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炊き出し編

   何か居るなーって思った。  何かって言うのも白々しぐらい分かりやすいのが居たのだけど、幻覚かなって思った。  教会の炊き出しに魔王みたいなのが居たから。 「何だあれ……」 「どう見ても魔王ちゃんでしょ?」 「あ、さっちゃんも居たんだ」 「勇者ちゃんも来たのねん」  この前はクッキーをご馳走さまでしたと礼を言ったらサキュバスのさっちゃんは良いのよぅって笑った。 「……んで、あれ何してんだ?」  あれとは当然魔王だ。  エプロン姿がめちゃくちゃ似合わない。 「魔王ちゃんがねぇ『プリーストの監視に行くぞ』って言い出してぇ、来たは良いけどすぐ見つかっちゃってぇ、プリーストちゃんから『そこで突っ立ってるぐらいなら手伝って下さい』って言われて手伝ってるのよん」 「あそぉ……」  あれ炊き出し手伝ってんのか。  たくさんの人が温かいスープを求めて列をなしているが魔王の前には誰も並んでないけどな。  なのになぜ魔王はあんな誇らしげに立ってんだ。  お前なんも役に立ってないからな。  なんか周りから俺に何とかしてくれって視線を送られる。  えー、ここで最終決戦するの?  あ、プリーストが魔王を奥に連れてった。 「僕の人員配置ミスでした」 「ふむ、失敗をする貴様もなかなか魅力的だぞ」 「腹立つなこの人」  奥ではプリーストが渋い顔で頭を抱えていた。 「大丈夫かプリースト」 「あ、勇者さんも来てくださったんですね」  俺の顔を見るとホッとしたようにプリーストが笑った。  苦労してるなコイツ。 「そもそも何で魔王を表に置いたんだ?」 「いやー、顔だけは良いのでとりあえず置いてみたんですけどね。誰も寄りつかないし魔王さんも配る気なくて役立たないしで失敗でした」 「そりゃそうだ」  いくら顔が良くても魔王だもんな。  一般人は近づいただけで死ぬんじゃないかって怯えるだろ。  図太い神経したプリーストとは違って。 「なんか失礼な事考えてるでしょ」 「滅相もございません!」 「勇者さんって嘘つくとき敬語になりますよね」  俺の肝が冷えている間に魔王が長い指でプリーストの顎を取り自分に向かせていた。  何故か無駄にキラキラした笑顔をしている。魔王のくせに。 「プリースト、私の顔が好きだと言ったな?」 「いえ、一言も言ってません」 「そこまで言うなら永遠に私を見つめる事を許可してやろう」 「そんな事より炊き出しの続きするので魔王さんは外から見えない所でパンを取り分けて下さい。外から見えない所で。手ではなくトングを使って下さいね」  すげぇ、今の会話を“そんな事”で終わらせやがった。  しかもまだ魔王使う気なんだ。 「勇者さんは先程魔王さんが立ってた場所でスープを配って下さい」  あ、俺も使うんだ。  さっちゃんはいつの間にか消えてた。  ※ ※ ※ 「終わったーっ!」 「はい、終わりましたね。お疲れ様でした勇者さん、とても助かりました」 「プリーストよ! まずは私から褒めるべきではないか?」 「はいはい魔王さんもとても助かりましたよ。トングの使い方も上手でした」  魔王は思った以上に役に立ってた。  真面目にパン取り分けてたし。  ただ魔王は定期的に出てきてプリーストを背後から抱きしめて匂いを嗅いでたけどな。  列に並んだ人がビクッてしてたけどプリーストが全く動じずに笑顔のままだから『あれ? 幻覚かな?』って雰囲気になってなんとか混乱は避けられた。  いや人々の頭の中は混乱してたかもしれないけど。 「ではプリーストよ。今から貴様は我らの捕虜とする。異論は認めん」 「片付けがあるのでちょっと待って下さい」 「ふむ」 「待つんだ」 「待っちゃうのよねぇ」  終わった途端さっちゃんが現れた。  なんか肌艶が良くなってる気がする。どっかで人を襲ってたんじゃないだろな。  片付けの間も魔王はプリーストの後を雛鳥みたいに付いて回ってた。  最後は荷物持ちになってた。  プリーストは使えるものは何でも使う主義らしい。たとえ魔王でも。  そしていよいよプリーストが魔王城へ転送される時間となった。 「なぁプリースト。来週末あたりでそろそろ東のダンジョンに行きたいんだけど帰ってこれるか?」 「愚かな……。これからこの者は尽未来際ここに帰ってくることは無いだろう」 「あ、たぶん大丈夫なんで準備しておいて下さい」 「今大丈夫な要素があったかっ!?」  俺がうろたえてる間に二人は消えてしまった。  魔法使いとレンジャーになんて説明しよ……。 「私が説明してあげましょうかしらん?」 「余計揉めるからやめてくれ。てかさっちゃんは何でまだいんだ?」 「神父ちゃんが好みだったのよぉ!」 「……襲うなよ」  魔王討伐への旅は長く酷しいものだと覚悟していたが、予想以上に心労が激しいものだった。  ハゲそう。  

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