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第1話

 ある、朝のこと。  身体の下に感じたのは、固い床の感触。  夢うつつで目を開ける。  ああ、背中痛ぇな。  寝返りをうとうとして、思うように身体が動かないのに気がついた。  ――んだよ。  舌打ちして首だけ動かしたら、目の前に腕があった。  丁度、俺好みの肉付きの。 「んーー?」  半分、身体を起して確認。  俺の右側に壁があって、左側に毛布の塊。  ああ、寝返りがうてなかったのは、こいつのせいか……  まだ寝足りないのか、脳みその奥が重い気がする。  コキコキと首を鳴らしながら、軽くストレッチする。  周りを見回して、納得した。  床の感触は、舞台の上だから。  毛布一枚で直接床に転がっていれば、身体も痛ぇわな、そりゃ。  変なとこで寝たからか、寝起きだからか、筋肉が上手く動かなくて、ギシギシする。  もそもそと起き上がって、右側の壁に背を凭れさせた。  あたりに死屍累々と転がる、俺と同じ立場の奴ら。  舞台上にいるのは俺だけだけど、下手袖に一人、客席に毛布の塊が三個、多分操作盤近くにも照明担当者や音響担当者が転がってるんだろう。  ボンヤリ辺りを見ているうちに、頭がハッキリしてきた。 「あー、泊り込んだんだっけ……」  リハの後のダメ出しが長引いて。  その上、何を思ったのか、この期に及んでの大道具の変更。  あわせて照明一式は全部吊り直し。  当然、大道具の蔭に仕込んだ、効果用のスピーカーも仕込み直し。 『今からかよ!』なんてツッコミは、口に出しながらも手は演出の希望を叶えるために動く。  スタッフ一同、大騒ぎで突貫工事をして。  その後で役者の立ち位置の目印を付け直しして。  ああ、いや。  その頃には女の子の役者は帰してたから、仮の目印つけたんだっけ。  つーことは、彼女らが来たら、そこからやり直しってことかよ……。  ……こんな状況で、明後日――ああ、もう明日か――本番だとは。 「マジ、勘弁してくれって感じ……?」  呟いて時間を確認。  まだ、動き出さなくても大丈夫。  取り敢えずは……。  タバコでも吸ってくるかな。  と、その辺の毛布をまとめて、引っ張った。 「んー……時間か?」  もそりと、塊が動いた。 「……ノブ?」  うっかりしてた。  目の前に投げ出されてた俺好みの肉付きの腕。  持ち主なんて、こいつしかいないって少し考えれば判ったのに。  俺としたことが。  やっぱりまだ寝ぼけていたとしか思えない。 「おー……トール、おはよ……」  動揺する俺を尻目に、呑気にそいつは口を開いた。 「はよ。じゃなくて! 役者はソファで寝ろっつったろ?!」  劇場泊まり込みの時の常識。  基本的に女子は帰らせる。  野郎はギリギリまで手伝わせる。  けど、役者はコンディションを整える意味もあって、出来るだけ環境のいいところでスタッフより先に休む。  ロビーのソファとか、楽屋とってある時なら楽屋の畳の上とか。  だから、メインキャストのノブが俺と一緒に舞台の板の上に直に寝っ転がってるなんて、論外。  なのに、なんで俺と一緒になって床の上で寝こけてんだよ。  そういう俺の声を聞き流して、なんだまだ早いじゃん……なんてぼやきながら、ノブは時計を確認する。  おい、聞けよ人の話を! 「ノブ!」 「しー。皆まだ寝てるじゃん」  うー……。 「お前もソファで寝直せ」 「ダメ」  ノブはまた毛布の中に埋もれながら、俺の服を掴んだ。 「一度はそうしようと思ったんだけどさ、緊張してんのか全然寝れねえんだ」  だから。  と、掴んだ服を引っ張る。 「トールの傍にいさせてくれよ」    で、結局。  俺を人間座椅子に仕立て上げ、二人分の布に包まって、ぬくぬくとご機嫌になっているノブ。 「こんなんで、疲れ取れんのかよお前……」  ぼやけば、 「俺が安心して眠れてんだから、大丈夫だろ」  と。  半分ウトウトしながら答えが返る。  いや、良いんだけどね、俺は。  どうせここにいるのだって。  大人しくスタッフをしているのだって。  元をたどれば全部こいつの為だし。  しかし。 「他の連中が起きたら、何を云われる事やら……」 「ああ、誰も突っ込まねえよ」 「……わかんねぇだろ、そんなこと」 「わかるさ」 「んでだよ?」 「だって」  とくすくす笑いを毛布の中に落として、ノブは言う。 「トールが俺に甘いのなんて、皆知ってんだろ」  ……ああ、そうだ。  俺はこいつに甘い。  仕方ないだろ?  大切なんだから。  したいことをなくして。  何かをしたくて。  何をすればいいのかわからなくて。  何が出来るのかすら知らなくて。  戸惑っていた俺に手を差し出したのは、こいつだったんだから。 「トール?」 「……時間になったら起すから、寝てろ」  そっと。  ぎゅっと。  毛布ごと抱えなおす。  大切な大切な存在。  お前のために、ここにいるよ。 「ま、いいか」  他の連中が何を思おうが。  こいつが安心するなら。  それが一番大事だからな。  お前のために何か出来る場所。  それが俺の居場所。 <END>  

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