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第2話

「..晴れ、だね。」 「ああ。」 「嬉しいんだ、僕。」 「俺もだよ。晴れてくれ、って願ってた。」 翌朝になると奇跡的にも、外は数日ぶりに雨が止んでいて、空が青く澄んでいた。 学校に向かっている最中、たまたま顔を合わせた彼等の間には、何処となく緊張感が漂う。 計画を実行できる、それは二人にとって今日が最期の日になるということ。 互いの表情に微かな恐怖心を感じ取りながらも、螢と昴は一言だってそれを口には出さなかった。 相手を愛おしむ気持ちの方が、ずっと強かったから。 「そのバッグ、何が入ってるの?」 「んー、内緒。後でな。」 「わかった。」 「じゃあ、行こっか。」 寝静まった深夜零時ちょうど、二人の家のドアが同時に控えめな音を鳴らして開く。 予備として自宅に常備されていたガソリンや灯油が入ったタンクだけを両手に抱えて螢は出てきたが、昴はそれらの他に大きなリュックを背負っていた。 不思議そうに螢が中身を尋ねると、昴はくすっと笑いながら曖昧に答える。 いつも以上にその姿が楽しそうに見えて、螢は深く訊くことを止めて頷く。 それから昴の合図と共に、ゆっくりと歩き始めた。 「..なんか変な感じ。」 「嫌になってないか..?」 「なってない、大丈夫だよ。」 「...それなら良かった。」 教会に着くとすぐに手分けして、床中に持ってきたガソリンや灯油を撒き散らしていく。 毒々しい臭いに顔を顰めるも、手が止まることはない。 ぺちゃりぺちゃり、と室内に居るとは思えないような水音が足元から鳴り始めた頃には、すっかり彼等の靴は汚れきっていた。 そしてタンクの中身が全て空になると、二人は祭壇の前に立ち辺りを見渡す。 ぽつりと呟いた螢の表情は複雑で、昴が不安げに問う。 すると螢は微笑みながら軽く首を振り、それを確認すると昴はホッと口元を緩ませたのだった。 「あ、そうだ..っよいしょ..」 「..なんでカーテン?って、うわ..?!」 「ベールの代わり。似合ってるよ、螢。」 「ふふ、まさか昴のお嫁さんになれるなんてね。」 ふっと思い出したように昴はリュックを胸の前に移動させると、ファスナーを開け半透明な白いカーテンを取り出した。 それを困惑する螢の頭の上から被せてすっぽりと姿を覆えば、昴は顔を覗き込むように下から捲り上げて優しく頬に触れる。 普段とは違う真剣な眼差しと甘い昴の声に、螢は照れくさそうに笑い、わざと冗談っぽく言った。 「ちょっと、左手貸して。」 「ん、どうした?」 「..こうすると指輪っぽいかなって。」 「ふ、螢らしいな。俺にも結ばせてよ。」 「はい、これ。お願い。」 「..良い結婚式だったな。」 ごそごそと螢はズボンのポケットの中を探りながら、そっと昴の左手を取る。 そして真っ赤なリボンを薬指に結ぶと、螢はにっこりと笑った。 ベールの代わりを昴が用意していたように、螢もまた指輪の代わりになる物を用意していたのだ。 釣られるように昴も笑うと、もう一本のリボンを受け取って今度は螢の薬指に結び、それから感慨深げに呟く。 これから心中しようとは誰も思わないであろう程に、彼等は幸せそうな雰囲気を纏っていた。 「そろそろ、だな。」 「..うん。」 「じゃあ、いくぞ..?」 「..ん、良いよ。」 ちらりと腕時計を確認すると、ひとつ深呼吸をして昴は切り出した。 残念そうに少し眉根を寄せた螢だったが、すぐに決心したように頷く。 気付けば三時間程が経っていて、夜明けが訪れる前に全焼させるには、もう始めなくてはならなかった。 リュックの外ポケットから、昴は無地の小さな箱を取り出す。 それから一本マッチを抜き取ると、火を着けて螢の様子を伺った。 すると螢は穏やかに返事をし、ふんわりと笑う。 それが確認できると、消えないように注意しながら、油にまみれた床へと静かに置いた。 「..綺麗。」 「ああ、綺麗だな。」 またたく間に辺りがオレンジ色に染まっていくのを見て、吐息が漏れたような、うっとりとした声で螢は呟いた。 同じように眺めていた昴も、眩しそうに目を細めながら、柔らかな声で相槌を打つ。 飛び散る火花が肌を傷付け痛んでも、黒々とした煙で徐々に息が苦しくなってきても、それらを顔に出さないよう彼等は精一杯に振る舞っていた。 最期の瞬間までいつもの自分達で居たい、そういう気持ちを互いに持っていたからだろう。 「「来世もきっと、」」 ーーー出逢えるよね。 燃え盛る炎の中で口づけを交わし、二人はいつまでも抱き締め合っていた。 そうして彼等は宣言通り、思い出の教会と共に永遠になったのだった。

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