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第180話 読心術
疲れていても空腹を満たして無事に息を吹き返したのか、それともコグダム都があと一歩というところまでに来てモチベーションが上がったのか、後半もそれはもうやる気だった。
「委員長夕方には着くんだよな?」
「そうだね、このペースだと夕飯はコグダム都でゆっくり取れるんじゃあないのかな」
荷台に乗る俺たちに文句も言わず、逆に中途半端な体力だと危ないから歩くなと言われる始末だ。頼りになると言えばそれまでだけど、コグダムではゆっくり休ませてあげようと今ここで決心した。
「頑張ってね真司ちゃん、梓助けたいんでしょ? 馬車馬役も熱が入るねぇ」
「うわいきなりなんだよ、大体お前だって荷台引く係! 竜騎士様なんだから、それぐらい余裕だろ」
「あくまでメインは竜だからね、あれくれ者を従えるのが仕事なんだよ。だからさ真司ちゃんも従ってね」
「だ、誰があれくれ者じゃあ!」
やけに馴れ馴れしい薫と少し引き気味だけど怒りが先行しているのか食い下がる真司。薫に話しかけられて怖かったり警戒する気持ちはわかるけど、食ってかかる勇敢性はわからない。俺にはない発想だ。あいつに関する嫌な思い出があるかないかの差なのか、それとも臆病か否かだけなのか。
結局のところ文句言いつつも手伝う薫と、負けるとわかりきっているのに口論を辞めない真司。ちゃん付けも気に入らないのかコグダムに着く直前まで喧嘩を続けていた。
「豪雪だな……」
「こんなところ住んでるなんて、コグダム都の人達みんな氷漬けになっちゃってるよ」
「路面凍結とか建物はあり得るけど、人はならないんじゃないのかな……」
「わからないぞ。なんてったって異世界だからね」
荷台の3倍ぐらいの高さがある雪道を進む。少しずれた心配をする健吾と、異世界だからと今までのケースを考えたらもっともに聞こえる方向で考える喜助。個人的にほのぼのコンビだと思う2人は話しているだけで、不思議と心が安らぐ。……あ、そういえばこんなことを掘り返すのはナンセンスだとは理解しているけれど、どうしても疑問に思うことがあるのを忘れていた。
「喜助を責めるつもりはないけどさ、お前って占星術師だろ? この後の事とか、もっと言うと俺の呪いも把握出来ただろ?」
「えっと……それはその、ベルトルト前王に無闇に占いをするなと言われていてね」
決して責めるつもりはないあくまで素朴な疑問だ、しかしその回答には思ったよりも深い理由がありそうで、少し詳しく聞いてしまった。
喜助の占星術は謂わば千里眼級だ。カードでも水晶玉でも、観たい未来もしくは過去をみることができる。……知りたくもない人の心や暗い未来、可能性も一度使えばダダ漏れと言うわけだ。ある意味魔王が持っている読心術の真似事ができる。普通の高校生、もっといえば浮世離れして他人と距離を置いていた喜助がそんな人のドロドロしたところを見るだなんてどれほどのショックに、トラウマになるか想像に容易い。
下手したら全てを知ることによって人格が歪む可能性すらある。経験したことはないが人生を周回しないと得られないようなあてどない知識は、簡単に人の性質や感性を変えてしまうだろう。他人が何を考えているのかがわかる生活なんて、今俺が置かれている状況より辛いかもしれない。ベルトルトさんのことだ、この世界の問題のせいで別世界の罪のない子供に辛い思いをさせたくなかったのだろう。
「だから言われているのさ、この水晶玉以外で占いをしてはいけないとね」
よくグルーデンと繋がっている大きな青い水晶玉。まるで親の形見のように大事に持ち運ぶ喜助を奇妙に思ったことはあるが、まさかそんな理由があったなんて。実際ベルトルトさんの采配は功を奏して、未だに喜助はピュアピュアの極みに居続けている。
「世界の全ては知りたいとは思うよ? でもね、好奇心は猫をも殺すと言う言葉もあるし」
「全部知った喜助も僕好きだよ! どうしてやらないの?」
「おい健吾、喜助の話聞いてたか?」
「えっと……つまりだね、好奇心によって殺される猫に、自分がならないなんて確信はどこにもないと言うことだよ」
まるで犬のように擦り寄る健吾を、喜助は優しく撫でている。俺とは随分状況もリスクも違うけど、これもまた一つの異世界特典による被害なんだろうな。流石はリーダー、自分を殺してしまうような凶器を自ら所持している、それでも皆に笑顔を振りまけるその力は凄まじい。学級委員長どころか生徒会長になるのだって勿体無い素質だ。
……俺も負けてられないな。リスクのある能力を持つもの同士、切磋琢磨していきたい、まだまだこれからも。
「お、見ろ! コグダム都のデカイ門が見えたぜ」
外から声がする。雪に埋もれそうな街、寒い地域で勤勉に学業に励む学生都市、大きな外壁に囲まれたそれは、堂々と俺たちを迎え入れた。
「門空いてるし……普通に入っていいんだよな?」
和の国とは打って変わって、出迎えのないもんだからちと焦る。右も左も注意しながら一台もう一台と荷台が到着する。時間はまだ四時、ちゃんと夕方だ。
……孤独、雪降る都市で、人っ子一人居ないそこで、ただただ孤独。声かける者誰一人いない、雪の降る音が聞こえた。
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