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プロローグ
二〇一九年
ここは昔、映画館だった……。
アンティーク調のカフェの中で、そう思い起こす。正確に言うなら、この二階が、だ。当時は一階がパチンコ屋で、二階と中二階が映画館しかないビルだったが、今は五階建ての立派なものに変わっている。
こんなふうに過去を振り返ってしまったのは年齢のせいだけではなく、この場所と、これから会う人物の影響が大きいに違いない。
約束の時間までコーヒーを飲みながら周囲を見回す。仕事が終わる時間というのもあってか、スーツ姿の客が目立っていた。そういう俺自身もスーツだ。待ち人はこんな姿の俺を見たことがないから、どんな反応をするだろう。驚かれるか、からかわれるか。そんな想像をしているところへ、本人が現われた。
お互いに見つけやすいよう出入り口を正面にした席にいた俺は、きょろきょろしている相手に右手を挙げた。事前に写メを送ってもらっておいてよかった。変わっていたのは相手も同様だった。
彼女は手を振り、カウンターに寄ってからこっちへやってきた。向かいに座ると、皿のひとつを俺に差しだす。
「つかっちゃんもケーキ食べるでしょ。甘い物、大好きだったもんね」
あいさつより何より先にそう言われ、一気に昔へ引き戻された。どうやら中身は変わっていないらしい。
「俺が呼びだしたんだから、全部こっちが持つよ。いくら?」
「いいって、これくらい。私、つかっちゃんからLINEもらって死ぬほど感激したんだよ」
坂井ちゃんは満面の笑みで言った。
「それにしても、びっくり。全然変わってないじゃん。少しシワがあるだけなんて奇跡。四十代最後とは思えない」
「頭使ってないからじゃないか。そういう坂井ちゃんだって、同い年には見えないって。それに、俺の知ってる頃よりきれいになった。誰かいい人でもいるのかな?」
明るいブラウンに染めた長い髪とナチュラル・メイクの顔をまじまじとみつめた。黒髪で化粧っ気がまったくなかった以前の彼女とは比べものにならない。女って化けるんだと、改めて実感した。
「こんな女でも結婚してくれる人がいたんですよ」
と、左手の指輪を見せる。
「ただ、子供はいないんだよね。そのおかげかな、若く見られるのって」
坂井ちゃんは平然と言った。どういう事情かは訊くつもりもないけど、昔から子供は好きじゃなくて、産む気もないとは言っていたっけ。
次に来るのは当然、俺の相手のことだろう。そう覚悟して、ケーキを食べる手を止めたのに、意に反して、坂井ちゃんは話題を変えた。
「似合ってるね、スーツ。営業マンが板についてるって感じ」
「褒められるとは思わなかったな」
照れくさくて鼻を掻く。
「映画館にいた頃って、ジーパンだったもんね、私もつかっちゃんも。それが今じゃ勤め人か。年取るはずだわ」
坂井ちゃんはお手上げのポーズをとった。
「会社の若い子なんて、この街に映画館があったことも知らないんだよ。それなのに、自分では大昔のことだって感じられなくてさ。つい二、三年前くらいの感覚で話しちゃうの。考えてみたら、もう二十年以上経ってるんだもんね。この間そう気づいてぞっとしちゃった」
年齢を重ねていくたびに、一年経つのが速く感じてくる。本当にあっという間だ。だから、気持ちの方が追いついてこないこともよくある。
「わかるよ。俺も、いまだにオリオン座のことは鮮明に覚えてるんだ。他のバイトのことはそうでもないのに」
「一緒一緒。楽しかったもんね。みんな仲良くてさ。特にルカが――」
そこで坂井ちゃんは口をつぐみ、俺の顔色を窺った。さっきは避けた名を失言してしまったというように。
「ルカ・白石」
俺はその名を自ら口にした。
「あの出会いは、一生忘れられないよ」
胸の中に、甘酸っぱい思い出が蘇ってきた。
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