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「あ、ゴムない」
行為の途中、身体を起こした高岡さんが空箱を片手に情けない声を上げた。挿入こそしておらずとも、二人ともあちこちいじりいじられ準備が整った状態だ。布団に寝かされていた俺は頭を上げ、落胆した高岡さんを見上げた。
「そうだー……昨日使ったのが最後のいっこだった……」
「あ、そうなんですか?」
「忘れてた……ごめんねー……」
高岡さんはすっかり落ち込んだ様子で、うなだれて溜息をついている。意気消沈した小さな背中を見ていたら、その一言はごく自然に出てきてしまったのだ。
「……そのまましてもいいですよ?」
知識も危機感も薄い俺はそういうことを簡単に口にしてしまう。高岡さんは一瞬悩むようなそぶりをしたけれど、くりかえすが準備は整っているのだ。行為は続行した。
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「はぁ、んっ、は!」
「んっ……」
「あ、あぁっ!」
「あ……やべ……すげーきもちいい……」
余裕のない二人はぶつかるように身体をぶつけあい、快感に負けた内太ももが痙攣するのを止められない。思い返せば、コンドームを装着せずに身体を重ねるのはまったく初めてだった。内側の感触がいつもと違い、熱さが新鮮に感じられる。高岡さんも同じらしく、いつもより息が荒く、滴る汗が胸元にこぼれた。薄く目を開け、余裕のない表情を見ていたらたまらなくなった。
「んぅ……」
「あっ、ちょっ……待っ……」
「……え?」
高岡さんが急に動きを止め、身体を震わせた。驚いて目を開けると、高岡さんが息を乱しながら、高揚した表情のまま申し訳なさそうに呟いた。
「ご、ごめ……イっちゃった……。はあ……、伊勢ちゃん……締めるタイミング絶妙すぎるんだよ……すげー気持ちよくてつい……中に出しちゃった……」
「あ……」
何度も謝られるので、早々に達してしまったことについてそれほど謝罪しなくてもと思っていた。言われて気が付いたが、そうだ今日はコンドームを装着していないのだった。
「いや別にいいですよ」
「いやいやそういうんじゃないって、ちゃんと中洗わないとダメだよ。洗ってあげるから一緒にお風呂行こう」
手を引かれるままに浴室に向かう。ユニットバスの狭い浴槽に導かれ、高岡さんがシャワーの温度を調節するのを眺めていると、太股をなまぬるい感触が伝っていった。
「うわ……」
「あ、垂れてきちゃった……」
太股の内側を伝う白濁液を見て、先ほどまでの非現実的な行為を目の当たりにした気がした。非現実と直面するには、浴室の電気は明るすぎる。
「よしじゃあ後ろ向いて、足開いて」
「え?」
壁に手を押し付け、言われるままに腰を突きだすと、臀部に熱いシャワーがかかった。目の前の壁のぼんやりとした色を眺めているうち、まだ先ほどの柔らかさを残していた箇所に遠慮なく指先を挿入されていた。
「んぁっ!」
「こら、逃げんな。中のやつ出さないと」
「あっ、シャワー、やめっ……!」
穴にシャワーをあてられ、入り込んだ指先で無遠慮に中をかき回される。指が動く度、熱い湯がぐちぐちと内側に入り込んでくる。指や性器とは全く違った感覚に、足が震えた。思わず壁にすがりつくような体勢になる。
「あっ、……ん!」
「力抜いて」
「やっ……、指、動かさないでっ……」
「だって指動かさなきゃかき出せないじゃん」
ぐちゃぐちゃにかき回されると、いまだ行為の熱さを覚えている身体はいやでも反応してしまう。指先は行為を終わりに向かわせているはずなのに、身体にはじわじわと熱が蘇ってくる。
「あー伊勢ちゃんダメだよ」
「あ、あっ、ふっ」
「洗ってるだけなのにこんなにしちゃったら」
高岡さんは手を前に回し、勃ち上がってしまった性器を掴んだ。乱暴に掴まれるだけで、過剰に反応してしまう自分に嫌気がさす。
「はっ、もっ、終わりましたか……?」
「ん、綺麗になったよ」
