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第156話 世界を超えて
異世界特典で数珠もお札もいらないらしいけど、こうやって降霊術を使うのだろう、みた事ないんだよな。今全裸な上に風呂場だから全く覇気のようなものは感じないのだけれど、長谷部は経験者だ、詠唱も本格的なものに違いない。
「どんな感じの呪文なんだ?」
「インスピレーションで出てくるよ」
さてどうしよう不安が第1ラウンドでKO勝ちした。いや思いつきとかでの詠唱は嫌いじゃない、むしろベテラン感が出てくるから好きだ。でもそれはあくまでベテランだったらの話だ。霊媒経験がないから偉そうな事は言えないけど、それでも心配するならタダなはずだ。こう言ったシャーマニズムが絡んでいるのは怪奇的なものが起こりやすいからそう言った意味でも気になるのだ。
「大丈夫も何も、爺ちゃん達呼ぶときも同じ感じで読んだからな……亡霊も人間だ、こう頭にぱっと浮かんだのが1番死者と意思疎通がしやすいんだとよ。まあ後は運だけど」
「な、なるほど……それで運が良ければ蓮が呼べるんだな」
「そういうこと、今回は例外中の例外だしほんとどうなんのか分からない」
「平気だって。いざと言う時は後ろに全力疾走できるように準備しとくから」
「心構えダサすぎだろ、もっと後ろから手刀でガツンとやるぐらいには構えとけ」
「それはそれでどうよ」
薫とのコントの最中にも晴雄は念じ続けた、後から聞いたけど、今まで生まれ死んでそして今生きてる総人口1000億人以上から1人の人間を探すらしいから相当の集中力が必要らしい。目の前であんなつまらん話ししててごめんな。とにかく弟の特徴を羅列した。頭良くて運動もできて、身長はまだ俺より小さいけどイケメンで、中学3年生で後輩からも同級生からもモテモテのスーパー中学生。そんでもってブラコン。
自分の弟ながら結構なキャラの濃さだと思ってる。同じ個性の人間はそういないと信じているから多分すぐ見つかるはず……俺の予想は当たったみたいで、念を初めて体感5分ぐらいでキタキタと叫び始めた。マジで来るんだ、異世界だから死んでるとか言う気狂いしか思い付かない理論が成立するとかあいからわず世も末だな。
「よし間違いない、巳陽蓮と名乗ったぞ! 間違いなく梓の弟だ!」
「ま、マジでか……」
「とりあえず俺らは離れてようか、ここにいても晴雄の迷惑だし」
晴雄は深呼吸をする。最後に言った「後は頼んだぞ」と言う言葉は、なぜか俺の耳に酷くこべりついた。魔力が渦を巻く、風呂の湯がぐわんぐわんと揺れている。治療術や白魔法、赤魔法なんかとは勝手が違う、なにやら混ざり物がある切れ味の鋭い魔力。これはきっとアレだ、霊力が混じった死の力だ。
「降りてこい。呼び覚まそう。
降りてこい。呼び覚まそう。
この世界、例外、兄弟愛、ねじ曲がりの愛、全てを受け入れ我が身に注ぎたまえ。
いざや契約ここに結ばん、兄に捧ぐはまことの愛、我が身を使い果たしたまえ!」
「わーお厨二病」
「だまらっしゃい」
これぞ異世界転移と言ったド派手な魔法を今になって初めてみた気がする。ベルトルトさんがそれっぽいの使ってたけど、仲間が同じように使うとやっぱりテンションが上がる。不安因子はというと、本当に蓮が来るのか、ここまで派手に力を使って晴雄は無事なのか、それ以外にも諸々ある。
しばらくして魔力は次第に衰え、水面が落ち着きを取り戻すのと同じタイミングで、光に遮られていた晴雄の姿が見えた。見た目はやっぱり俺が知る長谷部晴雄だ、ひょっとして失敗したのか? いやいや、元はと言えば無理を言ったのはこちらだから何か文句を言うのは筋違いだろう。とにかく無事なのかを確認したくて、怖い気持ちを抑えて迎えに行った。
「あの、無事か? 怪我とかないか? 魔力の使いすぎとかで疲れたとかもないか?」
いつまで経っても薫が後ろから来ないのは不気味に思ったものの、今は晴雄の方が心配だった。そっちは後でいろいろ声かけてやるから待ってろ。後ろにいる声の主に気が付いたのか、ゆっくりと振り返ってきた。
……顔が同じはずなのに、ぶわりと体に悪寒が走った。こいつは晴雄じゃない。しつこいようだが見てくれは本人だ、身長も多分変わってない、俺より若干大きい程度。どこが違うのかと言うと、まあ雰囲気だ。来るもの拒まず去るもの追わずが服着て歩く変わり者ながら隠しきれない優しい雰囲気は、ハッキリ言って結構好きだった。でも今は違う、見るものをたちまち後ろに下がらせるほどの敵を見る目、他人を振り落とす勢いで品定めするような視線、全てが別物だった。そして、それは何度と経験したことがあるものだった。
「今更気が付いたの? 梓はドジだなぁ」
ようやく口を開いた薫の声が聞こえないほどに、言葉を失っていた。目の前のクラスメイトに似た彼も、ようやく今目と鼻の先にいる人物が誰かを理解したようで、いつもはウルトラマンみたく釣り上がった目を丸くした。
「兄貴……なのか? いや、間違いない、オレの兄貴だ!」
久しぶりに家族に顔を見て喜んでもらえた気がする。弟に関しては何年振りだろう、本物の顔ではないけどこの際関係ない。間違いなく目の前にいる人間は、巳陽蓮そのものなのだから。
「久しぶりだな、蓮。そうだぞ、お前の兄ちゃんだぞ!」
俺にとっては実に2週間振り、弟にとっては約14時間振りの再開となった。その場は風呂の湯船だったけど。今はただただ感傷に浸っていた。
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