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幼馴染みのαの執着に気づかないΩ

 (とも)和之(かずゆき)は幼馴染みだ。家が隣同士で、同い年の二人は、いつも一緒に遊んでいた。同じ幼稚園に通い、幼稚園から帰ってもどちらかの家で二人で一緒に過ごす。  小学生になってもそれは変わらず、登下校も常に一緒で、それが二人にとって当たり前のことになっていた。  和之は平均よりも体格がよく運動神経が優れていて、成績もいい。逞しくて頼もしく、異性だけでなく同性からも人気がある。格好よくて優秀な和之は、智にとって自慢の幼馴染みだった。  なにか困ったことがあれば真っ先に和之に相談する。和之の言葉は無条件で信用し、絶対の信頼を寄せていた。  智が十二歳のとき、唐突に和之が言った。 「智、もう精通したか?」  その日は智の部屋で、二人で漫画を読んでいた。家には二人きりだった。  言われたことの意味がわからなくて、智は首を傾げる。 「せいつーってなに?」 「授業で習っただろ。ちんちんから精液が出るって」 「あ、そういえば聞いたことあるかも。おちんちんから子種を出すんだよね?」 「そう。智は精通、まだだよな?」 「うん。かずくんは精通したの?」 「した」 「え、そうなの!?」  智はびっくりして持っていた漫画を落とす。  授業で習ったがよくわからず、自分の身に起きることなのだといまいち実感が湧かなかった。智にはまだ先のことなのだろうと思っていたのだ。  和之は大人びているから、精通も早かったのだろうか。 「精通って、どうしたらできるの?」 「俺が手伝ってやる。智が精通するとこ見たい。俺がしたい」 「どうするの?」 「ちんちんを擦るんだ」 「擦る? 痛くないの?」  男性器は敏感で、ぶつけたりしたらものすごく痛い。  不安を見せる智に、和之が提案する。 「先に、俺が射精するとこ見るか?」 「いいの?」 「いいよ」  和之はあっさりとズボンから陰茎を取り出した。  小学校低学年までは一緒にお風呂に入ることもあったが、今はどちらかの家に泊まりに行ってもお風呂は別々に入る。なので、和之のぺニスを目にするのは久々だった。  最後に見たときよりも成長したそれは、自分のと比べると別の器官のように見えた。 「大きいね……」  感心したように素直な感想を漏らすと、和之の手の中でそれはピクリと反応した。 「こんな風に、擦ったりして刺激するんだ」  そう言って、和之は陰茎を扱きはじめる。  その様子を、智はまじまじと見つめた。  手の中で腫れたようにどんどん膨らみ、勃ち上がっていく。 「かずくん、大丈夫? 痛くない?」 「ん、痛くない、気持ちいいよ……」  和之の顔を見ると、確かに痛がってはいない。  息が上がって、頬が紅潮している。熱っぽく潤んだ瞳が、まっすぐに智に向けられていた。  智の心臓が跳ねた。胸がドキドキして、体が熱くなる。下半身がむずむずした。 「はあっ、そろそろ出そう。智の手に出していい?」 「うん、いいよ」  智は躊躇うことなく両手を差し出した。 「あっ、いく……っ」  和之の顔が色っぽくて、智は目が離せなくなる。  じっと見ていると、掌に温かいものがかかるのを感じた。視線を落とすと、少量の白い粘液が両手に溜まっていた。  子種というから粒々しているのかと思ったがそうではなく、指で触るとぬるぬるしていた。  和之がティッシュで智の手を拭う。 「ありがとな、智。気持ち悪くなかったか?」 「うん」  窺うような和之の問いに即答する。相手が和之ならば、嫌悪感など湧くはずもない。 「見てどうだった? まだ怖い?」 「少し、怖い……。でも、すごくドキドキした……」 「ドキドキ?」 「うん。胸が、きゅうってなって……体、熱くて……なんか、おちんちんが……」 「おちんちんが?」 「わ、わかんない……変な、感じ……」 「触っていい?」 「うん……」  頷くと、和之の手がズボンのボタンを外した。  顔を真っ赤にしながら、和之の指がチャックを下ろすのを見つめる。痛いくらいに激しく心臓が高鳴っている。  下着をずらすと、智の小さなぺニスが現れた。そこは少しだけ膨らんでいた。 「智のちんちん……」  興奮に熱い吐息を吐き、和之が智のぺニスに触れる。 