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第205話 氷の妖怪

大きな氷柱、貴様にはこれで十分だと嘲るように、見事俺だけに矛先を合わせている。速い、到底俺では避けられない速度で降ってくる、迎え撃つ手段もない。しかし隣にいる仁も速かった、いや寧ろ仁の方が速い。 「粉砕突き!!!」 突き技なのに粉砕とはどう言うことなのだとかは聞くだけ無駄だ、多分何も考えずに思いつきで命名してると思う。一気に手を引かれて痛みを感じるままなく仁の懐に来た時、氷柱は一瞬で粉砕された。日本刀の突き技でよくもまあ、本来斬ることに特化してるってのに、これも異世界特典の恩恵だったりすんのかな。 一気にその場所から離れる41人。俺は仁に片手で抱きしめられてる状態だからどうなってるのかわからんけど、どこから来ても大丈夫な感じにはなってるはずだ。 「ちょっと乱暴にしちまったけど、痛くなかったか?」 「び、びびっただけだから……その、俺いたら邪魔だろ。手を離してくれないか」 「いやだ、妖怪はお前を狙ってる。……洞窟に棲みつく壬生路こどきが、俺の男に手ェだすなんざァいい度胸じゃねえか」 お前壬生路なんて言葉使える程の語彙があったんだなって間抜けな意見はちょびっとしか出ない、それよりも大きな衝撃があったからだ。今まで見たこともない、いや違うな隠していたのであろう獲物を噛みちぎりたくて仕方がない狼のような暴力そのものの顔。葬るべき標的を見定めた野武士のような目、おそらく喧嘩でも使ってたモノホンのガンを飛ばすってのを見せられた気がして身が引き縮む。そんな怯える恋人の様子に気がついたのか、いきなり人が変わったかのような優しい声になる。 「ごめん梓、怖かったな……あんな雑魚俺が直ぐに殺してやるから安心してくれ。ここは危ないから委員長たちがいる安全な場所まで避難しような」 やろうとしてること自体は怖いことには変わらないけど、仁なりに俺のことを考えてくれているんだな。氷の上を再び高速で移動し、丁度死角になるような氷の影には非戦闘員である喜助や希望に奏、ここでは使えない職業の所持者が早くも隠れている。まあ当然の判断だろう。少数精鋭は決してカッコつけではない。戦えない人間を頭数に加えたって負担が増えるだけだ、俺もそのうちの1人だけど。 「梓を頼んだ。多分この中で1番狙われてるから……なんかあったら直ぐ来るけど、近寄る妖怪は1匹残らず殺してくれ」 やっぱり物騒な言葉を言われる。態度が優しいのに言動が怖い、恋人じゃなかったら距離を置くぐらいだ。……優しい手つきで頭をそっとと撫でられた時は一瞬安心したけど。 じゃあ行ってくるって言いながらなんの躊躇いもなしに戦場へ向かっていく、戦闘要員がいなくなって大丈夫なのかよここ。まあでもこの氷の影には狙撃手の鈴鹿悠木やいざと言う時は中短距離戦もできる蓮舫や幸一もあるから最悪の事態は免れるはずだ。 「オラオラァ! 不意打ちとはふてえ野郎だな、俺は逃げも隠れもしないぞ!」 失態だった。鈴鹿悠木はかなりうるさいこと忘れていた、声量も言葉数も常人の比ではない。1発で家が大家族なんだとわかるぐらいのうるささだ。隠れてんのに自分の場所バラしてどうすんだ、あと狙撃手は隠れるのも仕事のうちだ。 ほらみろ案の定氷がまたここに来てんじゃねえか、ここには戦う手段が少ない奴が集まってるぜと言わんばかりの今度は床からの氷柱攻撃。どうするジャンプで避けれるか、いいや無理だな刺されそう。 「……しょうがない、すこし熱いですよ!」 頭が真っ白なのにいっぱいで、要領を得ない。誰が喋ってるのかも知らない。でも次の瞬間熱くなったのは気がついた。炎だ。どの世界でもちゃんと火で氷が溶けるのは常識なようで、地面の熱さを引き換えに氷柱攻撃が無くなった。凍結した地面は溶けてただの石になる。これで地面からの攻撃は無くなったはずだ、熱いけど。 「あっつ!!!」 「さっみぃとこであっちいの出してんじゃねえよ、あっちいだろうが!」 「どうだ俺の読み通りだぜ」 熱い熱いと騒ぐなか平然とした顔で何故か自分の手柄のように胸を張る悠木、誰も聞いてないけどそこはいいんだな。 しかし熱いってのは氷の妖怪も同じだ、否むしろ俺たちより熱に敏感だろうそいつらにとっては、ひとたまりもないを超えて地獄とも言っていいだろう。お陰で何がなんでも出てこなかったそいつは最も簡単に地面から浮かび上がってきた。まるで地面や壁をプールのように泳ぎ回ってやがる。 「なんだあいつ魚みてえだな!」 「三枚おろし!」 食う気満々か、地面の熱さに耐えきれず壁は天井へと移動する。そして、よくもやったなと怒っているのか強硬手段に打って出た。 戦闘員に向かって、天井や壁からの全身全霊の氷の礫というやつ。

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