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おくちで

(付き合いたて) 「ふぁ……」 緊張したようにこわばる身体を撫でながら耳元に息を吹きかけると、伊勢ちゃんの口から吐息と喘ぎの中間のような声が漏れた。漏れてしまった、と言った方がいいのかもしれない。ぎりぎりで留めた理性と敏感な身体がゆらゆらと不安定に繋がっている。 「はっ……」 「もう反応してるね」 「っあ……ふ……」 「くちゅくちゅ音してるよ?」 「や……ちがっ……」 早くも濡れている先端をいじるように扱くと、伊勢ちゃんは腕で顔を覆って声を堪える。隠しきれない頬や耳や首までもが赤く染まっていた。 「顔隠すのだめ」 「……っん、なんでですかっ……」 「見して。見たい」 「やっ……」 片方の手で扱きながら、もう片方の手で腕をほどく。現れたのは、顔を真っ赤にして眉を寄せ目を潤ませた熱っぽい表情だった。屈辱に濡れ、性欲に押し流され、それがまた次なる屈辱感を引き起こしているような複雑な表情。 どんなに喧嘩しても絶対に折れない、感動ものの映画を鼻で笑う、面倒でやっかいな男が行為の最中は簡単に感情を滲ませる。初めは声を堪えていても顔を隠していても、数分後には声でも顔でも身体でも反応をみせる。 「あー……やばい、伊勢ちゃん」 「んっ……」 「伊勢ちゃん……ごめん、いっこだけワガママ言っていい?」 「……なんですか……?」 舐めてほしい、と言うのには勇気が要った。これまで男を性的対象にしたことのない彼だ、男の象徴たる部分を舐めるだなんて、きっと断られると思っていたのだ。 「あ、はい……」 「……え?」 「え? ってなんすか」 「え、いいの?」 「え、高岡さんが言ったんじゃないですかあ!」 「いや、そうなんだけど……」 しかし驚くほど簡単に事が進んだ。長座に座る俺の足の間でうつぶせになる伊勢ちゃんの、無防備なかわいいつむじを見下ろしているだけで心臓がおかしな高鳴り方をする。 「やべ、緊張する……」 「そんなん俺だってしますよ……」 「うわー……でも、本当にいいの? 無理しなくていいからね、きもちわるくない?」 「……気持ち悪くは……ないですけど、俺もやってもらってるし……。でも、初めてだから……やり方が……」 「あ、うん、そこは大丈夫。教えるから」 「あ、はい……じゃ、じゃあ……」 じゃあ、なんて言いながら、差し出した舌を先端におそるおそる当てながら、見上げてくるなんて反則だ。天然でやってんだよなこれ。恐ろしいよな。 「……っあー……気持ちいい……」 「……ん……」 「あ、そうそう、もちょっと舌動かして」 「…………ふっ……」 「そう。いいよ、じょうず」 そう言ってみたものの、舌の動きは終始ぎこちなく、時々歯があたる。舌動かしてと要求すると手の動きが止まり、手でも触ってと言うと口が動かなくなる。度々、フェラチオの経験なんて当然ない男の子になにさせてんだろ、と思った。だから興奮した。 足元に埋まる黒い髪に指をからませた。伊勢ちゃんはくわえたまま目を上げて、不安そうに俺の反応を伺ってきた。隆起した俺のものをくわえる伊勢ちゃんの懸命な表情に、気を抜いたら達してしまいそうになる。 「っあ……も、もういい」 「え……、あんまり……良くなかったですか?」 「いや、ちが」 「すいません俺、上手くできなくて……」 「ちがうちがう、そうじゃなくて……っ」 「……え?」 「いれたいんだよ」 告げる口調がいっぱいいっぱいで、かっこ悪いなあと思いつつ、ごまかすように伊勢ちゃんを押し倒した。 —- 挿入してしばらく、なにかに耐えるような表情で喘ぎ声をもらしたのち、どこか遠くに意識を飛ばしているようだった伊勢ちゃんが、俺と眼が合った瞬間に泣きだしたから思わず動きを止めてしまった。 