「あっ……」  少し指が触れただけで、智は大袈裟に肩を揺らしてしまう。  気遣うように和之が智の顔を覗き込む。 「痛かった?」 「ううん、大丈夫……」 「怖い? 嫌だった?」 「違うよ、ちょっとびっくりしただけ……」 「触ってもいいか?」 「うん」  和之の熱い掌が、きゅっとぺニスを握り込んだ。  全体を包み込まれ、智は未知の感覚に襲われる。けれども自分に触れているのが和之だと思えば、怯えることもなかった。  和之の手が、自慰のときと同じ手つきでぺニスを擦る。 「あ、あっ、あんっ」  甘ったるく大きな声が自分の口から飛び出し、智は慌てて口を塞いだ。  それを、和之は窘める。 「智、声は我慢するな」 「でも、変な声出ちゃう……」 「変じゃない。出していいんだ。我慢すると苦しいだろ? 俺しか聞いてないんだから、気にすることない」 「うるさくない?」 「智の声がうるさいわけないだろ。聞きたいから聞かせろ」 「ん、わかった……」  恥ずかしいけれど、和之がそう言うのなら智は拒まない。 「ひ、あっ、あっ、ん、ふあっ」 「可愛い。ちゃんと勃起したな」  見ると先程の和之のそれと同じように、自分のぺニスがぴんと反り返っていた。和之のものより小さいけれど、膨らんで、固く勃ち上がっている。 「痛くないか? 大丈夫?」 「うん、うん……っ」  和之は右手で扱きながら、もう片方の手でぺニスの先端を擦った。 「きゃううっ」  敏感な先端を刺激され、智の腰ががくがくと揺れた。 「あっ、あっ、かずくん、だめ、先っぽ、だめぇっ」 「だめ? 痛いか?」 「痛く、ない、けど……あっ、なんか、ぞわぞわって……じっとしてらんないのっ」 「気持ちいいんだよ、智。大丈夫だから、そのまま気持ちよくなって」 「きもちぃの、これ? ……んっ、あっ、あっ」  智の爪先がぎゅうっと丸まる。  強烈ななにかが込み上げてくるのを感じた。智はそれを尿意だと思った。 「あっ、かずくん、待って、待って、おしっこ出ちゃうっ」 「おしっこじゃないよ。智、大丈夫だから」  和之は何度も優しく声をかけ、智を宥める。  和之を信頼している智は、彼の言葉を疑わない。だから絶頂へと追い立てる和之の手を拒まなかった。はじめて味わう快感に身を委ねる。 「んあっ、あっ、かずくん、かずくんっ」  強烈な刺激が全身を走り抜け、びくんびくんと腰が浮いた。  頭がくらくらして、上半身が傾く。ふらつく智の体を、和之が支えてくれた。 「はあっ、はあっ、かずくん……」 「よく頑張ったな、智」 「ぁ……僕、精通できた……?」 「いや、まだだ」  股間に視線を落とすと、確かに精液が出た形跡はなかった。 「僕、できなかったの……?」 「精液は出なかったけど、ちゃんとイけたから大丈夫だ。何回もすれば、ちゃんと智も精通できるよ」 「ほんと……?」 「ああ。智の精通は俺がするから。俺がいないときに、自分でちんちん触ったらだめだぞ」 「うん、わかった」  なんの疑問も抱かずに、智は素直に頷く。  ふと目を向けると、和之の性器が再び勃起していた。触れてみたくて、智はそっと手を伸ばす。 「っ智……?」 「僕も、かずくんのおちんちんに触りたい。かずくんがしたみたいに、擦ってみたい……」 「ん、いいよ……」  智は両手で和之のぺニスを握る。和之は智の手に手を重ね、やり方を教えるように上下に擦った。 「はっ……これくらいの強さで、擦って……」 「わかった……」 「智の手……小さくて、柔くて、気持ちいい……っ」  掠れた和之の声にドキドキした。嬉しくて、もっと気持ちよくなってほしくて、懸命に手を動かす。 「そのまま擦ってて」  そう言って、和之は智のぺニスに触れた。また同じように擦りはじめる。 「あっ、あっ、だめ、おちんちん触られたら、かずくんのできなくなっちゃうよぉっ」  智は腰をくねらせる。和之の陰茎を握る手から力が抜けてしまう。  和之は微笑み、智と自身のぺニスを重ねた。  和之のぺニスの裏筋に智の先端が擦れ、快感に腰が揺れた。 「智、そうやって腰振って、俺のちんこに擦り付けて」 「ふあぁっ、あっ、きもちいいっ、かずくんのおちんちん、きもちいいよぉっ」 「ああ、智、すげーエロくて可愛い……っ」  興奮に上擦る和之の声と、彼のぺニスを使って自慰をしているような自分の痴態に煽られ、興奮し、智は腰の動きを止められなくなる。 