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誕生日の日
「そう言えば、今日は都筑さんのお誕生日でしたよね?おめでとうございますっ」
「え?そうなんですか?都筑さん、おめでとうございます」
その日はこれと言った大きな事件もなく、めずらしく都筑も一緒に俺達と昼飯を食べていたのだが…。
「…………ふぇ?」
いきなりの寝耳に水情報に、俺は間抜けな声しか出なかった。
「……相変わらず、鏡谷白雪の情報通はすごいね。……とりあえず、ありがとう」
少し呆れたような、けどほんの少しの気恥ずかしさを隠したような都筑が、鏡谷と姫夜にお礼を言う。
(ええっ?マジかよ。……俺、知らなかったんだけど)
ショックで言葉が出ないでいる俺の横で、灰原がニコリと笑顔になった。
「ふむ。せっかくなら皆で輝矢ちゃんのお祝いをしたらどうだろう?」
「あ、それいいですね、灰原さん。俺、他の皆さんにも声かけしてみます」
「今日とかどうですか?割りと暇そうだし。俺、急いで店調べますよ」
灰原の提案にのった二人がワイのワイのと話を進めていく。
その流れについて行けずにいる俺は、向かい側に座る都筑の顔に視線を向けた。
だが、俺の方をチラリとも見ずに都筑が口を開く。
「…悪いけど。今夜は予定があるから」
またしても絶句ものである。
(……今日は都筑の誕生日なんだよな?その都筑は今夜予定がある?…俺とは約束してないし。一体何の予定が…)
良からぬ思考がぐるぐると頭の中を回って、身動き出来ずに固まっていると…。
「そうか。残念だな」
「また別の日にしましょう」
「都筑さんの都合のいい日、今度教えてくださいね」
「…分かった。じゃあボクはそろそろ行くよ」
と、話が終わってしまい、都筑は席を立つとさっさと行ってしまった。
「……え、あ、っっ」
呆気にとられながら都筑の後ろ姿を見送る俺に、鏡谷がクスリと笑う。
「行かなくていいんですか?茨城さん。それ、俺が片付けておきますよ?」
俺の前のトレイを指差しウィンクしてくる鏡谷。隣の灰原も訳知り顔の笑顔だ。
「………お前ら?」
ただ一人、何の事か分からずにいる姫夜だけがキョトンとしている。
「ほら眠ちゃん。早く行かないと輝矢ちゃんが行ってしまうぞ」
「……な、(んで、バレてんだ?)」
俺は頬が熱くなるのを感じたが、今はそれどころではないと思い直し席を立った。
「わりぃ、俺も先行くわ。…あ、と。この借りは必ず返すからな、覚えとけよっ」
ビシリ、と二人を指差し照れ隠しに捨て台詞を吐くと、俺は踵を返した。
背後ではクスクスと笑う二人分の声がしたけどな。知らんっ。
「都筑っ」
食堂を飛び出し廊下に出ると、都筑の姿はだいぶ先の階段へと向かうところだった。
俺は急いで廊下を駆け抜け、都筑の後を追う。
「都筑、待てよっ」
俺の声に気づいた都筑が、階段を上がった踊り場でこちらを振り返った。
「…茨城」
とくに驚いた風もない都筑が俺の名をつぶやく。それは他のやつらを呼ぶ時のフルネーム呼びではなくて俺だけ特別の…。
俺はトクリと胸がなるのを感じながら階段を駆け上がる。そして、都筑の側まで行くとひとつ息を吐き出した。
「……はぁぁぁ」
「何?」
そんな俺に普段と分からない都筑の凛とした声が尋ねる。俺は意を決して顔をあげるとまっすぐに都筑の顔を見た。
「ごめん。俺、都筑の誕生日知らなくて」
「…ああ、それ。知らないのは仕方ないんじゃない?…ボクも教えてなかったし」
「え、あ、そうなんだけど。いや、じゃなくて。教えてくれたら良かったのに。俺、都筑の誕生日祝いたいんだけど」
詰め寄る俺にびっくりした表情をする都筑。
「…別にボクの誕生日なんて祝わなくても」
「なんでだよ。俺達、付き合ってるんだよな?だったら付き合ってる相手の誕生日、祝いたいのは当たり前だろ?」
「…当たり前なんて知らないし。そんな事するの、あの人だけだったし…」
俺から視線を外し、少し拗ねたような口調になる都筑。
「……もしかして、今日の予定って…」
「………何?」
口ごもる俺に都筑が視線を戻し探るような瞳で見つめてくる。
(……キレーな目してんな。…じゃなくて!えっと都筑の今日の予定の相手だよ。それってあの人、式部副総監の事だよな。じゃあ俺に勝ち目ないじゃんっ)
俺が秒でたどり着いた答えに頭を悩ませると、目の前の都筑の表情が変わっていく。
「……もしかして、茨城。妬いてる?」
「…え。な、そそ、そんなわけないだろっ」
「……本当に?」
重ねて聞いてくる都筑の顔には意地の悪い色が浮かんでいて、俺の気持ちを見透かしたような笑みに、…俺は観念した。
「………妬いてます」
「…ふ。キミ、自供早すぎ」
クスクス笑う都筑に、俺は恥ずかしさをごまかすように頭をかく。
「しかたねぇだろ?他の誰にだって都筑を渡すつもりはねぇけど、相手があの人じゃあ、俺の入る隙なんてないんだからな」
「…そんな事ないよ。なんなら今日の予定キャンセルしてもいいし」
「は?いや、それはダメだろ。俺なんかよりあの人を優先しないと」
「本音は?」
「…俺を優先してほしい」
ふっ、と吹き出し都筑が俺の髪に触れる。
「…分かった。キミの為に時間をあけておくよ」
「……本当にいいのか?」
「…恋人の頼みだからね」
きゅっ、と握られるみつあみにピクリと反応してしまう俺。
「…じゃあ、また後で連絡するから」
そっと髪から手を離した都筑がそう言うと、俺から離れ階段を上がって行く。
「…あ、都筑、」
とっさに引き止めるように都筑の名を呼んでしまった俺に足を止める都筑。
「…何?」
「…あ。いや、あの。プレゼント!プレゼント用意したいんだけど、何か欲しいモノないのか?」
一瞬、驚いたような顔をした都筑が艶やかに笑う。
「そんなもの決まってるでしょ。キミだよ」
「……な、…」
面食らう俺を残し、都筑は今度こそ階段を上がって行ってしまった。
「……なに言ってんだ。都筑のやつ」
だが思いの外嬉しくて、俺は頬の弛みを止められなかった。
そして、捜査一課に戻った俺への生暖かい目も止められなかったのだった…。
『今日の食事会をキャンセルしたい?』
「はい。すみません」
『何かあったのかね?』
「…………え、…あ、はい」
『………ふふ。分かった。私との食事はまた今度してくれるね?』
「…都合がつけば」
『ははは、楽しみにしているよ』
そう言ってプツリと切れたスマホ。
…あの人のこんな時の察しの良さは困るんだよね。
「…次に会った時、色々聞かれるかもしれないな」
そう思うと少し憂鬱だったが、スマホの画面に“茨城”の名前を見つけると気持ちが和らいだ。
コール、数回。
『……都筑か?』
スマホ越しの声に、思いがけず嬉しくなった自分に驚く。
「……ふふ」
『…どうした?』
「なんでもない。待ち合わせの時間だけど…」
おわり
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