「えっ!? 伊勢ちゃん!?」 「っふ……」 「ど、どうした!?」 伊勢ちゃんはまた腕で顔を隠す。俺を気持ち良くさせる伊勢ちゃんの手は、照れるのを隠したり、泣き顔をごまかしたりすることもできるのだ。やっぱりぎこちないけれど。 つい最近まで、恋愛対象は当然女だった人に、一方的に気持ちを押し付けて身体を重ねて、挙句口淫を要求して。伊勢ちゃんは気を遣って断れなかったのかもしれない。本当は男のモノ舐めるだなんて、男に突っ込まれるだなんて、気持ち悪くて仕方ないのかもしれない。 「ご、ごめんな、嫌……だよな?」 自分としても情けない気持ちでいっぱいだが、とにかく伊勢ちゃんの機嫌をとりたい一心で声をかける。伊勢ちゃんは顔を覆ったまま、ぽつりぽつりとつぶやきはじめた。 「俺……、今まで男の人のこと好きなんて一度も思ったことなくて……っていうか、今も……正直俺、やっぱり男が好きってわけじゃないと思うし、女の子かわいいって思うし」 「……」 「俺どっちかって言うと巨乳好きだし……いやそれはどうでもいいんだけど……普通に、なんか、歩いててもかわいいなあって思うのは絶対女の子だし、男に見とれることなんてないし」 伊勢ちゃんは顔を覆ったまま、ぽつりぽつりとひとりごちて呟くように、けれど確実に俺に向けて言葉を並べる。 あ、俺、いま振られてるんだ。 気付きたくなかった。しかし伊勢ちゃんは気付いてしまったのだろう。俺に触られながら、俺のを舐めながら、ああもうこの人とは無理だと思ってしまったのだろう。唇が震えた。混乱をかき消すように、シーツを握りしめる。 「なのに、なんで高岡さんはいいんだろう……って」 ……ん? 返事も呼吸もうまくできなかった。伊勢ちゃんは腕をずらし、隙間から俺の様子を伺い見ながら、続けた。 「俺やっぱり、男が好きってわけじゃないです。男のチンコ触るとか舐めるとか考えたことないのに、でも、高岡さんのだったら全然嫌じゃなくて……強がってるんじゃないんです、ほんとなんです。むしろ気持ち良くなってほしい」 伊勢ちゃんの目から涙がこぼれて、伝っていった。 「しながら俺、ほんと高岡さんのこと好きなんだなって気付いて……そしたらなんか、涙出てきました……」 体中の血管がぐわっと膨張し、血液が巡りはじめる。血圧が上がる。顔から火が出そうだ。 それは駄目だって、なんだよそれ。だって、めちゃめちゃかわいい。 「んぁ!」 「ご、ごめ俺……やべ、すげテンパってる……」 「ふぁ……ちょっ、いきなりおっきくしないでください!」 「うわーもうもうもう、なんでお前そんなかわいいのずるいずるすぎる」 「っ……なんか恥ずかしくなってきた……」 「う、動いていいですか」 「いいですけど……」 ごまかすように激しく動いたら、泣いている伊勢ちゃんに「……なんか……すごい……」と呟かれて、我慢のかいもなく呆気なく達した。ああもう伊勢ちゃんのこと絶対幸せにしてあげよう、と思った。伊勢ちゃんの幸福な涙は、部屋を濡らして俺までも幸福にしてしまうのだ。 (おまけに事後) 「あのさすげぇ気になったんだけどさ」 「はい?」 「伊勢ちゃんって巨乳好きなの? まずそれが気になりすぎて……」 「えっだって巨乳は男のロマンですよね分かりますよね!?」 「いや、俺は興味無いから……わかんないけど」 「えーだってちっちゃいよりおっきい方が良いじゃないですか!」 「……まあそれは分かるけど」 「でしょ?」 「男でもちっちゃいよりはおっきい方がいいよな、分かる分かる」 「……いやそれは違います」

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