「ああっ、かずくん、また、あっ、さっきのきもちぃの、またきちゃうよぉっ」 「はあっ、いいよ、智、そのままイッて。俺も、もう出る……っ」 「んにゃっ、あっ、かずく、あっ、ああぁっ」 「あっ、イく、智……っ」  びくびくと二人のぺニスが同時に震えた。  和之の吐き出した精液が智の下腹に飛び散る。智のぺニスからはやはりまだなにも出なかった。  それから、部屋に二人きりになると和之は智に触れてくるようになった。 「あっ、あっ、かずくぅん……っ」  下半身を裸に剥かれた智は、和之のベッドに仰向けに寝かされていた。はしたなく脚を開き、勃ち上がったぺニスを和之に扱かれ、甘えるような喘ぎ声を漏らしている。 「可愛い、智。気持ちいいか?」 「うん、気持ちいいっ、あっ、あぁっ」 「もっと気持ちよくしてやる」  そう言って、和之は智の下肢に顔を近づけた。震えるぺニスを、ぺろりと舐め上げる。 「ひあぁっ」  手とは違うぬめった粘膜の感触に、びくんっと智の腰が跳ねた。 「あっ、だめ、舐めちゃだめ、汚いよぉ」 「汚くなんかない。すげー可愛くて、美味そう……」  うっとりと囁いて、和之はパクリと口に咥える。  ぺニス全体を粘膜に包まれ、強い快感に智は身悶えた。 「ひにゃっ、あぁっ、ぬるぬる、きもちぃっ」  舌で舐め回しながら、ちゅぼちゅぼと口で扱かれる。目も眩むような快楽に、智は涙を流して身をくねらせた。 「あっ、あっ、かずく、かずくんっ、あ、あ──ッ」  訪れた絶頂に、智はびくびくと腰を震わせた。  名残惜しそうに、和之はゆっくりと口を離す。 「ん……まだ、出ないな」  刺激されてイくことはできるが、智のぺニスはまだ精液を吐き出さない。  はふはふと呼吸を整える智の頬に、和之はちゅっと口付ける。  智は和之の股間に手を伸ばした。そこはズボンの上からわかるほどに膨らんでいた。 「かずくんのおちんちん、触らせて……。僕も、舐めたい……」  布越しにすりすりと撫でながらねだると、和之は息を詰めた。 「っ……俺がしたからって、無理にしようとしなくてもいいんだぞ?」 「無理じゃない、僕もしたい、かずくんのおちんちん、ぺろぺろしたいの……」 「ぐ……っ」 「かずくんは嫌……?」 「そんなわけないだろっ」 「よかった……」  へにゃりと笑って、智は体を起こす。  ベッドに座る和之の下半身に顔を埋めた。  反り返った和之のぺニスを取り出す。智と比べると、太さも長さも違う。和之がしてくれたようにはできないだろう。それでも気持ちよくなってほしくて、ぺニス全体に舌を這わせた。 「はあっ……智……」  気持ちよさそうな和之の声が嬉しい。もっと聞きたくて、痛みを与えないよう慎重に口に含んでいった。やはり全てを口に収めることはできなかったが、懸命に舌を動かし、先端にちゅぱちゅぱと吸い付く。 「んっ、智、いいっ、もう出そう……っ」  切羽詰まった和之の声に煽られ、智は更に強く刺激した。 「あっ、こら、出るって、く……イくっ」  びゅっと、口の中で精液が吹き出す。智はそれを反射的に飲み込んだ。量は多くなかったので、一度で飲み込むことができた。  和之を気持ちよくできたことに満足して、智は顔を離す。  和之は焦った様子で智を見つめる。 「智、もしかして飲んだのか!?」 「うん。……飲んじゃいけないものだった?」 「いや、そうじゃないけど、不味いだろ……」  味わう暇もなく飲み込んでしまったのでよくわからないが、確かに舌には微かに苦味のようなものが残っている。 「うん、ちょっと苦い、かも……?」 「ごめんな」 「僕がしたくてしたんだよ。かずくんのなら、全然平気。またさせてね」 「智っ」  感極まったように和之が抱き締めてくる。  ちゅうっと唇にキスをされ、驚いたけれど智は拒まなかった。そのまま、啄むようなキスを繰り返す。  和之にされて嫌なことなど、智にはなかった。  和之との触れ合いは何度となく繰り返された。性器だけでなく、身体中至るところを和之に触られ、舐められた。どこを触られても舐められても気持ちよくて、和之に触れられることが嬉しかった。  智が一番好きなのは、和之とぴったり体が密着する体勢だ。和之の温もりに包まれると安心するのだ。  