「じゃ……も……はなしてください」
「いいの?」
振り返ろうとすると、壁に肩をおさえつけられ制された。性器が勃ちあがってしまった状態でおさえ込まれると、なぜかいつもの抵抗もかなわなくなってしまう。
「やめてくださ……」
「はなしちゃっていいの?」
「なにがですか……」
「伊勢ちゃん、さっきもイってないよね?」
肩にかけられた圧は行動を制すだけでなく、抵抗力をなくしていく。壁に頬を押しつけながら、唯一自由な攻撃力を持つ唇だけ懸命に動かすしかない。
「そうですけど……それはアンタが早漏だからですよ」
「あーなるほどなそれはごめんな、今まではそんなことなかったんだけどなあ、伊勢ちゃんとは本当に相性いいみたいで我慢できなくなるんだよな」
「あーそうすかそれはよかった、とりあえずはなしてください」
「……イかなくていいの?」
耳元でささやかれ、回した手で性器を擦られた。高岡さんの吐息が濡れたうなじに降りかかる。
「あっ……やめ……」
「やめていいの? 本当に?」
囁きはやわらかく低くなる。臀部に、固いものが押し当てられるのが分かった。
「ちょっ……なに勃起してんだよ……」
「いい声してるなあと思って」
「理由になってない……」
「伊勢ちゃんのえっちでかわいい声が風呂に反響すんの聞いてたらむらむらしてきて勃起した」
「……」
「これで理由になってる?」
高岡さんはそう言いながらごく自然に、固くなったものを狭い場所に押し当ててきた。
「えっ……ちょっ、待って待って待って」
「……」
「あっ、あっ……!」
抵抗力のない俺は、入り込んできたものにも当然立ち向かえない。その固さにも大きさにも慣れたはずなのに、浴室という場所が慣れないものに変えてしまう。行為が明るすぎるライトに暴かれる。そして今日は、ゴムの隔たりがないのだ。
「んぁ、あっ!」
「はは……伊勢ちゃん」
「あっ、んっ!」
「……すっごい興奮してるね」
「んっ……」
「中、すげー熱い……」
視界が平坦なぶん、敏感になった耳元がやわらかな言葉を受け止め続けている。俺はいよいよ、自分の神経にさえ抗えなくなってしまったようだ。
「伊勢ちゃんいつもと違うことすると絶対反応してくれるよね」
「ん、あっ……」
「本当はもっと色んなことしてみたいんでしょ?」
「ちがっ……」
「いつもあっちの部屋でフツーにするだけだもんな、エッチな伊勢ちゃんはすぐ飽きちゃうよな」
浴室は不思議な加工がされていて、高岡さんの低い声にいやらしいエフェクトがかかる。背筋がぞくぞくと震えた。
「たまには他の場所でしよっか、外とか」
「っ……」
「見られちゃったらどうしようか?」
「やっ……」
「でも伊勢ちゃんはそれも興奮しちゃうね」
高岡さんは言葉の合間で腰を動かし、耳元に唇を寄せて囁きつづける。そしてするりと前に手を伸ばし、性器に手をかけた。さらさらと焦らすように撫でたあと、根元をぎゅうと握られた。そのまま手が動きはじめた。
「俺がすること、なんでも興奮しちゃうもんな伊勢ちゃん」
「あっ! あっ!」
「伊勢ちゃんは変態だからなあ」
「あっ……!」
最後の囁きが耳に落ちるその瞬間、意思とは無関係に足が力んであっけなく達していた。吐き出した精液が壁にぶつかって、ゆっくりと垂れていく。
「良かったね、やっとイけて」
「……」
「きもちかった?」
言葉でさんざん責め立てられた後、振り返るのには勇気が要る。今更ふだんの顔も出来ない、しかし行為の余韻なんてものは早く捨て去りたい。垂れていく精液ばかりを、面白くもないのに見つめ続ける。
「伊勢ちゃん?」
「……はい」
「恥ずかしいの?」
「……」
「ごめんね?」
「……うるせぇ早漏」
「はは、ごめんごめん」
ようやく絞り出した悪口さえ笑いながら交わされてしまっては、いよいよ顔を上げられない。後ろから力強く抱きしめられ、最後の抵抗はやはり適わなかった。
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