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17.終わらせたい
※暴力的な表現があります。苦手な方はご注意ください。
まだ制服のままの先輩は、部屋にも戻らず俺の帰りを待っていたのだろうか。
皆で騒ぐ時間が楽しくてスマートフォンの通知に気づかなかったが、もしかしたらずいぶん前から連絡が入っていたのかもしれない。
だとすれば返事もせずに待たせて悪い事をした。怒るのも至極当然だろう。
週末に先輩が部屋に遊びに来るなんて今まで何度もあったのだから、気にしておくべきだったんだ。
俺は先輩に駆け寄り眉間にシワを寄せた顔を見上げた。
「すみません先輩が来てるの気づかなくて! もしかして連絡くれてました?」
「……」
俺は真っ先に謝罪したが、先輩は何も言わず表情も変えない。
その様子に少しムッとしてしまう。
何だよ、確かに待たせてしまったのは悪いと思うが前もって連絡してこなかった先輩だって悪いじゃないか。
とは言えここで俺が怒ってもあの先輩が謝ってくるとは思えないので、仕方なく無言で部屋の鍵を開ける。
いつもの様にご飯を食べて他愛ない話をしていればその内機嫌もなおるだろう。
そう思いドアを開けた所で気づく。
俺は、何を当たり前のように先輩を部屋に招いているのだろう。
「あーと、あの……せんぱ……──っ!?」
俺が先輩にふり返った時だった。
突然体を押され部屋に押し込められたと思ったら勢いよくドアが閉まる。
そしてそのまま、閉まったドアに押し付けられたのだ。
背中をぶつけて痛みで歪む顔を乱暴に掴まれ、訳も分からぬままキスをされる。
今まで強引にされる事はあっても、乱暴にされた事はなかった。だから驚きと恐怖で固まってしまって、忍び込もうとする舌をあっさり許してしまった。
「ふっ、んぐっ、ん……っ!」
「──! ……っつ」
口の中に、鉄の匂いが広がる。
俺が先輩の舌を噛んだからだ。
俺から唇を離した先輩は俺をギロリと睨んだが、俺だってこんな乱暴な事をされて黙って受け入れるつもりは無い。
「なん、なんですか……」
強い視線に負けないように睨み返して、静かに問う。
いったい何をそんなに怒っているのか。確かに俺は先輩を待たせたが、そんな事でここまで怒らせるとは思えない。
でも、俺の何かが先輩を激怒させた。それは、何?
数秒ほど沈黙が訪れて、カサリと紙の擦れる音がした。
「……これって?」
目の前に出された紙はしわくちゃで、ずっと強く握りしめていたのが分かる。
まるで憎しみをぶつけられたように哀れなほどしわくちゃなそれは、文化祭の時に俺が書いた質問用紙だった。
「……お前……これ何だよ」
先輩の言わんとする事が分からない。
きっとこの質問用紙が怒りの原因なのだろうが、これの何が気に入らないのだろうか。
俺が戸惑っていたら、しびれを切らした先輩は片手で俺の背後にあるドアに手を付き更に紙を俺に近づけてきた。
視線の先には最後の質問しか映らなくなって、そこには『好きな人や付き合っている人はいますか?』の文字。
質問の答えは『いいえ』俺が書いた、短い答え。
紙から顔を上げると、未だ睨む先輩の顔が至近距離にあった。
「……オレとの関係をどう考えてんだ」
「どおって……」
俺が、いいえと書いたから怒っている?
でも、なぜ?
先輩の心は俺には無いのだろう?
でも、俺の心は先輩にないといけないのか?
そんなの、そんなのあまりにも、勝手すぎる。
「…………っ、もう嫌だ……!」
「は?」
ツンと鼻に上がってくる感覚を必死で我慢して、湧き上がってくる物が溢れないように上を向いて、俺は先輩に言った。
「先輩……もうこう言うの辞めましょう?」
「……どういう意味だ……」
グシャリと、紙が潰れる音がして、足元に落ちる。
紙を手放して空いた手はドアに置かれて、俺は先輩の腕に囲まれる。
「俺は……」
目をそらしてしまいたい。先輩の腕から逃げ出してしまいたい。でも、今逃げたら、きっとずるずるこんな関係を続けてしまう。
それはきっと、夢野への裏切りにもなるし、色んな人を傷つける。いや違うな、こんなの言い訳だ。
「先輩との関係……俺はもう辞めたいです」
俺は、自分が傷つきたくないから、終わらせるんだ。
「……んだよそれっ……」
眉間にシワを寄せていた先輩の目が驚きで見開くのが分かったが、俺はこれ以上堪えられなくて下を向いてしまう。
言った。言えた。
文化祭のあの日に決意した言葉を、俺はちゃんと先輩に伝えられた。
俺の気持ちは分かったでしょう?
先輩の気持ちは夢野にあるんでしょう?
だったらもう終わらせよう。これ以上夢野を裏切らないで、大切にしてあげてくれ。俺にとっても、大切な友達なんだから。
お願いだからこれ以上、俺を苦しめないで。
「…………っ、ふざけんなっ!!」
「!? せんぱ……っ!」
痣になるんじゃないかってほど腕を強く握られて、ベッドへ投げるように連れて行かれた。
「んぐぅ……っ!」
間髪入れずに乗りかかられてすべてを奪うように口付けられる。
俺は必死に抵抗するがびくともしなくて、また先輩の唇を噛んだ。
なのに、今度は先輩は止まらなくて、血の味に怯んだのは俺の方だった。
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