だから、今のように和之の膝に横向きに座った状態での触れ合いは大好きだった。  和之の手が、智のぺニスを上下に擦る。手を動かしながら、和之は智の口内を舐め回した。  口の中も下半身も、和之の触れているところ全てが気持ちよくて、体がぞくぞくと震える。  快感で頭がいっぱいになって、思考が蕩けた。なにも考えられないまま、和之の手に追い上げられていく。 「んあっ、ん、んんぅっ」  激しく体が痙攣し、ぴゅくっとぺニスから体液が放出された。  一瞬粗相をしてしまったのかと焦ったが、和之の手にかかっているのはトロリとした粘液だ。  陶然と、和之の掌を見つめる。 「あ……おちんちんから、精子出た……」 「頑張ったな、智。気持ちよかったか?」 「うん……」  射精の余韻でぼんやりしていると、和之が手にかかった精液を舐めているのが視界に入った。 「あっ、かずくん、舐めちゃだめっ」 「どうして?」 「だって……」 「ずっと楽しみにしてたんだぞ、智の精液舐めるの。今度はちんちんから直接飲ませて」  恍惚とした表情で、和之は一滴残らず舐め取った。  恥ずかしいけれど、和之がしたいことならば智は拒まない。  こうして智は無事に精通を果たしたが、その後も二人の触れ合いはつづいた。  中学に進学しても二人の関係は変わらなかった。  変わったことと言えば、学校で行われた検査によって和之がα、智がΩと判明したことだ。  優秀な和之は元々αだろうと言われていたので、智もやっぱりそうだったんだ、という感想しか抱かなかった。智にとって和之は和之であり、彼の性がなんであろうとなにも変わることはない。  それは和之にとっても同じことで、智がΩだと診断されても彼の態度が変わることはなかった。  智の両親も、すんなりと受け入れてくれた。  だから、智は自分がΩだとわかっただけで、特に環境が変化することもなかった。  けれど、和之がαだと判明したことで、周囲の見る目が変わっていった。  基本的に検査の結果は伏せられる。だが、隠しきれずに広まってしまうこともある。気づけば和之がαであると、全校生徒に知れ渡っていた。  前から和之は人気があった。どこにいても注目の的で、誰もが憧れる存在だった。それがαだと判明してから、より顕著になった。  和之と親しくなりたいと願う生徒は多い。だが和之は智以外に無関心だ。なにを言われようとなにをされようと、智以外の人間を相手にしない。  そうなると、自然と智に嫉妬の目が向く。智を妬み、和之から引き離そうと考える者が出てきた。  校内でも校外でも和之は智にべったりだ。けれど稀に用があって、智から離れることもある。すると常に監視でもしているのか、和之が傍を離れた隙を狙って数人の生徒が智に声をかけてくる。話があると言われおとなしくついていくと、人気のない場所で智を囲むように生徒達が立ち塞がる。  明らかに不穏な雰囲気だが、智は物怖じすることなく彼らを見つめた。 「僕に話ってなに?」 「お前、和之さんから離れろよ」  この中のリーダー的な存在の生徒が、代表して智に言った。  言われた智は首を傾げる。 「嫌だけど」 「なっ、なんだと!?」 「どうして、知らない人のあなたが、かずくんから離れるように僕に言うの?」 「か、和之さんが迷惑してるからだよ! 幼馴染みだかなんだか知らないけど、四六時中和之さんに引っ付きやがって! 図々しいんだよ!」 「迷惑だって、かずくんが言ってたの?」 「そ、そうだよ! お前と離れたいって言ってた!」  智は和之の口から一度もそんなことを言われた覚えはない。逆に離れるなとか、傍にいろというようなことは何度も言われている。 「うーん……。じゃあ、かずくんに確認してみるね。かずくん本人から言われたら、ちゃんと離れるよ」 「なっ、やめろ! か、和之さんは優しいから、面と向かって本人に迷惑だなんて言えないんだよ!」 「え、かずくんは嘘なんて言わないよ? 僕が訊いたら、ちゃんと正直に答えてくれるから、心配しないで」 「ち、違っ……」  リーダー格の生徒が焦ったようにわたわたと腕を振り回す。  そのとき。 「なにしてるんだ?」  聞こえてきた低い声に、辺りはしんと静まり返る。大きな声ではなかったが、そのたった一言が、その場にいる全員を凍りつかせた。  唯一、智だけがその声に笑顔を浮かべた。 