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序・恋ではなくても家族になりたい

 12歳で生まれた街を飛び出して冒険者になった。  風の吹くまま気の向くまま、剣一本を携えて放浪する生活は、どうやら自分には合っていたらしい。  各地で依頼をこなしつつ順調にギルドランクを上げた俺は、3年経つ頃にはそこそこのレベルになっていた。  ソロの冒険者は気楽でいい。気が向けば依頼を受け、たまには温泉地に逗留してみたり、面白いものを探して国を越える。  そんな生活を満喫していたジーンだったが、16の年に転機を迎えた。相棒ができたのだ。  名前はセイジ。ジーンはセイと呼んでいる。  セイジはジーンと同年代の冒険者で、そこそこのランクの魔道士だった。ジーンと同じくソロ活動を好む戦闘スタイルで、魔道士にしては珍しく好戦的な性格の男だ。  大規模な討伐依頼で初めて一緒になったのだが、今まで出会ったことのないタイプの冒険者だったので目についた。  魔道士は後衛に特化した者が多く、前衛に出てくることなどまずないのだが、セイジはガンガン前に出たがった。  大丈夫だろうかと心配して見ていたのだが、危なげなく魔術でザクザク魔物を狩っていて驚いた。  魔術の展開速度が異様に早い。それに魔術陣の多重展開を繰り返している。  生活に関わる魔術は誰でも使える。それでも事前に魔術陣を刻んだ魔道具で一個ずつ発動するのがやっとの者が殆どである。ジーンもそうだ。  生まれ持った魔力量で魔道士になれるかどうかが決まる。その中でも上級ランクに上がってくるのは、魔力おばけばかりである。  それでもセイジのように、後を気にせず魔力を湯水のように使える魔道士は稀だ。  そもそも、魔力量の問題をクリアしたところで、技術的に複数の魔法陣を展開するのは困難だ。2つを同時展開できる者が、各地のギルドに一人はいるかどうかというレベルである。  3つ以上の魔術陣をポンポン飛ばす者をジーンは初めて見た。  とんでもない奴だと感心しつつ、ジーンはその弱点にも気がついた。魔術陣を展開する際の僅かな間である。  展開速度上げることでかなり隙を減らしてはいるのだが、それでもゼロではない。そして往々にして、戦闘ではその隙が命取りになったりするのである。  戦闘中、ジーンは死角から飛んできた毒針を、ついでに隣で戦っているセイジの分まで斬り捨てた。  深い意味はなかった。同じ依頼を受けた冒険者同士は助け合うものであるし、ジーンにしてみれば大した手間ではない。  それにこれだけ戦える魔道士が一時的にでも戦闘不能になるのは惜しいな、という気持ちもあった。  庇われたことに気づいたセイジがこちらを振り返る。まっすぐこちらを見る瞳が虹色をしていることに気がついて、ジーンは一瞬見惚れた。 「ありがとうな!」  ニカッと笑ったその顔立ちは控えめに言ってとても麗しい。それなのに、子供みたいに無邪気な笑顔だったので好感を持った。  顔が良い奴は得てして高慢だ。そんなジーンの経験から来る偏見は、良い意味で裏切られた。  顔が良くても飾らない奴はいるんだな、と思いつつジーンは剣を振るったのだった。  討伐が終わってから、セイジに飲みに誘われた。彼に好感を持っていたこともあり、ジーンも頷いてついていくことにした。  いざ話をしてみれば、セイジは話上手な男であった。慣れない旅先での苦労譚も、セイジにかかれば愉快な笑い話になった。  酒が入っていることもあって腹が捩れるほど笑い転げたジーンとセイジは、閉店時間を過ぎた酒場を追い出され、宿屋の一室に転がり込むことになったのだった。  宿屋の女将は二人を同室に押し込んだが、もちろんご機嫌な酔っ払い達は細かいことを気にしない。  それぞれベッドに飛び込んで思う様薄い布団の感触を楽しんだ。 「なあジーン。お前俺様と組まないか?」  そんなことをセイジが言い出したのは、ひとしきりベッドの上を転げて遊んだ後のことだった。  うつ伏せになった布団の上で頬杖をついたセイジが、ジーンの顔を覗き込んでニヤリと笑う。  