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第1話

 最初はオレから、声をかけた。  所在なさげに、でも、人の視線なんて我関せずって感じに立っている姿が、気に入った。  いいガタイしてるクセに、変な風にマッチョな男くさくないところとか。  ちゃんと自分に手を入れてそうな感じ――実際は最低限の身だしなみを守ってるだけで、トクベツなんかをしてるわけじゃなかったけど――とか。  ちょっと骨ばった手とか。  見た目が好みだったのももちろんあるけど、使えると思ったから声をかけた。 「なあ、お前舞台に興味ない? 出演じゃなくていいんだ、今、スタッフ探しててさあ。暇ならやってみないか?」  そこからが始まり。  一緒に舞台を作っていて、どんどん惹かれていく自分がいた。  いくらいろんな意味で自由度が高い人間の集まりって言ったって、男が男に惚れる人種がそうそういるわけがない。  ましてや、自分同様相手にだって好みってやつがある。  だから、いつの間にか同じ劇団に居ついて照明屋をするようになった男が、オレに恩義を感じて懐いてきても、オレに惚れてるなんて思ってもみなかった。  そうなればいいなとは、思っていたけど。  ひょんな時に勢いで好きだと伝えて、好きだと返ってきて、有頂天になった。  調子に乗ったオレに文句も言わずに、ただ大事にしてくれた。  ほかの劇団員が呆れるくらいに。  大事にしてもらって、ますます調子に乗った。  オレ、褒められて育つタイプだから。  趣味の範囲でやってた役者業が、そのうち本業になっていった。  もちろん最初からとんとん拍子に売れてたわけじゃない。  売れてるんだか持ち出しが多いんだかわからない微妙な立場の役者は、使ってもらえるかどうかの境目でプラスアルファが大きい。  オレにとってのそれは、照明屋のヤツがもれなく格安でついてくること。  あいつ、オレのいる現場にはとにかく入りたがったから。  格安スタッフなんてどこの劇団だって欲しいから、オレ込みで使ってもらえるようになるってわけだ。  お互いがお互いを紹介するように仕事をつなぐ。  顔を売って名前を売って、キャリアを積み上げる。  オレはキレイな顔の線の細い二枚目半のアクのある役者、といわれるようになった。  ヤツは舞台に限らず引き受ける照明プランナーとして売れ始めた。  今ではお互い、そこそこひとり立ちできるようになってきたってとこだ。  そんなこんなで恋人になって、もう15年。  ヤツは飽きもせずにオレを大事にしてくれてる。  オレがヤツに飽きるなんて、考えたこともない。  気持ちの上では無問題。  体の相性もばっちりだ。  この上なくラブラブ~でしあわせ~、の筈、だ。  その辺にいる奴等に「リア充爆破」とか言われてもいいくらいの筈だ。  けど。 「だう~~~」  今日も今日とて一人寝の冷たい蒲団にダイビングする。  せっかく体があったまっても、蒲団が冷たきゃあんまり意味がない。  つか、あったまってんのは風呂に入ったからじゃないけど。  一人のときに風呂に入るのは稀だ。  一緒にいたくてファミリータイプのマンションで同居を始めたけど、結局生活は不規則極まりなく。  売込み中の役者に、何でも屋に近い照明プランナーだ。  いわゆる一般市民と同じような時間帯に自分のペースで生活なんて出来るわけがない。  ましてや、二人揃って人並みの生活時間確保なんて、ほぼ無理。  仕方がないから一人のときは風呂には入らずシャワーだし、暖房はもったいなくてリビングしか点けねーことが多いし。  コタツに入って一人で飯食って一人で酒かっくらってほかほかしたとこで飛び込むのが、冷たい蒲団ってもう、侘しさの極みって気がする。  まったくの一人身ならまだしも、相手がいてこれってどうよ。  いくらなんでも、仕事好き過ぎね?  ――知ってる。  今、ヤツが取り掛かってる仕事は、半分オレの口利き。  つか、オレが尊敬してていつかは一緒に仕事したい、そう思っている人から「照明屋のあてはないか」って話が流れてきて、オレがヤツを押し込んだ。  仕事としてもギャラが良くて、予算に余裕のある時間もカッチンじゃないおいしそうな仕事だったから、ヤツのキャリアにもなるしいいと思ったんだ。  それが予想以上に手間取ってるってだけ。  だからここでオレが文句を言うのは、多分間違ってる……ような気がする。 「ような気はしても、文句の一つくらいは言いたいよなぁ……」  蒲団の中で呟いた。  冷たい蒲団が少しだけ、自分の息で温まる気がする。  唐突に『咳をしても一人』って句が浮かんできた。  誰だっけ?  