「かずくんっ」 「智、おいで」  呼ばれて、智は和之のもとへ駆け寄る。  和之の纏う空気が和らぎ、その場にいた生徒達は蜘蛛の子を散らすように走り去っていった。  彼らの後ろ姿を見て、智はきょとんとする。 「あれ? もう話はいいのかな?」 「智、あいつらになに言われた?」 「かずくんが僕に迷惑してて、僕から離れたいって言ってたって」 「チッ、余計なことを……」と和之の吐き捨てるような呟きは、智の耳には届かなかった。 「かずくん、迷惑に思ってる? 僕から離れたい?」 「そんなわけないだろ! まさか、あいつらの言うこと信じるわけじゃないよな?」 「もちろん信じないよ。だって知らない人達だし」 「誰になにか言われても、絶対に俺以外の言葉は信じるなよ」 「うん」  智は迷うことなく頷く。  和之本人に離れたいと言われれば、辛くても悲しくても智は離れる。けれど他人の言葉に惑わされ、自分から彼の傍を離れることはない。言ってきたのが名前も知らない相手ならば尚更だ。  親しくもない他人からなにを言われても、智は特に傷つくこともない。智も同様に、和之以外には基本無関心なのだ。智が心を動かされるのは家族以外では和之の言動だけだ。  だから今回のことも、智にとっては気に留めるほどの出来事ではなく、次の日には忘れていた。  けれど和之はあの場にいた全員の顔を覚えていて、二度と智に近づかないよう、後日一人一人しっかりと釘を刺して回ったのだが、もちろん智はそのことを知らない。  高校生になっても、二人の関係は変わらず継続していた。同じ学校に通い、登下校も校内でも常に一緒にいる。  二人の関係は変わらないが、智には自分の変化に備えて準備しておく必要があった。  Ωに必ず訪れる発情期だ。年齢的に、恐らく来年か再来年には発情期がくる。だからその前に、発情を抑えるための抑制剤を用意しておかなくてはならない。抑制剤にも色々と種類があり、智はそれをスマホで調べていた。 「智、なにを見てるんだ?」  隣で本を読んでいた和之が、真剣にスマホを見る智を疑問に思って声をかけてくる。  嘘をつく必要もないので、智は正直に答えた。すると和之が眉を顰める。 「抑制剤? そんなもの、必要ないだろ」 「え、でも、今から準備しておかないと……」 「だめだ。ものによっては酷い副作用があるらしいし、全く効果のない、寧ろ症状を悪化させるような偽物も出回ってるって話だ。智にそんな危険なもの飲んでほしくない」 「そ、そうなの……?」  和之の話に智は青ざめた。  発情期がきたら薬を飲めばいいと安易に考えていたが、そんな危険があるなんて知らなかった。和之に教えてもらえてよかった。危なく適当に薬を選んで購入してしまうところだった。  ほう、と息を吐く智の頭を和之が撫でる。 「智、俺のいないところで発情期がきたら、必ず俺に教えろよ」 「うん、わかった」  智はあっさり承諾した。どうして、と疑問に思うこともない。  幼い頃から、智の身に起きたことは漏らさず和之に報告している。風邪を引いたときや、ほんの小さな怪我でさえ、智のことなら和之はなんでも知りたがった。智にとってはそれが普通のことなので、疑問など抱くはずもない。  その夜。智は部屋の中で、これからのことについて考える。  抑制剤に頼れないとなると、智は一人部屋に閉じ籠って発情期をやり過ごすしかない。  発情期について色々と調べたが、こればかりは経験してみなければわからない。  けれど、智は今まで一度も一人で自慰をしたことがない。必ず和之が傍にいて、しかも自分の手で触れることもほとんどない。自分で擦ってもうまく快感を得られず、和之にねだって彼にイかせてもらうことが圧倒的に多い。  自慰もまともにできない自分が、一人で発情期を迎えて大丈夫なのだろうか。  不安しかないが、他にどうしようもないのだ。  和之に頼るわけにはいかない。  今、和之は一人だが、いずれ番を得るだろう。もしそのときがきたら、和之が智に触れることもなくなる。番が彼の一番になり、智を気にかけることもなくなるはずだ。  和之に頼って、それに慣れてしまったら、いつか彼に番ができたとき、智は余計に辛くなるだろう。だから、最初から一人でどうにかするしかない。一人に慣れなくてはならない。  