ジーンはぱちくりと瞬いて、この愉快な冒険者の言った言葉の意味を考えた。 「でもお前、ソロだろう?」 「まあな。今まで、魔道士一人でも戦闘に不便を感じたことはない」 「それは俺もだな」 「困ってはいなかったんだけどなあ、でもお前とは相性が良さそうだ。今日も随分楽をさせてもらったしな。お前となら組んでもお互い不満を溜めずに上手くやれそうだ」  お前はどうだ? と聞かれて考える。確かにセイジとは戦いやすいと感じた。近接戦闘向きの剣士のジーンと、近接もできるが遠距離が得意なセイジ。お互いの動線を邪魔せず活かし合う戦いができると感じていた。  それに年も近いし何より馬が合う。 「そうだな。お前とならいいかもしれない」 「じゃあ決まりな!」  笑顔のセイジがそう宣言する。多少強引ではあったが、求められたことに悪い気はしなかった  実際、相性は良いようだった。戦闘でお互いがどう動くか、という呼吸が自然と合う。合図せずともお互いの意図するところが分かった。生まれも育ちも全く異なる二人だが、不思議と考え方が似ていたからかもしれない。  一人でも特別不便は感じていなかったジーンだが、セイジと組んでみて、自分の考えを改めざるを得なかった。  剣士のジーンはどうしても肉弾戦が多くなり、遠距離攻撃は不得手だ。そこをセイジが埋めてくれる。セイジが前衛に出ていく時はその周囲の防衛に努めた。  やはり不得手な分野は、得意な誰かに助けてもらった方が圧倒的に楽なのである。  戦力的にバランスが取れ、なおかつ気の合う仲間というのは貴重だ。あっという間に距離が縮まり、自他共に認める相棒となった。  セイジと過ごした日々はとにかくめまぐるしかった。新しいものが好きで好奇心旺盛なセイジに連れ出され、どちらかというと内にこもる性格のジーンも様々な事件に出くわした。  大変な思いをすることもあったが、それも後から思えば楽しい思い出である。  二人とも順調にギルドランクを上げたことで名前が売れ、指名依頼などが来るようにもなった。  忙しなくはあったが、ジーンはその暮らしに満足していたのだ。  二人で組んで4年ほど過ぎた頃だろうか、セイジがそろそろ子供が欲しいと言いだした。  彼は家庭環境に恵まれず、家族とは絶縁状態で他に頼れる親族もなく、一人ぼっちの身の上だ。将来的に家族が欲しいという話はよく聞いていたので、ジーンも納得した。  それで、相手のあてはあるのかと問えば、セイジはジーンの肩を叩いて笑うではないか。 「俺様とお前、二人の子ならどちらに似ても元気な子になると思わないか?」  は? と首を傾げるジーンを、セイジが押し倒す。馬乗りになった彼は、とてもいい笑顔で告げたのだった。子作りしようぜ! と。  魔術を用いれば同性間でも子供を持つことが可能である。  男同士で言えば、孕む側の腹に魔術陣を刻み、疑似子宮を作り出した上で性交することで子を授かる。余談だが、疑似子宮においても排卵が行われるので、疑似子宮形成時は女性の月のものと同じことが男性でもおこる。  話が逸れたが、男同士でも子を持つことは可能である。しかしそのためには高い金を払って魔道士に魔術陣の作成を依頼しなければならない。  セイジとジーンの関係においては、優秀な魔道士殿が該当の魔術を習得していたので、問題はない。  キラキラした目で見つめられながら、ジーンは首をひねる。  長く相棒として生活を共にはしてきたが、セイジを恋愛対象とは見たことがない。恋をしているかと聞かれると答えは否である。  セイジのことは家族のように大事に思っている。ジーン以上に相棒としてセイジのことを理解している男はいないという自負があった。  そのセイジが誰かに気持ちを傾け、新しく家族を作るというのであれば喜ばしい事である。しかし、それによってジーンがセイジの一番でなくなるということは面白くない。大変に面白くない。セイジが誰かを大事にする姿を思い浮かべると、胸の中がもやもやする。  これが大きな転換点であることはジーンにも分かった。ここでセイジの手を取るかどうかで、二人の未来は大きく変わってくるだろう。