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第4話

「はいはいはいはい。もう云っちゃって、云っちゃって。祐樹、どうせまた頓珍漢(とんちんかん)なこと考えているんでしょ? 暴走するまえに、ぜんぶ白状しちゃってください!」  さぁどうぞ、と手を差しだされた神野はこくっと唾を飲みこんだ。 「遼太郎さん、実は、彼氏なんていないんじゃないでしょうか?」 「はい、でたぁ……」  スツールに軽く腰かけていた春臣の身体が、ぐらりと(かし)いだ。 「遼太郎さんは、ほんとはまだ、篠山さんのことが好きなんだと思うんです」 「その根拠は?」  神野としては確信を持ってそう云っているのに、春臣はそうとは思わないらしい。彼は耳たぶをひっぱりながら、面倒くさそうに訊き返してきた。 「遼太郎さんが毎日遅くまで仕事を頑張るのは、ほんとは篠山さんといっしょに居たいからじゃないでしょうか?」 「じゃあ聞くけどさ、今夜匡彦さんの遅い時間の誘いを断って、いっしょに居ようとしなかった祐樹は、匡彦さんのことを好きじゃないってことでいいのかな?」 「なんでそんな話になるんですか? さっきのは……、まだあのひと仕事が残っているかもしれないのに、私の服のことなんて心配していらないからです」    そんなことをする時間があるならはやく仕事をすませてしまうか、身体を休めて欲しかった。神野は自分なりに彼を想って行動しているつもりだ。 「服なんて選んでもらわなくても、ちゃんと篠山さんのことは好きです。それとなんで遼太郎さんの話が関係してくるんですか?」 「いやぁ……。あてこすりで云ったんだけどね……」  なんか照れるわと呟いた春臣が、頬を掻いた。 (あてこすり?)  わからなかったと、首を捻る。  神野は篠山と知りあうまで、税理士という仕事がどんなものかまったく知らなかった。でも彼らの仕事がいまがとりわけ忙しい時期だということは聞いているし、実際に自分がここにきた九月の頃よりも、篠山や遼太郎が遅い時間まで働いていたり、土曜やときには日曜まで仕事をしていることで、たいへんなんだと理解していた。  だから神野は彼の仕事の邪魔になってはいけないと篠山の誘いを断って、春まではあのマンションに帰るつもりはなかったし、マンションで風呂や食事をしたとしても、手伝い以外のことでは長居しないように心がけていた。  しかし長居しないようにしているのには、ほんのちょっとだけ篠山と遼太郎がいっしょにいるところを見ていたくないという理由も含まれていたりする。  今夜のように彼らがつうつうで仕事の話を交わすさまを見ていると、やはり遼太郎に嫉妬してしまうのだ。  そんなのは自分も嫌だし遼太郎にも申し訳ない。そして篠山に気づかれて気を遣われるのも避けたかった。  それにじつは篠山と遼太郎は仕事だけでなく、ふたりでもしているのではないかと怪しんでいたりもする。    だからマンションに行ったときには、彼らがセックスに使っていた客間の存在が気になるし、シーツが余分に洗濯にでていないかもチェックしてしまう。  ひどいときには篠山のベッドのシーツの皺の寄り具合にまで、目がいってしまうほどだった。  ふたりにそんなことがあっては絶対に嫌だが、それでも神野は自分から篠山のもとに残るのを遠慮してして、みすみす彼らをふたりきりにするという危険な状況をつくりだしてしまっていた。そんな矛盾を抱える自分を情けなく思う。   「この間だって、遼太郎さん、ここにやってきて、……、声がどうだのって――」  神野は顔を赤くして云い淀んだ。  篠山とのセックスの声が隣室の遼太郎の部屋に漏れ聞こえていたそうで、まえにいちど遼太郎にうるさいと、ここに怒鳴りこまれている。 「あれだって、ほんとうは遼太郎さん、私に嫉妬して……」  恋心を秘める遼太郎の気持ちを想像すると思わず胸が痛くなってしまい、神野は顔を歪めた。  自分が遼太郎の存在にこれだけつらい思いをしているのなら、彼もまた自分にたいしておなじように感じているのだろうから。  胸を軋ませるせつない痛みが過ぎていくのをまって、神野が唇を咬んでいると、春臣がスツールから立ちあがって傍にやってきた。頭のうえにぽんと手を乗せてくる。慰めてくれるというのだろうか。 「ないから。――あのふたりは、もう、絶対にないから」  ところが春臣にはっきり否定されてしまい、神野は俯いたまま首を横にふった。  そんなことを云われてても信じられるわけがない。神野は春臣のことをとても信頼してはいたが、 (…………信用できるわけないじゃないか)  残念ながら彼の云うことを信じていない。なにしろ春臣にはいちど裏切られている。  以前この男は、祐樹が好きだと知っていて篠山にちょっかいをかけることはしない、と、そう云いきったその舌の根も乾かぬうちに、篠山にキスをしかけているのだ。  それもあの因縁のある客間の扉のまえで、しかもそれはそれはディープなキスを。 (むぅ……)

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