でも、自慰がうまくできず沸き上がる熱を発散できなければ、自我を保っていられず頭がおかしくなってしまうかもしれない。  そうなったら、和之のこともわからなくなってしまうのだろうか。  それは嫌だと智は思った。  このとき智ははじめて、自分がΩ性であることを悲しんだ。  それから、智と和之はなんの問題もなく進級した。二年生になり数ヵ月が過ぎた、ある日のこと。  朝起きると、智は自分の体に異変を感じた。昨夜から気怠い感じはしていた。体調を崩してしまったのかと思ったが、これは風邪で熱を出したのとは違う。体が火照って、和之に触られなければ反応することのない下半身が疼いている。  発情期だ。  智は母親にそれを告げた。母親は狼狽えることなく受け入れて、学校に休みの連絡を入れてくれた。  智は部屋に戻り、スマホを手に取った。発情期がきたことと、そのため学校を休むことを和之に報告する。返事を待たずにスマホを机に置き、ベッドに上がった。  どんどん体が熱くなる。股間がむずむずする。息が上がる。  完全に発情すれば、こんなものでは済まない。  自分がどうなってしまうかわからない不安に、智は怯える。  そのとき、ノックもなく部屋のドアが開いた。 「智、発情期だって!?」 「かずくん……?」  制服姿の和之が、ドアを閉めて中に入ってくる。  学校に行く前に、様子を見に来てくれたのだろうか。心配してくれるのは嬉しいが、発情期のΩに近づくなんて危険すぎる。現に、和之は頬を紅潮させうっとりとした表情を浮かべていた。 「ああ、智の匂いがうんと濃くなってるな……」  迷いのない足取りで、和之はベッドに向かってくる。  智は焦って制止の声を上げた。 「だめだよ、かずくん! あんまり近づいちゃ……」  和之の匂いに、智の興奮も高まってしまう。まだ理性を保っているが、あまり近くに来られると理性を失くし、本能のままに和之に襲いかかってしまうかもしれない。 「どうして? 近づかなきゃ智に触れないだろ」 「触っちゃだめだよ!」  和之に触られたら、智は容易く理性を手放してしまう。  それなのに、和之は離れてくれない。ベッドに座り、横たわる智の顔を上から覗き込む。 「どうしてそんなこと言うんだ? 俺がいなきゃ、智は射精もできないだろ?」 「そ、そうだけど……」  もしかして和之は、智の自慰を手伝うために来てくれたのだろうか。ありがたいけれど、智は一人で発情期を過ごすことに慣れなくてはならないのだ。  それに、発情期中のΩの傍にいて、αの和之も平静でいられるわけがない。薬も飲んでいない状態で傍にいれば、確実に間違いが起きてしまう。 「僕は一人で大丈夫だよ。だから、かずくんは早く僕から離れて……」 「大丈夫なわけないだろ。はじめての発情期だから、怖いのか? 俺の前でなら、どれだけ乱れたっていいんだぞ。寧ろ乱れろ」 「ええ……?」  そんなのは嫌だ。発情し、はしたなく乱れる姿を見られるのは恥ずかしい。きっとみっともない痴態を晒してしまう。 「な、だから安心して俺に任せろ」 「だめだよ、これから番ができるのに……」  この先、和之には番ができるのだ。それなのに、彼との間に間違いが起きては申し訳ない。  そう思って、和之の申し出を断った。  すると、和之の顔から表情が消える。周りの温度が一気に下がった気がした。 「は? 番ができる?」  和之は今まで聞いたことがないような低い声を発する。  ぞっとするほど冷たい瞳で智を見下ろしていた。 「かずくん……?」 「智の番? 誰だよそれ。そいつが好きなの? そいつに体触らせんの? そいつの子供孕むのか? そんなの許せるわけないだろ。智に触っていいのは俺だけだ」 「か、かずくんっ」  どうやら智に番ができると勘違いしているようだ。  それは誤解だと、懸命に訴える。 「ち、違うよ、誤解させるような言い方してごめんね。僕じゃなくて、かずくんにいつか番ができるからって言いたかったの」  和之は訝しげに眉を寄せる。 「俺に番?」 「うん」 「俺の番は智だろ」 「え?」 「俺の番は智以外あり得ない」 「え?」 「智は俺の番になりたくないのか? だからそんなこと言うわけ?」 「そんなわけないよ!」 「じゃあ、なんでそんなこと言うの? 発情期なのに、一人で大丈夫だとか離れろとか」 「それは……」  和之の番になれるなんて思っていなかったのだ。