セイジと疎遠になる自分は……あまり想像できない。  しかし事は妊娠出産、人命に関わることである。子供が生まれるとなれば、今までと同じ様に各地を放浪するわけにはいかなくなるであろうし、自分は子供を愛せるであろうか。  自分の子供……のことは考えたことがないので分からないが、セイジの子であればきっと可愛いだろうと思えた。  熟考の後、ジーンは一つ頷いた。 「いいだろう。ただし条件がある」  子供は複数人、兄弟を作ること。どちらが孕むか、つまり母親役は交代で、受け攻めの役割も交代制にすること。子育て中は子供を優先して動くこと。などなど。  ジーンが思いついた条件をつらつらと並べていくと、ひとつひとつ真面目な顔でセイジが頷く。思いつく限りの条件をつけ終わったところで、彼はずいっとジーンに顔を寄せた。 「で、ジーンは俺様と性交することについては、同意したってことでいいんだよな?」 「そうだな。俺は構わない」  間近で虹色に瞬く瞳を見つめながらジーンがそう答えると、セイジは嬉しそうに笑った。  それが眩しくて目を細めると、唇を寄せられたので目を閉じる。その耳元で、熱っぽい声が囁くのが聞こえた。 「じゃあ遠慮なく、いただきます」  それから、まあ、速やかに腹へ魔術陣を刻まれて、散々貪られた。  それまでの共同生活で、セイジは性的に淡白だと思っていたのだが訂正する。奴は淡白などではない。普段はやる気を出していないだけだ。よくもまあこれほど旺盛な性欲を抑え込んでいたものだと思う。  行為が終わって痛む腰をさすりながら、そういえばこの男はやたらめったら体力があるんだったとジーンは思い出した。  無論、体力勝負の剣士であるジーンも人並み以上には体力がある。しかし経験のないジーン相手に、セイジはやりすぎだ。  そう思いつつも、満足そうにジーンを抱きしめて笑うセイジを見ていると、全てがどうでも良くなってくる。  相棒が笑っているのならまあいいか、なんてことを思う。ジーンの判定は、セイジ相手には何故だかゆるゆるになってしまうのだった。  執念のおかげか、見事一発で孕んだ。話し合いの上、今回はジーンが母親になることで両者納得している。  医師に妊娠を告げられたジーンは、未だ平べったい腹を撫でて不思議な気持ちを味わっていた。そこには二人の子供が宿っているはずなのだが、今のところ実感はない。 「さすがジーンは最高だな!」  医院へ付き添ってくれたセイジはにこにことご機嫌である。彼らの子供はまだ卵の状態であろうに、ジーンの腹に顔を寄せては喜んでいる。  自分との子供をそれほど喜んでくれるのであれば、体を張った甲斐があるというものである。  見た目にそぐわず大雑把で豪快な性格のセイジは、ジーンの妊娠を期にベッタリと過保護になった。  ジーンが悪阻が重い体質だったというのもあるが、せっせと世話を焼いてはにこにこと笑っている。  元々よく笑う男ではあるが、これほど柔らかに笑えたのかとジーンは相棒の認識を新たにした。彼が切望してした家族を自分が作ってあげられることが嬉しかった。  家族になるという選択をしたことを、後悔はしないはずだったのだ。この時は。  安定期に入ってから引っ越しをした。郊外の小さな家は、家族で暮らすのに丁度いい。  長らく旅暮らしをしていたが、たまには定住するのも悪くない。冒険者生活はしばらく休業である。  そう思っていたのだが、指名依頼が来た。ジーンとセイジ二人宛に、討伐依頼である。  場所は定住の地と定めた場所から徒歩で3週間ほどの距離だ。依頼の内容を考えれば、討伐が順調に進んだとしても二月くらいはかかる。  当然、これから大きくなってくる腹を抱えて行くわけにはいかない。ジーンは断るつもりだった。それに待ったをかけたのはセイジである。 「これから何かと物入りだろ? 金はあっても困らないしなあ。俺様だけで行ってくるさ」 「貯金だけでもすぐは困らないぞ」 「ははは! 父親が子供に玩具一つ買ってやれないのは格好悪いだろうが。さっさと片付けて戻るとするさ」  出産にも立ち会いたいし、と優しい顔をしてジーンの腹を撫でたセイジに何も言えなくなる。  