かってない」
「だって、」
「言ったでしょ。四堂蒼と会うなって。お前が言うことを聞かないからこうなるんだよ。さっさと俺の番になればぜーんぶ許してあげたのに、こんなものに頼ってさあ」
こつんと爪でチョーカーのセンサーパネルを軽く叩かれる。
「蒼クンと隠れてデートしてどうするつもりだったの? ホテルでも行くつもりだった? 可哀想に、この女も、あのバカの彼女になんてならなきゃこうはならなかったのにね」
スマホを見て眉を下げた美樹はあーあ、と大袈裟に肩を竦めて見せた。紅の身体がぶるぶると震える。
「でも、蒼クンもカワイソウだ。紅チャンに関わらなきゃ、ハッピーでいられたのにね。あーあ、カワイソ……」
紅の肩に両手を置いた美樹は、ゆっくりと口角を上げて笑う。
「全部、紅ちゃんのせいなんだよ。四堂蒼が悲しむのも、高木咲が辛い目に遭うのも、全部」
ぼろっと目から涙が溢れる。怒りと、悲しみが溢れて、頭の中がぐちゃぐちゃになった。今すぐこの男を殺してやりたい。それが叶うなら、許されるなら、紅はすぐにだって実行しただろう。だが現実は非情で、美樹と自分には権力という壁もある。体格差もあって、力の差も大きい。そうそう簡単に殺せるような相手じゃないのは分かる。
「あわ、ない……もう蒼ちゃんと会わないから! お願い……お願い」
絞り出した声は悲痛な音を漏らした。紅は地面に崩れ落ち、そのまま許しを請うように美樹のズボンをぎゅっと掴む。それしか、できることはないと、頭が理解していた。泣きじゃくる紅にしゃがんで目線を合わせた美樹はにっこりと笑みを浮かべる。
「いい心がけ。じゃあ、もう一つおまけにこの間俺が蒼チャンに言った言葉覚えてる?」
「……番、予定?」
くすくすと笑う男に顔を上げた紅は、もしやと思い出した言葉をぽつりと口に出した。そうだよ、と笑った美樹は紅のチョーカーをそっと撫でる。
「紅ちゃんのつけてるチョーカー。高校卒業したら、これ外して俺のとこ来て。意味は分かるでしょ?」
「……卒業したら、番になるってこと」
「そう。俺だけが言ってるんじゃあ、番予定って訳じゃあないからね。お互い認め合ってこそでしょ? そうは思わない? 同意できるなら、蒼クンの連絡先、消してね。今ここで」
そしたら、咲ちゃんは助けてあげる。美樹が確かにそういうと、紅は少し悩んで唇をきゅっと噛んだ。ズボンのポケットからスマホを出して、ラインのトーク一覧から比較的上の方にいた四堂蒼を選択すると、ブロックを押す。それが、答えだった。
電話帳の携帯番号も、SNSの繋がりもすべて絶つと、美樹は実に嬉しそうに、愉快そうに、笑った。
「これで、やっと俺の物だね。紅チャン」
耳元で低い声が囁く。
「これからも、沢山愛してあげるから、覚悟しててね」
ラインの通知音がぽこんと鳴って、美樹はそれに簡単に返事をすると、紅の震える唇にキスを落とした。
5. 終
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