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「ありがとうございます。とても心強かったです」
交番を出るや否や、ルカ・白石は頭を下げた。
調書のやり取りを耳にしてしまった俺は、気まずい顔で応える。
ルカは日本人とイギリス人のハーフで、父親の母国である日本へは社会勉強の為にやって来たということだ。自身も五歳の頃までは日本で暮らしていたというけれど、知り合いもいない中での慣れない生活に寂しさを感じ、好きな映画館に通うことで慰めを見いだしていたらしい。
彼の素性を計らずも知ってしまったおかげで日本語がペラペラなのも納得いったけど、それにしてもこの顔で二十歳だったのは驚きだ。高校生にしか見えない。
「災難だったよね。せっかくの映画が台無しになっちゃって」
「……初めてじゃないですから」
ルカは、消えいりそうな声で言った。
「男だってわかってるのかどうかは知らないけど、今までも痴漢にあったことはあるんです。なのに、今日はつい叫んじゃって」
「叫んでくれてよかったよ。おかげで常習犯を捕まえられたんだから。きっと他にも被害者はいただろうし」
本心からそう言った。痴漢されても泣き寝入りする人は多いから。
「でも、情けないですよね。男のくせに、男に触られるなんて。隙があるのかな」
ルカの唇が少し尖った。子供みたいな仕種が更に幼く見せる。
「俺には理解できないけどさ。ロリコンっていうか、ショタコンかな。かわいい子にいたずらしたくなる変態っているだろ。きみの場合はそっちじゃないかな」
「そんなふうに見えます?」
汚れのないまなざしで見上げてくる。俺は正視に耐えられず、通行人に視線を向けた。
「かわいいとは思うよ。よく言われない?」
「そうですけど、これが俺だから直しようがないです……」
ルカは不承不承、肯定した。
俺は言葉を選んで慰める。
「あのさ、そんなに気にすることないと思うよ。かわいいっていうのはきみの個性だし、武器にもなるんだから。テレビで見たんだけど、動物の赤ちゃんがかわいいのも身を守る手段なんだってさ。うまく対処できる術を身に着ければ、痴漢なんて屁でもなくなるよ。それか、守ってくれる相手を見つけるっていうのも手だと思うけど」
「本条さんみたいな、頼りになる相手ってことですか」
どきっとした。慌てて訂正する。
「そういう意味じゃなくて、なんて言うか、その……」
ルカは、くすりと笑いを漏らした。
「言いたいことはわかりました。ありがとうございます。少し気が楽になりました」
立ち話を切り上げ、仕事に戻ろうとした俺に、ルカの声が響く。
「本条さん。俺、またオリオン座に行きますから」
彼の笑顔に、俺もつられて笑顔になっていた。
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