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「いいから乗れ。当分の間だけだ、我慢しろ」
「うわー俺、信用されてない感じ?大丈夫だからさ、吉澤さんも早く帰って家族サービスしたら?」
どうにかして吉澤を巻きたかったが、家族という単語を出しても頑なに表情を変えない。
仕事の間は朝から晩まで付き人でいる吉澤も一応、家庭がある。吉澤と家庭の話をすることは滅多にないが奥さんと娘が二人いることを聴いたことがあった。下の娘は両親に構ってもらいたいくらいの年頃で幼いはず……。
「それは問題ない」
「問題ないってそんな仕事仕事で俺につきっきりなんじゃ愛想つかされちゃうんじゃない?」
吉澤は少し眉をピクリと動かしては動揺しているようだった。
いいぞ、そのまま折れてくれっと願わんばかりに吉澤の顔を覗き込んでは念を送る。
「俺のことを気にする余裕あんなら、俺が心配しなくていいように、自分の心配しろ。お前が長山の大学に出入りしてること知ってるからな」
そんな律仁の思いはこの男に届くわけもなく、誰にも話していないことを吉澤につつかれて、胸がドキリとする。
「なんでそれ知ってんの。俺話してないけど」
「お前が長山と未だに仲良いことくらいお見通しだ」
律仁は左手で頭を抱えて息をついた。
お見通しも何も検討はついていた。
「大樹に聞いたのかよ」
「聞いたんじゃない、最近お前、仕事の合間よく抜けるから聞き出したんだ。今まで問題なかったから見逃してやってたが長山と会うにしてもわざわざ大学まで行かなくていいだろ」
「まぁまぁ、学校の方が手っ取り早いんだよ」
大学へわざわざ足を運んでいる理由に適当に誤魔化したことに内心ヒヤヒヤしていたが、幸いにも吉澤には俺が大樹に会いに行っていると思われているようだった。
大樹も渉太の話は話してないことに律仁は胸を撫で下ろした。
大樹経由で吉澤に自分の行動がバレていたのかと思うと不愉快に思うが、大樹を心底恨めしく思っているわけじゃない。俺のマネージャーの吉澤は大樹の元マネージャでもある。
確かに最近は渉太に会うために現場が近ければ迷わず大学へ行っていた。
吉澤が怪しまない訳が無かったが、好きになったら一直線になる律仁にとって衝動は抑えられる物じゃなかった。
干渉は嫌だが、吉澤にとってはタレントの安全を護るのも仕事だから、予防線を張っているんだろうし、致し方がないのも理解している。
大学を出入りしていることを知られ、盲点を突かれてしまった律仁は他に躱す手段もなく、石のように脳みそが固い吉澤を上手く巻くことが出来きなかった。
渉太のことを正直に話すわけにもいかないし、話した所で吉澤が一人で帰してくれるわけもない。
先に吉澤の車の元まで行かれ、後部座席を開けられては「いいから、早く乗れ」と促され、乗らざる負えなくなってしまった。
もどかしさで悶々としながらも大人しく吉澤の黒いアルファードに乗り込みサイドガラスから外の景色をぼんやりと眺める。全く行きたい場所とは真逆の方向へと進んでいく道路を眺めながら深い溜め息をついた。
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