自由律俳句とか高校時代現国で習った単語は出てくるけど、肝心の詠み人の名前は出てこねえ。  ていうか、自分の今の行動を改めてみたら、どっちかって言うと田山花袋の『蒲団』だろ。  もぐりこんでるのはヤツの部屋のヤツの蒲団だ。  別れた訳でもねーし、女々しくしくしく泣いたりもしねーけど。  まあ、あれだ。  ここ数日会えてないストレスを、せめて嗅覚で補おうかなって寸法だ。  もしも運良く帰ってきたら、顔くらいはすぐに見られるかもしれねーし。  もぞもぞと布団の中にもぐりこんで、マジ寝の態勢に入る。  ヤツばかり忙しいような振りをしてみたけど、オレも実は忙しい。  明日の現場入りは早い上に現場が遠い。  しかも多分、いや、リハのままだとすると確実に超薄着だ。  正月前のこのクソ寒いときに、風邪でもひいたらどうするんだふざけんなこのやろうっていう感じの。  正直、きついさこんな生活。  でも仕事にしちまったんだからしょうがない。  ヒモになる気はないし――ヤツはオレを独り占めしたいって理由で、オレをヒモにする気満々らしいけど――何より、身体をはじめ色々ときつくても、役者業が気に入ってる。  バカ売れしたいとは思わねーけど、一生続けていけるほどにはなっていたい。   それに出来ればオレがヤツを飼い殺してみたい。  いつもいつも、ヤツの腕の中で好き放題に暴かれて甘やかされてはいても、こっちだって男なので。  飼われるよりかは、飼う方になりたいわけさ。 「……コーヒーより、ほうじ茶の気分」  枕元で喧しくなる目覚しを叩き止めつつ、呟く。  つーか、コーヒーの匂いがしてるし。  ほんのりと部屋、あっためてあるし。 「……!」  ベットから飛び降りて、リビングに向かう。  案の定、つけられている暖房とセットされてるコーヒーメーカー。  ってことは、今、この家の中のどこかにヤツがいるってことだ。  視線をめぐらせてすぐに気がついた。  リビング横の畳スペース――和室って売込みだったけど、どうみても畳スペース――に、あるはずのないオレの掛け蒲団。  何だってこんなところに、なんて、考える必要もない無駄な疑問。  ヤツ以外に誰がいる? 「亨輔!」  名前を呼んでばふんと飛び乗れば、蒲団ごと抱きしめられる。  さっきまでくるまっていた蒲団と同じ匂い。  同じ石鹸とシャンプー使ってるはずなのに感じる、ヤツの匂い。 「志信、軽くなった……?」  普段はノブと呼ばれることが多いオレを、亨輔は「しのぶ」と本名で呼ぶ。  以前はほかの劇団員と同じようにノブって呼んでたのが、本名で呼ぶようになった。  大事な宝物みたいに。  だからオレも劇団時代の名残で「館林トール」と名乗っている亨輔を、きょうすけ、って呼ぶ。  仕事は関係なくいたいから。 「何寝ぼけてんだよ? ここで寝なくてもいいだろ。自分の蒲団で寝ろよ」 「俺の蒲団、占拠しといてよく言うな」 「お前が入ってくんの待ってたんだろ? 一人寝はわびしいじゃねーか」  ここここここ、と、軽い音をたててコーヒーメーカーが仕事の終わりを伝える。  よっこいせ、と亨輔が身を起こした。 「バカ言うなよ。今お前と同じ蒲団に入ったら、拷問じゃねーか」  ぼそりと呟いてキッチンに向かった。 「拷問ってなんだよ?」 「……俺もね、色々と限界なの。今、無防備なお前に触ったら、止まんない自信あるの」  大あくびをしながら亨輔がカップを取り出す。  畳スペースの蒲団をたたんで、テーブルに座ったら丁度いい感じにコーヒーが差し出された。 「それに、俺はスタッフだから多少よれてたっていいけど、お前は見た目も商品だろうが。ちゃんとしとけよ」 「してるじゃん。だからお前がいなくても眠れるように、お前の部屋にいってるんじゃねーか」 「自慢になんねーし」  気分はほうじ茶だったけど、差し出されたコーヒーは自分で入れるよりもずっと美味く感じられて、それで満足になる。 「今度、いつオフ?」 「今の舞台は年明けからだから、仕掛けのテストさえ終われば、年末は人並み。志信は?」 「どうかな。今日の現場、雪待ちらしいから天気次第」 「気合いでふらせろよ」 「早上がりになるように努力はするさ」  亨輔がタバコに火をつける前に、掠めるようにキスひとつ。 「だから、それは拷問だって言ってんだろ……」  苦笑するヤツを見ながら、コーヒーを味わった。  なかなか会えないけど。  同じ空間を共有するのも難しいけど。  それでも、ここがオレの居場所。  他のどこにも行くことなんて出来ない。  亨輔の側が、オレの場所。 <END>  

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