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残り香
着慣れぬ黒い服に身を包んで過ぎて行ったこの数日。
ようやく全てが終わり、疲労困憊の身体をソファに沈める。
隣でいつも俺に笑顔を向けてくれていた奴は今日、煙となって天(そら)に消えた。
「大丈夫か?」
肩を掴まれ、心配した顔が俺の顔を見る。それに気付きながらも視線は上を向けたまま、心の中で思う。
何が?何が大丈夫?
「あぁ。」
なんて事ないよと呟くようにした返事。
そうかと言って肩を叩くと俺から無言で離れて行った。
バレてるか…
長い付き合いだからこその俺への配慮。はははと自嘲気味に笑うと、景色がぼやけてきた。頬を伝うしずくを拭うことなく、高く昇って見えなくなっていく煙を追うように紫煙を吹いた。
「ふーーー。」
指で短くなった吸殻を挟むと、ピンと天に向かって、まるで弾丸のように弾き飛ばす。
穴があいて落ちてくればいいのに…
馬鹿げた事…それでも祈りを込めて…落ちて来いよ…俺が受け止めてやる。
暗く狭い穴に白い壺が入れられ、閉じられた瞬間、伸ばしかけた手をグッと引っ込める。
「ごめんね…一緒に歳を取れなくて…見つけて…一緒に人生を過ごせる人を…僕の事は…忘れて…お願い…」
最後の言葉が脳裏をよぎる。
お前以外に誰がこんな面倒くさい奴と一緒にいてくれるんだよ!
頼むから、俺を一人にしないでくれ!俺を置いていかないでくれ!
初めて神というものに祈り、願い、そして絶望した。
そりゃそうだ…今まで一度も信じた事も祈った事もない奴の願いなんて、俺が神だったとしても一笑に付して終わりだ。
そしてあいつは俺よりも若いその命を桜の花と共に散らした。
「はーーー。」
ため息と共に疲れとだるさを吐き出しながら、右手で黒いネクタイの結び目に指を入れて下に引っ張る。
スルッと首から布が落ちた。
えろいなぁ。
ニヤニヤしながら俺を覗き込み唇を合わせる。
絡み合う舌と舌、唾液が淫靡な音を出す。
我慢できずに漏れる声。
耳を撫でる吐息。
抱き寄せ、抱きしめても、それは空をかくだけ。
「もう、いない…」
現実に突き落とされる。
「あ…ぁぁああああっ!」
嗚咽が止まらない。
もう、窓は開けない。
愛しい人の残り香が消えてしまわぬように。
暗い部屋の中で涙に溢れて沈んでしまおう。
「サヨウナラ…」
全てに、バイバイ
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