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第2話「友人」

「佐藤!藤崎!」 「やっほー」 「お。やっと来た」 「遅かったな。大丈夫だった?」 9号館2階、8号館側から2番目の906号室。 1、2年は同じクラスの友人として仲良くなって共に過ごし、3年前期は選択授業が離れたりして昼時と放課後しか会えなくなっていた入山と遠藤が教室に入って来た。 「大丈夫大丈夫。ちょっとびっくりしたけど単位取れるって」 「良かったな!」 「大体20人も出席数足りないとか絶対教授のミスなのにわざわざ呼び出すなよって話し〜」 「あはは、確かに」 本当なら義人と藤崎と同じように、授業が終わってすぐにオープンキャンパスの手伝いに来る予定だったのだが、フランス語の授業の出席日数がこのままでは足りないと言って呼び出され、遅れてやって来た。 結局は出席を取っていた教授側のミスだったようだ。 「よっしゃ、やるぞ!」 「あ、それがさあ、今模型が置いてあるゼミ室で先輩達が何かで揉めてんだよ。それ終わるまで作業待ってって」 「あ、そうなん。誰が揉めてるの?」 「橋本さんと宮藤さん、って言ってた」 「あ〜〜〜、あの先輩達いつもだよね」 「そうなの?」 入山は義人と同じ古畑ゼミに入る事になっている。 元々、ゼミ長である島根と知り合いだった事もあり、4年生の内情にも詳しかった。 名前を言っただけですぐに状況を理解したのか、うんうんと頷きながら荷物を遠藤のものとまとめて模型が置かれている机の下に入れた。 「何だ。じゃあ休憩でいいの?飲み物買い行こうや!」 遠藤は切り替えが早く、あまり手伝いたくもなかったのか、ポン、と手を合わせる。 元々がかなり面倒くさがりな性格な彼女は本当はこのオープンキャンパスの準備にも参加するつもりはなかったのだろうが、いつも一緒にいる彼らとの付き合いで来てしまっていた。 彼女は9月から藤崎と同じ影山教授率いる影山ゼミに入る事になっている。 ついでに言えば、片岡と西野は揃ってまた違うゼミに行く事が決まっていて、「チームうな重」は中々にバラけてしまったのだった。 「2号館の下の自販機が1番近いか」 「お。あそこアレあるよね、ゼリーのやつ」 「お前また昼飯抜いたの?痩せすぎだよ」 「うっせーな。こないだ私に持ち上げられたの忘れたんですかあ?義人くうん」 「うざ」 太りやすいと自分でよく言っている遠藤は、この頃は何故か昼飯を食べないときがあった。 朝ご飯も食べれているのか不安だ。 少しは肉のついていた頬もコケてスマートになってしまい、太ももや尻、腰回りの肉もなくなった。 多分次は胸が消える。 どうしてもお腹が空いたときにはたまに自動販売機で売っているどろどろのゼリーが入った缶や少し噛みごたえのあるナタデココが入ったドリンクの缶を見つけては昼飯代わりにして飲んでいるのだ。 遠藤の言葉にツン、と唇を尖らせる義人。 この2人がこうして喧嘩腰に煽り合うのももう周りは慣れたものだった。 これがこの2人なりの友情だからだ。 「荷物置いてっていいよね?」 「大丈夫でしょ」 4人共財布だけ手に取り、教室から廊下に出る。 まだ太陽は上にあった。 「GO〜GO〜2号館〜」 「いやっほ〜そーれそれそれ」 遠藤の歌に合わせて入山も歌い出し、2人して踊りながら歩く。 「俺もやる」 「え」 藤崎までふざけて歌い出し、仕方なく義人も全然できていないボイパの真似をしながらズンズンと口ずさんだ。 「佐藤くんマジでやめて!そのボイパツボにハマるから!!」 ちなみにこのボイスパフォーマンスはアカペラで歌う番組で高校生達がやっているのをテレビで見ながら義人と藤崎でふざけて始めた遊びだったのだが、義人の不器用さがもろに出てしまっており、最近1番藤崎のツボに入るネタになってしまっている。 「ねえ微妙過ぎる!笑ってまうやろ!」 「え。そんなに下手??」 「あはははは!!下手!!」 「おーい何してんだおまいら〜!」 4人でふざけながら2号館まで歩いていると、正門を入って正面の事務館の下の辺りで聞き覚えのあり過ぎる声に呼び止められた。 