智と和之は幼馴染みで、確かにお互い大切な存在だけれど、和之は智のことを弟のように見ているのだと思っていた。 「かずくんは僕のこと、家族みたいに思ってるのかなって……」  和之はがくりと項垂れる。 「家族だと思ってたら、あんなことしないって……」 「あんなこと……?」 「精通手伝ったり、オナニー手伝ったり、ちんこ舐めたり舐めさせたり、あんなこと智にしかしない。智だからしたいと思うし、智だからしたんだよ」  和之の手が頬に触れる。 「智は違うのか? 俺じゃなくても触らせたのか? 俺じゃなくてもあんなに気持ちよくなったの? 俺じゃない誰かと番になるの?」 「ならないよ」  智はきっぱりと断言する。  和之に番ができたらと想像はしたが、自分に番ができるなんて想像はしなかった。自分に触れるのは和之だけがいい。和之でなければ嫌だ。 「かずくんだけだよ」  真っ直ぐに目を見て伝えると、和之はくしゃりと顔を歪めた。 「ごめんね、僕、かずくんの気持ちに気づけなくて……」 「いや、俺も悪い。伝わってると思い込んで、ちゃんと言葉にしなかったから」  智を見つめる和之の瞳が、愛おしむように細められる。 「好きだよ、智。愛してる。ずっと、出会ったときから智だけが好きだ。俺の番になって。これからも俺の傍にいて」 「うん、僕もかずくんが大好き。ずっと一緒にいようね」  微笑み合い、どちらからともなく唇を重ねる。  重ね合うだけのキスは、すぐに舌を絡め合う深いものへと変化した。舌を擦り合わせ、吸い上げられ、ぞくりと背筋が震える。 「ああ、智の匂いが濃くなった……。堪んない……頭がくらくらする……」  和之の息が荒くなる。  彼の興奮が伝わって、痺れるような快感が走り抜けた。   彼の視線に声に体温に匂いに、彼の全てに体が反応し、智は発情した。  とろんとした表情で、和之を見つめる。 「かずくん……」 「可愛い、智。もうそんな蕩けた顔してんの。俺が触ったらどうなっちゃうの?」 「かずくん、僕、いっぱい変なこと言っちゃうかも……おかしくなって、変なことしちゃうかもしれない……」  不安を滲ませて告げると、和之は嬉しそうに微笑んだ。 「いいよ、おかしくなって。おかしくなった智が見たい。言っただろ、俺の前ではどれだけ乱れてもいいって」  甘く囁きながら、和之は智のパジャマを脱がしていく。  彼の指が少し肌を掠めるだけで、ぴくぴくと体が震えた。 「好きだよ、智。最高にいやらしい智の姿、俺だけに見せて」  大好きな和之にそんなことを言われたら、智の理性は容易く崩れ去ってしまう。  互いに裸になり、肌が触れる感触が心地よくて、智は熱い吐息を漏らした。 「あ、かずくぅん……っ」 「可愛い声。二人でいっぱい気持ちよくなろうな」 「うん、かずくんと気持ちよくなりたい」  素直に伝えると和之は笑みを深めた。  智の胸に顔を埋め、口と指で乳首を愛撫する。  何年も執拗に弄られつづけてきた乳首はすっかり敏感になり、ほんの少しの刺激にもあられもない声を上げ、はしたなく乱れてしまう。  つんと尖った乳首を、指と舌で弾くように嬲られる。優しく囓られ、押し潰され、吸われ、引っ張られ、与えつづけられる快感に智は翻弄された。  和之は胸を弄り回しながら、空いている手を下へ伸ばす。既に勃起し、たらたらと蜜を零すぺニスを握った。  数度扱かれただけで、智はあっさり絶頂を迎える。吐き出した精液が、胸元にまで飛び散った。  智の精液は、和之が全て舐め取る。ぴちゃぴちゃと下腹から胸元にかけて舌を這わされ、その感触に智のぺニスはすぐにまた熱を持つ。  智の肌をねぶりながら、和之は再びぺニスを擦りはじめた。 「あっ、あっ、かずくん、も、おちんちんじゃなくて、お尻弄ってぇっ」  もうずっと、後孔が疼いて辛いのだ。発情した体は、ぺニスよりも胎内への刺激を求めていた。  智は脚を開き、ひくつくアナルを晒した。 「はあ……エロい、可愛い、智……」  和之の指が後孔を撫でる。そこは雄を受け入れるために蜜を分泌し、しとどに濡れていた。  指を入れてほしくて、催促するように襞が開閉を繰り返す。  ぬぷりと指を差し込まれ、智は待ち侘びた快感に歓喜した。  発情期を迎えたΩの後孔は、雄蕊を求めて勝手に解れる。指を増やされぐちゅぐちゅと出し入れされても、智が苦痛を感じることはなかった。 