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90.俺にそんな価値は無い

   湯を止めるのも忘れて自分の姿を見ていた。  まるで会長の執着心を体現化したような鬱血痕を指で辿ると、つい先程なされた物事が急激に思い出されて呼吸が苦しくなる。  中学生時代からの信じられないような執着が明らかになったかと思えば、そんなものが幼稚に見えてしまう程の執着心をぶつけられた。  あのエメラルドグリーンの瞳に射抜かれると、蛇に睨まれた蛙のように抵抗出来なくなったのを覚えている。  幾度と無く唇を落とされ付けられた跡は、自分の所有物である事を俺に教え込ませる証のようで、ブルリと身が震えた。  兎月生徒会長は完璧な人に思えた。いや、きっと完璧な人なんだろう。格好良くて、大人びてて、知的で、気遣いも出来て、教師からの信頼も厚い。  そんな完璧な人が、猫野のスマートフォンを破壊して先輩のスマートフォンのデータを抜き取ったあげく、俺と先輩が会っていた階段にわざわざ工事を入らせてまで会わせないようにしていた。 「……なんで…………」  何で俺なんだろう。  俺の何が欲しかったのだろう。  俺にあって会長に無い物なんて無いだろうに。  このおびただしい跡が会長の執着心の現れだとしたら、またあの射抜くような瞳に捉えられる日が来るのだろうか。  少し熱めの湯が体を包んでいる筈なのに、体の芯から冷えていくような感覚に陥り、次第に体の震えが大きくなる。  これからどうなるのだろう、会長は、猫野は、夢野は、これからどうなるのだろう。知っているはずで何も知らなかったこの世界は、これからどうなるのか。  恐怖、戸惑い、不安が混沌と渦巻いて、全てから目をそらしたくなったその時、大きな手が俺の目を覆ってしまった。 「見るな」  耳元で、先輩が囁く。 「今から全部綺麗にしてやるから、心配するな」  背中に布越しの先輩の体温を感じ、あぁ、結局先輩の服濡らしちゃったな、と思いながらも体を先輩の胸に預けていた。 「何されたか言ってみろ」  先輩の温度に安堵したら、もうこのまま眠ってしまいたい程の疲労を覚えた。しかし、俺は何も考えずに夢の中に逃げてしまいたいのに、先輩はそれを許さずなされた行為を言ってみろと言う。  思い出すのも口に出すのも気持ち悪くて躊躇していたら、「大丈夫だ」と囁かれて、大丈夫な気がしてきて口を開いた。 「……キス……された」 「あぁ……」  一度口を開くと、溜め込んでいた物を吐き出すように、考えるより先に言葉が出た。 「唾液飲まされて……」 「……」 「首とか胸とか……たくさん吸われた」  言葉に出すと、腹の奥でドロドロと溜まっていた物が一緒に出ていくようで、少しずつ、気持ちが楽になっていくのが分かった。 「スボンに手を入れられて……」  知らなかった、人に聞いてもらうとこんなに楽になるなんて。友人らしい友人が居なかった俺は、誰かに相談はおろか、嫌な事や嬉しかった事を話す相手すら居なかったから。 「それで、なんか……」  だからだろうか、何と言うか、どうやら俺は、 「尻の穴、触られた……」  少し、喋りすぎてしまったようなのだ。 「……くっそっ、あの野郎……!」 「…………っ!?」  胸のモヤモヤを全て吐き出せてすっきりしたのも束の間で、背後から抱きしめてくれていた先輩が歯ぎしりをしたかと思ったら、俺の顔を横に向けて性急に唇を奪ってきた。  

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