「うわあ、滝野だ」 声の主を見つけた途端に、藤崎は苦いものでも飲んだような顔をした。 「滝野〜!」 「義人〜!と、その他大勢〜!」 「おーい!ひとまとめにすんなー!」 滝野のひと言に遠藤が笑いながら手を振る。 滝野洋平(たきのようへい)。 同じく静海美術大学の写真学科に通う3年生であり、藤崎の幼馴染みだ。 人より多少お喋りでうるさく、義人や入山達ともすぐに打ち解けたムードメーカーであり、どちらかと言えば真面目そうな堅い和顔をしている。 中身は真面目に不真面目と言った具合だ。 「なはははっ!ごめんごめん。何してんの?」 いつもはヘラヘラと1人で行動している事が多いのだが、今日は数人の男女と共にいる。 同じ写真学科の生徒だろう。 今日この時間に残っているとしたらサークル活動か部活、オープンキャンパスの準備をしている人間しかおらず、滝野はサークルにも部活にも入っていない。 おそらく義人達と同じで作品展示の手伝いだ。 「2号館にジュース買いに」 「あはっ、一緒!」 「うざ。離れて来いよ」 「久遠に話しかけてねえからすっこんでろよ。俺は義人と話してんの。な?」 「ん?」 一緒に来ていたグループから離れ、ふざけた滝野が義人の腰に腕を回して抱き着くと、それまで穏やかに滝野をウザがっていた藤崎の表情が見る見る険しくなっていく。 「滝野マジでやめろ」 これはまずい。 藤崎の顔が恐ろしくなっていく様を正面から見ている義人は滝野を押し返したが、一向に離れない。 「はっは〜ん?」 「真面目にやめて。キレそう」 藤崎の低く冷たい声が聞こえた。 それはそうだ。 義人が嫌がるからと、藤崎は人前で彼に抱き付いたりできない。 したいのをずっと堪えていると知っていながらも、滝野はこうしてふざけて義人に抱きついて彼に見せつけているのだ。 「こわっ!もぉ〜!久遠ちゃんてばいつもそうよねぇ〜〜!」 「滝野滝野滝野、来てる来てる!!」 「え?うわあッ!?」 滝野が更にふざけると、急に義人が彼の腕から急いで抜け出す。 明らかにブチギレた藤崎がすぐそこまで迫って腕を振り上げていたのだ。 「藤崎落ち着いて!わたしのために争うのはやめて!」 「ねえ!こういうときだけそういうこと言ってふざけてくれるよね!?」 即座に義人が止めに入って藤崎の身体を抑えた。 それを見て滝野はヒョイと義人から離れ、先に歩いて行ってしまっていた同じ学科の友人達の元へ走る。 「じゃあ俺皆んなと飲み物買いに行くからバイバ〜イ!」 「行く方向一緒だろうが!!」 「なははは〜!」 嵐のように過ぎ去っていく彼に入山と遠藤は穏やかに手を振り、追い掛けて1発殴ろうとする藤崎を止め、義人はその背中を見送った。 「何で滝野の味方するの」 「あ。ええー、、」 「愛が重いな、藤崎」 「ほんとに」 自分の身体を抑える義人の両腕を掴んでバンザイさせながら、5センチ高い位置から彼を見下ろす藤崎。 その様子を眺めながら、彼らの後ろで遠藤と入山は腕を組んで呆れていた。 「佐藤くん。いいですか。滝野の味方だけはしちゃダメです」 「お前は滝野をすぐ殴りに行くのをやめなさい」 「今のは殴っていいでしょ!」 「だーめー」 「だからってアイツの味方しないでよ。キスするよ」 「はあッ!?」 最後の一言で義人が顔を真っ赤にすると、それに満足したのか藤崎はパッと手を離した。 「やっぱ殴ってこよ」 「あ、おいコラ!やめろって言ってんのに!」 そして手を離した瞬間に滝野の後を追って走り出し、また止めなければ、と義人もそれに続いた。 「元気ねえ、男子は」 「あ、佐藤、財布落とした」 「仕方ない、拾ってやるかあ。行っちゃったし」 女子2人はのんびり歩きながら、義人が尻ポケットから落とした小銭入れを拾ってやった。 「これ去年の誕生日に私らであげたやつだよね」 「アイツこういうとこちゃんとしてるよね〜」 既に見慣れた小銭入れをパーカーの腹にあるカンガルーポケットにヒョイと入れる入山。 ふふ、と笑い合って2人の足音が消えていった方向へと先を急いだ。

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