長年隣で働いてきたので、お互いの懐具合は把握している。賭け事やら娼館通いやらの夜の遊びをしないセイジは然程金には困っていない。  それでも実の両親に放置され、金銭的に苦労して育ったセイジの境遇は聞いていたので、その心境を思えば止められなかった。  早く帰って来いよと言うと破顔して勿論と大きく頷いたセイジは、出立前の夜を惜しむようにジーンと体を重ねた。  無理はさせないと言いつつも、朝方までゆるゆるとジーンを抱いたセイジは、寝不足を感じさせない晴れやかな顔で家を出た。  出産予定月までには戻ると手を振った後ろ姿を戸口で見送って、それが彼を見た最後になった。  一月目、今頃は現場についただろうかと想像した。  二月目、そろそろ戻るだろうかと毎日暦を確認した。  三月目、寄り道にしては長過ぎないかと呆れた。  四月目、予定日はもうすぐだぞと何度も手紙を書いた。  五月目、一人で息子を出産した。  幸いにも、経過は順調で元気な息子が産まれた。乳飲み子を抱え、ジーンは途方に暮れる。流石にここまで来ると、セイジに何かがあったことは分かった。  しかし首の座らない子を抱えていては、できることも限りがある。  ジリジリと焦れながら、最後の依頼の依頼主宛に手紙を書いた。セイジがいつ現場を離れたのかと聞くためである。  手紙の返事は中々来なかった。一月以上かかって手元に届いたのは、ジーンが今まで送った手紙の束と、ギルド経由の薄っぺらい紙一枚だった。  セイジがかけていた冒険者保険の保険金を受け取りに来るようにというのである。  保険があることは知っていた。しかし独身のジーンには縁のない話だと思っていた。  冒険者稼業には危険がつきものなので、家族がいる冒険者が万が一遺される家族のために加入するらしいのだが、セイジが加入していたのは知らなかった。  慌ててギルドの一番近い支部で受け取る旨を連絡する。  ジーンがセイジ宛に送っていた手紙は一つも封が切られていなかった。受取人なしでギルド預かりになっていたからだ。  連絡をしてから一週間後、息子を抱えたジーンはギルドに駆けつけた。  そこで渡されたのはそれなりにまとまった額の金銭と、折れた杖に破れたコート。見覚えのあるコートを怖々手に取ってみる。そこからは乾ききった血の臭いと、微かにセイジの香りがした。  討伐に紛れ込んだ子供を庇って倒れたそうだ。即死だったらしい。治癒も間に合わないくらいあっという間に、奴は一人で逝ってしまったのだ。  セイジは新しい住処をギルドへは報告していなかった。それ故にジーンの居場所が分からず、遺品だけがギルドに保管され続けていたのだと聞いて、思わず天を仰ぐ。 「馬鹿なセイ」  ああ本当に馬鹿だ。近接戦闘が得意でないことなんて、自分でよく分かっていたはずなのに。飛び込んできた子供を庇う様がありありと想像できて、呻きたくなる。ジーンがいれば、自己防衛を疎かになんてさせなかった。  あれほど会いたがっていた息子と会えないまま、勝手に死ぬなんて大馬鹿だ。ジーンの生き方をこれほど変えておいて、自分はさっさといなくなるなんて、なんて自分勝手な男なんだ。  呆然とするジーンの腕の中で、息子がむずかって身動いだ。  父親とそっくりの虹色の瞳をまん丸に見開いて、不思議そうにジーンを見上げている。  その小さな手にそっとコートの端を握らせた。彼は未知の感覚にぱちぱちと瞬き、にいっと笑った。本能的に、誰の物か理解したのかもしれない。  恋ではなくても愛そうと思った。お互い伴侶になろうなんて殊勝な言葉は言わなかったけれど、家族になった。息子も生まれた。 それも全部全部、セイジが傍にいればこそだ。ずっと隣にいるためにこの未来を選んだはずだったのに、セイジはもういない。  ああ、あんまりだ。  待ち続けた末の仕打ちに、打ちのめされる。  涙をこらえて抱きしめた息子は、痺れた腕には重たくて、そしてただ温かかった。

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