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5.猫野チェシー

  「おーい木戸くーん!」  次の日、さっそくボッチで登校していた俺の名を呼ぶ明るい声。 「おっはよーさん!」  振り返るより早く背後から肩を組まれ、底抜けに明るい笑顔を向けられた。 「お、おはよう……」  声をかけてもらえて嬉しいはずなのに、驚いて戸惑いを隠せないような声しか出ない。それでも彼は気にする様子も無く俺の肩を組んだまま教室へと向かった。  大きな体に赤茶の短い髪、瞳は濃い茶色で人懐っこい笑顔が似合う。 「俺同じクラスなんだけど覚えてる?」 「うん……猫野君、だよね?」  ゲームの主要メンバーなので当然覚えてる。フルネームで言える。ただそこまで答えたら気持ち悪がられそうなので言わなかった。  そんな俺の答えを聞いて猫野は目を丸くした。  あれ、名前だけでも覚えてるの気持ち悪かったかな? 「えっ、マジで覚えててくれたんだ!? うわめっちゃ嬉しいんだけどっ!」 「わゎっ」  思いっきり抱きつかれて、大きな体に俺の体はすっぽり包まれてしまった。  周りの視線が痛い。  いつも以上に睨まれている気がする。  猫野チェシー、テニス部のエース。  高身長のスポーツマンらしい爽やかな青年だが、ちょっとチャラい。  主人公や俺とも同じクラスで、さっそく主人公を口説いた容疑がかけられている。主に俺から。  誰にでも人懐っこくて俺なんかにもこんなにフレンドリーに接してくれる。  だけど周りの視線が痛い。猫野は自分が人気者なのを自覚して欲しい。こんな嫌われ者に抱きついちゃいけません。 「俺さ、下の名前チェシーってんだけど、呼びにくいからチエでいいぜ。俺も木戸の事ルイって呼ぶからさ」 「え、うん……チエ、くん」 「チエで良いっての! ほらもう一回! リピートアフターミー! チ・エ!」 「ち、チエ……」 「ん〜良い子だルイ! もう俺ら友達な! まずは友達から……」  すごい、グイグイ来る。食い気味に来る。  友達百人目指してる?  こりゃ主人公さっそく口説くわ。  そんなテンションのまま教室まで着いた。  猫野と友達になれたのはちょっと、いやだいぶ嬉しいのだけど、周りの視線が痛いままだ。しかしここで猫野を振り切ろうものならさらに視線は怖い物になるだろう。  せっかく人気者が声をかけてくれてるのに何様だって視線になるのは分かりきってる。 「おっはよーアリスちゃん!」 「おはよう猫野、下の名前で呼ばないでくれる?」 「おはよう夢野くん……」 「おはようルイ! 僕の事はアリスって呼んでよ!」 「すっげぇ変り身だな!」  教室に入ると夢野に挨拶出来たが、すぐ猫野と共に他のクラスメート達に捕まって話しかけられている。  流石は人気者。  俺は邪魔にならないよう昨日と同じ端の席に腰掛けた。  猫野ともちょっと仲良くなれた気がしたが、やはりその後は話しかけられる事は無かった。  しょせん俺はモブだから仕方ないだろう。隣に夢野が座ってくれる事もなく、端っこで静かに授業を受けては気まぐれに窓の外を眺める時間が過ぎた。  そしてついに来てしまった。  ボッチには恐怖の休み時間。  そのままひっそり買ってきたパンを食べようかと思ったが、ここに居るだけで周りに迷惑な気もする。  なのでパンとお茶を持って人目のない場所を探す。  食堂なんて行けるはずもなく、屋上とか空いてないかなと思い階段を昇ったが、残念ながら『関係者以外立入禁止』の札と共に施錠されていて出られない。  その代わり階段の途中の踊り場が誰も来る気配が無く、これは穴場とばかりに腰掛けて昼食を摂ることにした。  ちょっと埃っぽいけど人目が無いって素晴らしい。  ただ食べ終わると暇になる。何で昼休みは45分もあるんだ。  ずっとここに居るのも時間の無駄なので図書室へ向かって、出来るだけ隅の席で読書をすることにした。  おそらくこれからも同じように時間を潰す事となるのだろう。  寂しいけど、せっかく学生時代を満喫している人達の迷惑になる訳にはいかない。  こっそりひっそり過ごして、たまに主人公達の進展を覗き見るするぐらいは良いだろうか。  午後からも誰にも話しかけられず、かろうじて夢野と猫野にさようならの挨拶だけを交わしその日の人との会話は終わった。  

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