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第1話

俺、藤崎良介のバイトしているコンビニに数ヵ月前の夜、彼はやって来た。 真っ直ぐにスイーツの陳列棚に向かうと、新商品を含めた数々のスイーツで籠をいっぱいにして、満足げにレジに並んだ。 あまりの量に小柄で細い体のこの人が、一人でこんなに食べるのだろうか?とジロジロ興味深げに見ていると、にっこり微笑みかけられた。 タレ目気味の目が弓形に細められ口角は綺麗に上がり白い前歯が覗く完璧な笑顔だった。 ……ヤバイなにその顔。可愛い!! 今まで、男の人に可愛いいなんて思った事などない。 俺は何かに射抜かれたような甘い痺れのせいで、彼から目を離すことが出来なかった。 それからというもの、俺は彼が来るのを心待にしていた。 もう一度あの笑顔が見たかった。 彼は毎週、火曜日の夜にやって来た。 顔見知りにはなったが、たまに交わす挨拶程度の会話では物足りなくて、もっともっと彼を知りたいという思いは募っていくばかりだった。 師走に入り寒さも増した火曜日。 いつもならとっくに来ている時間なのに彼は現れていない。 この時間ではスイーツも陳列棚には疎らにしか残っていなかった。 と、その時、彼が駆け込んできた。 「あっ、あの今日発売の『生チョコドルチェ』まだありますか?」 彼が焦った様子で聞いてくる。 「申し訳ありません。今日の分は完売しました。」 「完売…ですか……あっ、ああーっ!?」と叫んだ彼はレジの奥の廃棄用の籠に生チョコドルチェを見つけて指差した。 「あれは?あれを売って貰えないですか?」とカウンターに乗り上げる勢いで聞いてくる。 「すみません。あれはもう期限が過ぎてしまっているのでお売りするわけには……。」 「かまわないよ。」 「すみません。規則なのでお売り出来ないんです。」 「…そう…ですか…」 彼は悲しそうに眉尻を下げ、名残惜しそうに廃棄籠を見ていた。 「あっ、あの、この後ってお時間ありますか?」 彼の表情に思わず言葉が口をついて出てしまった。 「え?」 ポカーンと小首をかしげた、たまらなく可愛い彼を俺は小さく手招きし、顔を近づけて耳打ちする。 「大きな声では言えないですけど、廃棄用はこっそり持ち帰れるので、今日俺ん家でアレ食べませんか?」 驚いた顔を一瞬した彼はすぐに破顔して、俺の耳元へ唇を寄せると少し低めの声で「迷惑じゃなければ是非。」とささやいた。 その声にどぎまぎしながらバイトの終わる時間まで駅前のコーヒーショップで待っててもらうようにお願いした。 それから仕事なんか手につかず、廃棄籠から1つしかない生チョコドルチェと適当な弁当2つをレジ袋に詰め、店内の掛け時計を睨み付けた。 23時ピッタリにタイムカードを押すと店を飛び出した。 コーヒーショップの窓ガラス越しに彼を見つけて 胸が躍る。 これって…くすぐったいようなこの気持ちは知ってる。 恋をしていた時に感じたことのある感覚。 「お待たせしました。」 携帯に視線を落としていた彼に声をかける。 「ああ、お疲れ様。藤崎くん。」 「あっ、えっ?俺の名前…」 「ああ、知ってるよ。お店でネームプレート見たから。」 こんな些細な事でさえ嬉しい。 「僕は風間イツキ、26才。君はいくつ?」 彼に改まった声で問われる。 「藤崎良介、22才。大学生です。」 風間さんは若く見え、俺と同じ位だと思っていた。 「良介くん飯は?」 「弁当もらってきました。いつもこれが晩飯なんで。2個ありますけど、どうですか?」 そう言って袋を見せると 「もし良ければお礼に飯でもと思っていたんだけど……」 「そんなお礼なんて、気にしないで下さい。」 「ありがとう。でも、今度必ずお礼させてね。 」 また会ってもらえる。些細な喜びが増えていく。 静かな住宅街。アパートまで月明かりに照らされた道を並んで歩けるだけで浮かれている。 「本当によかったのかな?お言葉に甘えて来てしまったけど?」 「これは風間さんに食べて貰いたいなって…」 「今日はお店が混んじゃってね、遅くなっちゃたんだ。」 「お店?」 「ああ、俺、パティシエなんだよ。まだ見習いだけど。」 「パティシエなのになんでコンビニのスイーツをあんなに沢山?彼女さんへのお土産とかですか?」 「あははは。彼女はいないよ。でも、さすがにおかしいよな、男が大量のスイーツって。」 「いや、だってそんな細い体のどこにあんなに沢山?って思って。」 「コンビニスイーツはクオリティ高いから、色々勉強になるし、単純に好きなんだよ。だから新商品が出る火曜日にいつも買いだめしてるんだ。」 それで、火曜日か。 「なに?俺が来る日気にしてくれてた?」 「あっ、いや、そんなんじゃ……」 悪戯っ子のように笑う彼は年齢より幼く見えた。 「来週クリスマスだから忙しいんですか?」 「そうだね。でも、クリスマスケーキは予約だし。本当に忙しいのは前日からだよ。」 「俺、凄い思い出のあるクリスマスケーキがあるんですよ。」 小学生の頃、父親が会社の近所のケーキ屋でクリスマスケーキを毎年買ってきてくれた。 クリスマスケーキといえば砂糖菓子のサンタクロースがのっているの定番だがそのケーキは飴細工で出来たサンタだった。 透明な飴はキラキラ光りガラスにも見えた。 俺はそのサンタが勿体なくて毎年冷蔵庫にしまい中々食べることが出来なかった。 「もう1つ変わっていたのがケーキに入っている果物。