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 いざ交際がスタートしたからといって劇的変化があったわけじゃなく、傍から見れば俺達の関係はいつもどおりだと思う。でも実際のところは少し違っていて、俺はルカを妙に意識するようになった。付き合う前にキスを(しかも何度か)したのが嘘のように何ひとつ手が出せず、傍にいるだけで緊張する。そのくせ、気づくと顔をじっとみつめていたりと、まるでウブな中学生に戻ったみたいだ。  そんな俺に対し、ルカの方は以前とまったく変わらないように見えた。気負いもなく、自然体だ。  初めて二人きりで出かけることになったこの日も、俺一人が浮いていた。 「どうしたの? いつもの司と違うね」  くすりと笑みを漏らすルカは、デートだからといって特別にきめてきたわけでもなかった。なのに俺は、ヘアスタイルから服装からばっちり気張っていて、恥ずかしくなる。 「なんていうか、まともな交際って高二の時しかしてないんだよ。だから、よくわからなくて」 「普段と同じでいいんだよ。でも、今日の司も新鮮で素敵だけど……」  ルカの褒め言葉に、二人して照れてしまう。まったく、自分じゃないみたいだ。  それでもデートを進めるうち、いつしか緊張もほぐれ、冗談まで飛びだすようになった。街でショッピングを楽しむだけのプランだったのがよかったのかもしれない。 「夕飯どうする? 食べて帰るか」  あっという間に時間が経ち、気づけばもうそんな時間だった。 「それなんだけど」  と、ルカは少しためらいがちに口を開いた。 「俺のアパートで食べない? 司の為に料理したくて、材料も買ってあるんだ」  感激のあまり、俺の返事は数秒遅れてしまった。 「断るわけないだろ」  そう返すと、ルカは嬉しそうに微笑んだ。  駅から映画館とは逆方向に歩いていき、二十分ほどすると、住宅に交じってアパートが見えてきた。二階建てで各四部屋しかない、ペンキが剥げかかった古びたアパートだ。 ルカの部屋は一階の左端で、中は風呂とトイレは別だけど、他にはキッチンとリビングしかなく、いかにも独身者の住処といった印象だった。 「テレビでも見てて」  俺をリビングに残して、ルカはキッチンへと消えていく。  玄関を開けて中へ通された時、何もない部屋だけどとルカは言ったけど、言葉どおりだ。テレビとガラステーブル、二人掛けのソファしかない殺風景な部屋。その中で壁にくっつけるように置かれているスーツケースが目立っていた。  ルカはオリオン座でしかバイトしてないし、貯金を切り崩して生活しているのだから質素にならざるをえないのはわかっている。それでも、あまりの物のなさに、いつでも出て行けるようにしているんじゃないかと勘ぐってしまう。 「お待たせ。おいしいといいけど」  ルカが料理を運んでくる。二人分のミートソース・スパゲッティとサラダだ。 「料理っていっても、ソースは缶詰めなんだけどね。司、ミートソース好きなんでしょ。お母さんから訊いといたんだ」  いつの間に。俺はルカの甲斐甲斐しさにまたまた感激しながら、スパゲッティを口にした。お世辞抜きでうまかった。パスタの湯で加減もソースの量も完璧だ。 「節約しなくちゃいけないからなるべく料理はしてるんだけど、誰かに食べてもらうのは慣れてないんだ。司の口に合ってよかった」  俺の感想を聞いて喜ぶ姿がなんとも愛おしかった。ぬいぐるみをぎゅっとするように抱きしめたい。つい、そんな衝動に駆られるくらい。 「前に司の家で歓迎してもらって嬉しかったから、お返ししたかったんだ」  そう言ってから、更に付け加える。 「もちろん、好きな人だからごちそうしたかったっていうのが一番だけど」  俺達は互いの照れくささを隠すように、食事に専念した。  その後、手伝うと言う俺を制して片付けをしにいったルカは、炭酸ジュースを手に戻ってきた。 「お酒だと、帰れなくなったら困るでしょ」  ルカは笑って言った。そして、小さく続ける。 「泊まってもらってもいいんだけど、布団が一組しかないから」 「そっか。うん。そうなんだ……」  急に緊張がぶり返してきて、喉が渇いた俺は勢いよく炭酸を流しこんだ結果、案の定むせてしまった。  笑うルカに向かって言う。 「言っとくけど、変な想像したわけじゃないからな。俺、この関係を大事にするつもりだから。この前みたいに先走りたくないんだ」  ここまで白状したら止められない。最後まで一気に吐きだす。 「それだけルカのこと、大切に思ってるからさ……」  勇気を出して顔を上げると、ルカと目が合った。まっすぐな視線が俺の心を掴む。 「坂井ちゃんの言ってたとおりだ。司を好きになってよかった」 「坂井ちゃん、なんて言ってた?」 「司は好きになっても後悔しない人だって。軽いところもあるけど、基本的に人がいいって。だから自分も好きにな――」  ルカは慌てて口を押さえた。でも、俺の耳にはしっかり届いてしまった。坂井ちゃんが俺を好きだなんて、まったく気づかなかった。  ルカは観念してか、続ける。 「俺、ひどい奴だよね。本当なら坂井ちゃんを応援しなきゃいけなかったのに、逆に俺が背中押されっぱなしで」  俯いたルカは、一旦、唇を噛んだ。 「でも、どうしても諦められなくて。初めて話した時から惹かれてたんだ。自分の容姿のこと、あんなふうに言ってくれた人いなかったから。一緒に働くようになってからは益々好きになってた。まさか、司も好きになってくれるなんて思ってなかったのに、江の島でキスされて、本当は凄く嬉しかった」  ただルカをみつめるだけしかできなくて、黙っていた。内心では触れたくてしょうがなかったけど、必死で我慢した。  ルカは一呼吸すると、明るい声を出した。 「告白タイムはこのくらいにしないと。バス、なくなっちゃうね」  俺は次のデートの約束をしてから、玄関で靴を履いた。 「じゃ、お休み」  離れがたいけど背を向ける。 「待って、司」  呼ばれて振り返ると、頬に軽くキスされた。 「お休み。気をつけて帰って」  今の俺は、それだけで満足だった。

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