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第1話
ドクドクドクーーー。
薄暗い台所の隅に座り込み、もうすぐ帰ってくるであろう彼を待ちながら、足下に広がる真っ赤な水溜まりを他人事のように眺めていた。
この行為に痛みを感じなくなったのは、いつからだろう。
「早く..早く帰ってきて..」
暫くして、帰宅を伝える声が聞こえてきた。
眠っているだろう、という彼の気遣いが声量から感じ取れる。
返事をしようと口を開いたが、声になることはなかった。
仕事から帰宅して着替える為に寝室に行くと、居るはずの恋人の姿がなかった。
普段ならこんな時間、眠ってしまっているのに。
不審に思いリビングに戻って明かりを点けると、其処には異様な光景が広がっていて、思わず息を呑んだ。
白い肌を覆う赤いモノを、血だと認識するまでに時間が掛かる程、酷い出血だった。
慌てて抱き寄せ声を掛けると、小さな呻き声が返ってきた。
呼吸をしていることに安堵して、ため息が零れる。
「良かった..」
涙の痕に気付いたのは、手当てが終わり目を覚ますのを待っている時だった。
泣いていた理由は分からないが、何故か自分のせいなのではないのかという考えが頭を過る。
もしかしたら、寂しい想いをさせていたのかもしれない。
どんな理由であれ、苦しんでいたことに気付いてあげられなかったのは事実だ。
「ごめんな..」
額にひとつキスを落とすと、ゆっくり瞼が開いた。
虚ろな瞳が此方を確認すると、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。
目を覚ましたことにホッとして膝から崩れ落ちそうになるのを堪え、安心させるように微笑み返した。
彼は気付いていないみたいだけど、これら全て僕の作戦の一部なのだ。
こうすれば、手放すのが怖くなると思ったから。
いつか彼の目の前で、僕は僕を殺すだろう。
そうすれば、忘れられなくなるでしょう?
永遠に纏わり就くような愛をあげるよ。
「「ずっと一緒に居ようね。」」
ほら、堕ちた。
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