25 / 206

第25話 天使

俺の目が覚めたのはあれから何時間たった時の事だろう。重い瞼を開けたらそこは、客室よりもずっと大きな、俺の家の面積を全部足してようやくいい勝負ができるほどの大きな部屋だった。そしてその部屋に似合った、高級感あふれる大きくてふかふかのソファーで眠っていた。ブランケットをかけてくれているおかげか、スケスケの露出狂みたいな服でも寒さは感じない。 ぼんやりとした意識の中で考えた。ああ、仁に合わなければ。あんな事をした後に会話するのはハードルが高いが、それでも話をしなくてはならない。これからの事とか、お互いのこととか、まるで来月に祝言あげる女の子みたいな言動だと勝手に恥ずかしがった。 『責任取るから、一生大事にするから!』 今思い出しても頭が沸騰しそうな言葉だと思う。いやいや。あいつだってメチャクチャ切羽詰まってた場面だったし、忘れている可能性もある。……そうだと少し寂しい気もする。あいつの温度を、感触を、声を、多分一生忘れない。童貞の前に処女を喪失してしまったことへのショックは存外重くなく、その分仁の身体や快楽を覚えていることにしばし驚く。 意識が戻ってきた。周りの声が聞こえるようになってきた。そうだ、そうやって元に戻ったら仁を探しに行こう。どこにいるのだろう、ずっと近くにいてくれるのが一番嬉しいけど。でもそうしたら他のクラスメイトが怪しんでしまうよな……やっぱ別の場所にいるかも。 「____どういうことか説明してもらおうか」 「うっせ」 覚醒した意識で最初に聞いたやりとりがこれだった。小川喜助、喜助の声のいつにも増して怖い声が鼓膜を揺すったと思えば、仁が愛想の悪い返しをしている。どうしたのだろうか、それにしても仁が近くにいてよかった。俺はそのまま身体を起こした。 「何でもう梓が非処女なんだ!」 ……身体を起こそうと、いや失礼、起こしたのと同じタイミングで、今までの喜助からは考えされない言葉が聞こえた。わずかに俺の動きが遅かった気がするが、そんなのどうだっていい、喜助がハッとした顔で俺のことを見ている。周りを見れば、もれなく全員揃っていた。ボヤボヤする頭の中、ようやく俺はクラスメイト全員の顔にピントが合った。 「大丈夫か?」 「真田にいやらしいことされて……」 「エッチなことされたんだな?」 「もう処女奪うとかさすが不良だな」 「でもこの初々しい感じで非処女って」 「なんかいいな……」 起きるなり囲まれて、言葉を浴びせられる。どんどんおかしな方向に転換していく話についていけない。ちょっと待て、もう俺が非処女だって知れ渡ってるのかよ。心の底なら何故。仁が話した?それともただ単にバレただけ? 「悪い、後片付けしてるところを見つかった 。そしたらこの通り阿鼻の呼吸の嵐ってやつだ」 「阿鼻叫喚な。阿吽と阿鼻は違うぞ、モチーフは両方神社関連だが」 「一緒だろ」 「ちがわい」 何だ見つかったのか。いや見たかったって話でも全然良くないけど、でも話してなくてよかった。勝手に話されたらなんかその、恥ずかしいじゃねえか。 「梓、もう大丈夫だぜ。こんなケダモノにこれ以上手出しはさせない。38人で守るから」 喜助は少し恥ずかしそうに俺の手を握る。恐らく女の子の手も握ったことがないんだろうな、かなりぎこちない手つきだった。さっきまで処女だの非処女だの怒鳴ってたやつと同一人物とか考えられない。 「ふん、もう俺のだぜ。三下は黙ってろ」 「黙るのはお前だ、ケダモノの分際で天使に触れるな!」 「……ほーん」 中指立てて反抗してくる仁を、喜助が天使という言葉で一掃した。周りからコソコソと何か聞こえてくる。流石の仁も天使と出るとは微塵も思っていなかったらしく、混乱を超えてほーんと、何故か理解したような口ぶりだった。 少し咳払いをした喜助が再度俺の手を強く握る、そして。 「お前は俺の初恋の相手だ。巳陽梓、お前は大切な天使だ。もうケダモノに怯える必要はない、全身全霊をかけてお前を守ると誓おう」 この異世界に来てもう何度目になるかわからないプロポーズを受けた。もうだんだん慣れ始めている自分を呪いつつ、溜息をついた。俺はこんな堅物の初恋まで奪ってしまったのか、我ながら酷いやつだ。その後、俺へのプロポーズ合戦が始まるとかはその時は考えてもみなかった。しかし、プロポーズを受けた時の仁の阿修羅みたいな顔や、周りの狛犬みたいな顔は、何故か記憶に鮮明に残された。

ともだちにシェアしよう!