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ふたりだけの…
向い合わせで床に座って。神妙な顔した颯真に、視線をあわせて頷いたら、近付いてくる颯真の唇を待って、そっと目を閉じた。
音も立てずにしっとりと触れ合って、すぐにゆっくりと離れていく唇を、そっと開いた目で見送って、視線を上げる。
緊張しながらぎこちなく微笑った目と、絡まった視線に瞬きを1つ。
ぎこちなく動いた手に、そっと。壊れ物でも扱うかのように優しく恭しく捧げ持たれた左の手のひらは、緊張に震える颯真の指先を感じて、妙に力が入ってしまう。
いつも気障で、なんでもソツなくこなすくせに。ごっこ遊びじみた二人きりの儀式に余裕をなくして、とんでもなく真面目な顔して挑む颯真が。
大事に取り上げた銀色の指輪を、震える指先でオレの薬指に通してくれる。
「…………一生。一緒にいるって、誓うから」
「……ん」
固い声が、だけど真っ直ぐにオレに届く。いつもなら嬉しくて笑ってるはずなのに、緊張が感染(うつ)ったせいで、オレまでぎこちなく頷いてから。
今度は逆に、颯真の左手を捧げ持って。震える指先で、デザイン違いの銀色の指輪を、颯真の震えたままの指に通してやる。
「一生、傍から離れないから」
「うん」
震えそうになる声で、だけど一生懸命に紡いだら。
ようやくいつもに近い表情(カオ)で微笑った颯真が、そっとオレの頬に触れる。
「指輪」
「うん?」
「大事にするから、大事にしてね」
「うん」
「オレのだって印。いつも着けててね」
「うん」
「オレも絶対外さない」
「うん」
さわ、と。オレの頬を優しく撫でた手が、オレの薬指の指輪にも優しい仕草で触れて、ふわりと撫でて離れていく。
誓いのキスはさっきしたから、と真面目な顔してブツブツ呟くのがおかしくて----こんなことにクソ真面目な顔して取り組んでくれる愛しさに、そっと微笑ってしまった。
「……司?」
ほんの少し咎める口調でオレを呼んだ颯真を。
緩んだ目のまま見つめたら。
「解ってるよ、ちゃんと。真剣だって」
「……」
「結婚式の代わりって、ちゃんと解ってるよ」
おままごとみたい、だとか。
そんなのただの真似事だ、とか。
端から誰かが見たら思うかもしれないし、そんなの意味ないって嗤われるかもしれないけど。
「解ってるよ」
オレだって真剣だよと、微笑んで見せる。
「だから颯真」
「……うん?」
「笑ってよ、もっと」
「……司?」
「オレも緊張してるけど。……でも、凄くドキドキしてるのは、嬉しくて幸せだからだよ」
「司……」
「颯真と。二人きりでも。結婚式みたいなこと、やれてるのが、嬉しい」
「司……」
「だから、笑って颯真。その方が、オレは嬉しい」
----あの日。あの晴れた空の下で颯真がくれた言葉を、そのまま贈ったら。
思い出したらしい颯真が、うん、と。照れ臭そうに笑う。
「そだね。せっかくの結婚式だもんね」
きっともっと、笑ってるはずだよね、と。
いつもの顔で笑った颯真が、ちゅっ、と。可愛い音を立てて頬にキスをくれる。
「オレ達だけの結婚式なんだから、形式張る必要ないよね」
そう言った颯真が、ようやく晴れやかに笑ったと思ったら。
早速オレの左手を取って、薬指に唇を寄せてくるから、気障全開の仕草に顔が熱くなる。
「色々ごめんね。でも、やっぱり頑張ってよかった。指輪、すごく似合ってる」
思った通り、と嬉しそうに笑った颯真の左手を取って、仕返しとばかりに、かぷ、と。薬指に噛みつく。
「司!?」
「…………確かにすごく嬉しいけど。でも、もう二度とあんな無茶なことしないで」
「無茶ってほどじゃな」
「----結婚。したんだから」
「……」
「もう、颯真はオレのなんだから。自分のこと大事にしないのは、大切な人のこと蔑ろにするのと同じなんだから」
「ぁ……」
「約束して。長生きしてくれるんでしょ」
「…………----するよ。二人で白髪のじーちゃんになって、猫と日向ぼっこするんだから」
「ん」
上出来、と偉そうに笑って見せて、滲みかけた涙を乱暴に拭う。
「大好きだから、ずっと傍にいて。もう他に----ホントに何もいらないから」
「分かってる」
大丈夫だよと笑った颯真に優しく抱き締められて、ようやくホッと息をついたら、力んでいた体からゆっくりと力が抜けて。
抱き締め合う温もりが、胸を暖かく満たして幸せに変わっていくのが分かる。
「颯真」
「ん?」
「幸せだね」
「……うん」
嬉しそうに照れた声が耳元で頷いた後、幸せに緩んだ顔で覗き込んできて、
「幸せだよ」
そんな風に、満ち足りた声で微笑うから。
満ち溢れた幸せが、結局は拭ったはずの涙になって零れて。
驚いた颯真が、だけどまた嬉しそうに相好を崩した。
「ホント、可愛くて困っちゃうよ」
全然困ってない声が愛おしそうに笑って、零れた涙を、もう震えてない指先で拭ってくれる。
「結婚したんだから。このくらいで満たされないで」
にこりと笑った颯真が、オレの左手に自分の左手を絡ませて笑う。
「もっとずっと、いつまでもオレのこと欲しがってて」
ふわ、と優しく微笑った唇が近付いてきて、そっと目を閉じたら
「っ!?」
唇に触れてくると思っていた唇が、目尻を掠めて。驚いて目を開けたら、イタズラっ子の顔した颯真が、だけど嬉しそうに笑う。
「司の泣き顔、可愛くて好きだけど、泣かせないように頑張るから」
「----っ」
「笑ってて、司。オレ、ホントに……ホントに、それだけで幸せだから」
「わかっ」
わかってるよ、と。
言おうとした唇を颯真が塞いでくるから。
不意打ち続きの颯真に、不意打ちを返すみたいに。
離れていこうとした颯真の頭に手を回して、ぐい、と引き寄せて舌を捩じ込む。
「っ」
驚いた目でオレを見る颯真は、だけど嬉しそうに意地悪に目を細めた。
翻弄するつもりで捩じ込んだのに、呆気なく主導権を奪い取られて。何も考えられなくなるほどに、キスだけでオレを蕩(と)かした颯真が、唇の感触を確かめるように舌でなぞって、ようやく離れていく。
「ホント、可愛いことするよね」
にこりと笑う顔は、オレをからかってるくせに愛しさを隠してなくて、なんだかやっぱり意地が悪い。
「じゃ、あとは姫始めかな」
「……それ、お正月」
「じゃ、初夜ってことで」
「----ッ」
まだ夜じゃないと喚くはずの唇を、呆気なく塞がれて、さっき仕掛けられた意地悪なキスよりも優しいくせに、柔らかすぎて愛しさが体と心に染み渡るみたいなキスが、オレの全部を蕩けさせるから。
何も考えられなくて、颯真の肩にすがりついた自分の、指にはまった銀色が目に入ったら。
凄まじい幸せに体を貫かれて、弾けた愛おしさの波に呑まれるしかなかった。
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