「ひあっ、あっ、かずくん、気持ちいいっ」 「指でぐちゃぐちゃに掻き混ぜられるの好き? すごいな、どんどん濡れて、溢れた汁で俺の手がぐしょぐしょだよ」 「好き、好きぃっ、かずくんの指、気持ちぃのっ」 「可愛いなぁ。俺の指に美味しそうにしゃぶりついて……抜けなくなりそう」  楽しそうに笑う和之に、智は媚びるようにすりつく。 「かずく、あっ、んっ、指じゃ足りないの、かずくんのおちんちん入れて、かずくんの精子でお腹いっぱいにしてぇ」 「智っ」  和之は貪るように智に口付ける。じゅるじゅると舌を吸い上げながら、アナルから指を抜いた。 「んんぅっ」 「はあっ、智、好き、好きだ、俺がどれだけ智の発情期を楽しみにしてたか、知らないだろ」  荒い息を吐きながら、和之は陰茎を宛がう。  太い亀頭が、ぐぬっと捩じ込まれる。 「んあっ、あっ、かずくん、かずくんの、おちんちんっ」 「智、智、俺のものだ、全部、俺だけの……っ」 「ひあぁっ」  ぬぷぬぷっと、熱い楔が粘膜を擦り上げる。指よりもずっと太いそれを受け入れても、智はただ快楽に喘ぐだけだった。 「あっ、は、んあぁっ、かずく、かずくぅんっ」 「っく……すっげ……搾られる……っ」  腸壁全体が蠕動し、陰茎に絡みつく。  強烈な射精感を堪えるように歯を食い縛り、和之は腰を動かした。 「ひうっ、ひ、あっ、きもちぃ、かずくんっ」 「ああ、くっそ、もう出そう……」  和之は智の腰を掴み、襞が捲り上がるほど激しく肉棒を出し入れする。ぱちゅぱちゅと、結合部から濡れた音が響いた。 「あっ、いく、かずくん、もういっちゃ、あっ」 「俺も、もうもたない、出る……っ」 「ああぁっ」  びゅるびゅると熱い体液を子宮に浴びて、同時に智も絶頂を迎えた。  しかし発情期ははじまったばかりだ。一度吐き出しても、二人の熱は全く冷めない。 「あんっ、かずくんの精子、嬉しい……熱くて、気持ちいいよぉ」 「まだ、もっとたくさん注いでやるからな。俺の精液でお腹たぷたぷにして、溢れるくらいいっぱいにしてやる」  蕩けた胎内を、和之は再び剛直で突き上げる。 「ひんっ、好き、かずくん大好き、いっぱいしてっ」 「ああ、可愛い、智、好きだ、愛してる」  真摯に愛を囁きながら下半身はぬちゃぬちゃに絡み合い、室内は淫楽にまみれた空気に包まれていた。  体位を変え、二人は絶えず体を繋げる。時間も忘れ、ただ互いを求め合った。  どぷりと、何度目かの精が胎内に注がれた。悦楽に身を震わせながら、智はそれを受け入れる。 「あっ、かずくんの、あちゅいの、また……っ」 「はっ……すごい、智のお腹、ぽっこり膨らんでるな」 「あぅんっ」  精を注がれたばかりの胎内を休む暇もなく貫かれ、それでも智は愉悦の滲む表情で埋め込まれた楔を締め付ける。 「智、智、可愛い、いっぱいがつがつしてごめんな、優しくできなくてごめん」 「らいじょおぶ、だよ……かずくん、しゅきだから、いっぱい、して、かずくんの、したいことして、あんっ、乱暴に、していいよっ」 「ああ、智、可愛い、愛してる……っ」  もう智の頭の中は、和之が好きと、気持ちいいと、たくさん交尾したいという気持ちで占められていた。  智はもう精を出し尽くしたのに、和之の陰茎は一度目と変わらぬ量を吐き出しつづけている。中を突かれるたびに精液が押し出され、溢れて腿を伝って流れていく。  体が壊れるのではないかと思うほど激しい交接は智の体にかなりの負担を強いたが、それでも智にとっては幸せな時間だった。  その幸せな時間は発情期が終わるまでつづいた。体はくたくただったが、心はとても満たされていた。  それから、智を見つめる和之の視線は今まで以上に甘くなった。スキンシップも増え、毎日愛を囁く。片時も傍を離れず、常に周りに目を光らせ、誰も近づけないように牽制する。他の男が智に指一本でも触れるのを許さない。極力会話もさせない。誰の目にも触れさせたくないと、口癖のように言う。外に出るときは必ず自分の匂いをつけたがる。  そんな和之を、智は心配性だな、としか思わなかった。  幼い頃から自分に向けられる異常な執着に、本人だけが気づかないのだ。

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