普通イチゴなのに、それはマスカットともう1つ…なんだっけ?えーっと……」 そこまで静かに俺の話を聞いていた彼が口を開いた。 「そのケーキ屋さん今もあるの?」 「いえ。俺が10才の時に父親が死んだのでそれ以来わからないです。父親の会社は星ヶ丘駅だったから、行けばまだあるかも知れないですけど。」 なぜか風間さんはふーっと深い息を吐き出した。 「すみません。俺の思い出話に付き合わせちゃって。」 黙って首を横に振った風間さんは、何か考えている横顔だった。 そんな話をしているうちにアパートに着き、 話もそこそこに弁当を食べ、待望のスイーツの 出番となった。 風間さんは目を輝かせながらスプーンを口に運び「うう~ん。」とまさに蕩けるようなため息をもらした。 いっ……色っぽい。 唇を舐める仕草とか嬉しそうに上気した頬とか、なんか色々とヤバイ。 じっと食べる姿を凝視していた俺に 「ん?ああ、はい。あーん。」とスプーンを差し出してきた。 えっ!?えっ? 「ほら、早く。あーん。」 ……あーん。 「ウマイ?」 そう聞かれたけど、なんかドキドキして味どころではない。 とそう思った瞬間、風間さんの綺麗な指が俺の顎を持ち上げ親指で唇についたチョコをゆっくりと拭ってくれた。 俺はなんだかたまらなくなり反射的にその腕を引き寄せキスをしていた。 一瞬驚いて目を見張った風間さんの腰を抱き寄せると目を閉じて抵抗する様子はない。 柔らかい唇を食むと彼が「ん」と甘い声を漏らした。 彼の愛らしい唇に 舌を滑り込ませるとそれに応えるように控えめに彼の舌が入ってきたことに興奮する。 口腔内をねっとりと舐めあげ、舌を絡め唾液を分けあう。 頭の芯が痺れるような感覚と熱い吐息の中でお互いをむさぼった。   「は……はぁ」   彼の濡れた瞳で見つめられ俺はハッと我に返る。 どうしよう…何か話さないと。 「あ、あの…」 「どうして?」 風間さんは静かに聞いてくる。 「……好きです。」 テンパった俺は勢いで告白してしまった。 「君はゲイなの?」 「違うと思います。でも、風間さんの事が…」 「気持ちは嬉しいけど、ダメだよ。」 「なんで?男同士だからですか?」 「そうじゃない。俺は……ゲイなんだよ。だから、ダメなんだよ。」 「どうして?わかんないよ。」 「君はノンケだろ?ノンケはゲイなんか好きになっちゃいけないんだよ。」 「ノンケとかゲイとか関係ない。好きになっちゃったんだから仕方ないだろ。」 わかってもらえない理不尽さに苛立つ。 風間さんはうつむいたまま困った表情を浮かべていた。 「だだっ子みたいだな。…少し時間をくれないかな?考えたいんだ。」 俺は頷くことしか出来なかった。 あれから1週間。クリスマスだというのに、俺は相変わらずコンビニにいた。 『考えさせて』と言われたけれど、いつまで待てばいいのだろうか? 今日は火曜日だけど、さすがに一年中で一番忙しい日なのだから来る筈もない。 サンタなんてこの世にいない。 子供の頃から……正確には父親が死んでから、俺にサンタは来なかった。 でも、今夜は『俺の一番欲しいもの持って来てくれよ』って祈ってみたい心境だった。 バイトを終えアパートにたどり着くとドアの前にサンタに願った愛しい人が待っていた。 「クリスマスだから。」 そう言って彼は恥ずかしそうにケーキの箱を顔の横で揺らして見せた。 「いつから待ってたんですか?」 「少し前。そんなことよりケーキ食べない?」 「食べたいです。でも、今はそれより欲しいプレゼントあるんですんけど。」 そう告げると彼は表情を固くした。 「返事だよね。その前に聞きたいんだけど、なんで僕なの?」 「なんでって言われてもわからないけど、イツキさんの事が気になってドキドキしっぱなしで…これが恋じゃなかったらなんなの?」 「いざとなったら幻滅するかもよ?だいたい、セックスだって僕と出来る?」 「幻滅なんてしないし、セッ…クスだってやりたい……です。」 顔を真っ赤にして彼はもう何も言えなかった。 それが答なのだろう。 でももう一度はっきりと確認したかった。 「俺と付き合ってくれますか?」 「……僕でよければ。」 そう言った彼の唇にそっと口づけた。 「あっ、ケーキ。」 そうだ。すっかりその存在を忘れていた。 はい。と差し出された箱の中から出てきたのはデコレーションケーキ。 上に飾られていたのは……飴細工のサンタクロースだった。 「!?…これ…」 「僕が作ったんだ。中に入っている果物はマスカットと桃だよ。そうでしょ?」 「あっ、そうだ!桃だった。えっ?でもなんで?」 「飴細工のサンタの話を聞いた時、あれ?って思って、果物がマスカットともう1つあったと聞いて確信したんだ。親父のケーキだって。」 「お父さんの!?」 「うん。星ヶ丘駅前で小さなケーキ屋をやっていたんだけど、だいぶ前に倒れてね、店を閉めたんだ。その店を復活させるために僕は今、修業中ってわけ。」 そうか、もうお店はなかったんだ。 「でも、親父のレシピはあるしこれは元々、僕のために親父が作ってくれた物だから。」 イツキさんの為? 「僕は小さい頃イチゴが苦手でね。親父は僕の好きな桃とマスカットを入れてくれたんだ。それがいつのまにか店の定番になってしまったんだけどね。」 そう微笑んだ彼は天使のようだった。 聖なる夜に、奇跡が舞い降りた。 最高のプレゼントと共に。

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