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第42話 秘められた真実③
サーラは背を向けたまま涙を拭うと、振り返ってにこりと笑った。目が少し充血していたけれど、晴れやかな笑顔だった。
「スウードさんは良いひとですね。お妃様もよくおっしゃってます。だから、何か困ったことがあったら言ってくださいね! 特に宝石についての相談には乗りますよ!」
「叔父さんに交渉してお安くしますから」と言う性根たくましい彼女に苦笑しながら、「はい、その時は宜しく頼みます」と答えた。
その日の夜、僕は花街に向かいながらルシュディーのことを考えていた。
ここで働く獣人達は、何故ここで働くことになったのだろう。望んで働いている獣人ばかりなのだろうか。働かざるを得ない理由がある獣人もいるのではないか。
彼も僕と同じ娼館生まれだと言っていた。ここで生まれたら、その道しか生きる術が無いのだろうか?
|発情期《ヒート》があるがゆえに思いのままに生きることができないサーラのように、彼はそのもどかしい重荷を商売道具にする道を選ばなければならなかったのでは?
──僕がαであるがゆえに、塀の外に放り出されたように。
店の前に着くと、先週と同じく頬に傷のある犬族の青年が立っていた。
「あの……ええと……」
どうやって店に入るのだろう。一応ノックして挨拶をして入った方がいいのかどうか。
「お前」
唐突に青年──確かルシュディーはマタルと呼んでいた──に話し掛けられてびくっと肩を震わせる。しかしマタルは何かを言い掛けてそのまま口を噤んでしまった。
「あ! スウード! この前の部屋に入ってきて!」
二階の窓から身を乗り出して、ルシュディーが笑顔で手を振っている。マタルが僕の代わりに扉を開けてくれたので、そのまま中に入った。
二階の一番奥の部屋だ。階段を上ると、一番端の部屋まで一気に駆け抜ける。また悩ましい声が聞こえてきたら堪らない。
「ええと、ルシュディー?」
一応ノックをして声を掛けると、勢いよくドアが開いた。かと思うと、そのまま抱きつかれて頬にキスされる。
「ほんとに来てくれた! 嬉しい! 入って入って!」
顔を熱くしたまま硬直している僕を半分引き摺るように部屋に招き入れた。ふと棚の上を見ると、この間置いてあった水桶と布は無くなっている。その代わりに棚の隣に椅子が置かれていた。
「椅子使って」
ルシュディーがベッドに腰を下ろしたので、僕は言われた通り椅子に座る。恐らく僕に配慮してくれたのだろう。
「あの、早速だけど……」
「うん、スウードのお母さんのことだよな! あの後おやっさんに聞いてみたんだけど……なんか歯切れが悪くてさあ。今度は大姐さんに聞くってたらい回しにされた」
ルシュディーは不満げに肩を竦め、溜め息を吐く。
「……大姐さん?」
「表通りで娼館を経営してて、おやっさんとは夫婦なんだ。大姐さんも五十年ここで働いてるから、犬族のαを産んだ娼婦なんて珍しいし、何か知ってると思うけど」
表通りで五十年働いていて娼館の経営者とあれば、かなりの事情通だろう。ルシュディーに話をしてすぐにこのような人物と繋がるとは思わなかった。
「だから話はまた来週ね! 今度こそ聞き出しとくからさ!」
「ああ、ありがとう。頼む」
着実に母さんに近づいてきていると感じる。来週何らかの手掛かりが掴めるかもしれない。
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