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第1話
「やば……めっちゃ、ヤバい……」
こんな感情って初めてかも。
心臓がどき
僕は夏休み最初の日、恋に落ちてしまった。
何となく、友達から借りたアイドルのDVD。
……だってさ、補修ばっかでつまんなかったんだよ。
息抜き程度に見たら……見たら、最後だった!
お……女の子じゃなくてだな!
男の子のソレは、女の子のより数倍綺麗で洗練されていて。
そして何より、声がいいッ!!
もともと、ピアノを習っていて(習わされていて)、耳がいいというか。
いい声の人とかに惹かれる性質だった、ってのもある。
だから、その……。
僕が惹かれるのは、必然で当たり前で。
だから、こうして。
人の目も気にする事なく(気にしないようにして)、僕はそのイベント会場に来ているんだ。
そう、一人で。
〝そのDVD貸した友達と、来りゃいいじゃん?〟って?
いやいやいや、違う違う。
こういうのは、ガチャガチャしゃべりながら味わうもんじゃない!
一人で、一言一句たりとも漏らさず。
一挙手一投足を、全て記憶するが如くに。
〝推し〟の全部を吸収するために、僕はここにきてるんだからッ!!
だから、いくらキラキラした女の子たちに遠巻きに見られたとしても!
数少ないヤローファンに避けられたとしても!!
僕は決して!! 決して、凹んだりなんかしない!!
冬宮敬一郎に、会うまでは!!(と、いってもアイドルだから、一方的に会いに来ているだけで、正直どこまでが〝本人〟なんだかよく分からない部分もあるんだけど)
〝トリメストラーレ〟
ーーイタリア語で〝四季〟というそのヴァーチャルアイドルは、十二人で構成されている。
春を司るプリマヴェーラに、夏のエスターテ。
秋のアウトゥンノに、冬を統べるインヴェルノ。
それぞれの季節に三人の公爵(ドゥーカ)と呼ばれる顔良し歌良し、愛想良しのイケメンがいて。
十二人並ぶと、それはそれは……。
ゴージャス極まりない、トリメストラーレが出来上がるって仕組みだ。
そのイケメン犇くトリメストラーレの中で、一際眩く光を纏う公爵(ドゥーカ)がいた。
それがーー冬宮敬一郎、冬(インヴェルノ)の公爵……僕の王子だ。
冬の氷の花を連想させる、スッとしたスタイルと。
全てのパーツがバランスよく並んだ顔が、品よく笑をたたえて僕を見つめ返す(しているように見える。)
その眼差しに、殺される……。
「はぁぁ……めっちゃカッコいい……」
女の子との死闘を繰り広げながら、やっとゲットしたグッズを手に、僕は体の力が抜けるほどのため息をつく。
手には、王子の写真がこれでもかッてくらい光り輝くカードが一枚。
……まだ欲しかったけど。
しがない高校生のバイトと小遣いじゃ、カードとマフラータオルを買うくらいが精一杯で。
でも!! これだけあればッ!!
夏の補修授業も、バイトも、絶対に乗り切れる!!
感動に浸る僕は、若干ニヤけながらイベント会場への通路を歩き出した。
ドンーー!!
その時、僕の左側に女の子がぶつかってきて。
ほへ〜っとなったままの僕は、なすすべもなく大きくよろけた。
「アッ……アーッ!!」
僕の手の中に収まっていた冬宮敬一郎のカードが、ヒラヒラと宙を舞う。
だめ……ダメだーッ!!
内心、めっちゃ泣きそうになりながら。
体勢を無理やり立て直した僕は、ヒラヒラ舞うカードを追いかけた。
風を受け、空を気持ち良さげに泳ぐ冬宮敬一郎のカード。
人をかき分け、なんとかカードを見失わずに追いかける僕。
なかなか縮まらない距離に、だんだん焦ってくる!!
……早く、早く回収しなくちゃ!!
そう思った瞬間、僕は無意識に地面を蹴って跳んでいた。
手を真っ直ぐに、これでもかってくらい伸ばして。
カードに向かって、精一杯手を伸ばす。
ーーパシッ!!
カードに、手が届いた!!
「っしゃ!! ……わ?! わわわわぁぁ!!」
安堵した瞬間、僕は空中で体勢を崩す。
いやに長い滞空時間。
僕は手足をバタつかせて、迫り来る地面から必死に逃れようとした。
ドタンーーガタガタ、ガターンーー!!
盛大に体を地面にぶつけて、びっくりしている間に色んなものが頭に降ってくる。
「いてッ!! いていてッ!!」
頭に降ってくる障害物を、カードを持っていない方の手で薙ぎ払い。
僕は這う這うの体で、その場から離れた。
そして、今いるその場所に、僕は愕然としたんだ。
……どこだ、ここ?
さっきのところとは正反対な、人っ子一人いない殺風景な場所。
僕の頭をぽかぽか殴るように降ってきたのは、黄色と黒の縞々のセーフティバーらしい。
ごちゃごちゃと床に散らばったソレが、僕の頭の悪むべき相手だとすぐに理解できた。
……なんて、考えてる場合じゃない!!
早く元の場所に帰らなきゃ、始まっちゃうだろ!! イベントがッ!!
足に力を入れて起き上がりざまに走ろうとした、その時。
「ッ!?」
右の足首が痛くて痛くてたまらなくて、再びバランスを崩した僕は盛大に転んだ。
「いてぇ……」
ツイてない……マジで……。
せっかくバイトして、お金貯めて。
念願のイベントにきて、カードもゲットしたのに……。
こんなとこで、動けなくなるなんて。
すぐそこに、トリメストラーレがいるのに。
冬宮敬一郎がいるのに。
「……っ! うぅ……」
そう思えば思うほど、悲しくて切なくて。
手の中で僕の体温を吸収した冬宮敬一郎のカードを見つめて、僕は溢れる涙を抑えることができなかった。
「そこに誰かいるのか?」
ふと背後から、聞き覚えのある〝あの〟声が聞こえた。
ハッ、として振り返った。
「@#/&?@☆♪→¥$€%〒!?」
悲鳴のような、叫び声のような、そんな変な声をあげた僕の目の前に……いた!!
冬宮敬一郎がッ!! いたんだ!!
思わず手にしていたカードと見比べて、体が勝手に仰反る。
「どうしたの? 怪我してるのか?」
「(ウンウン)」
「君、立てないの?」
「(ウンウン)」
さっきの奇声で喉がバカになったせいか。
声が出せなくなった僕は、冬宮敬一郎の質問にバカみたいに無言で頷いた。
「それ、俺のカードだね。ありがとう」
「(いえいえ! とんでもないデスます!!)」
「君、一人?」
「(ウンウン)」
「名前は? 名前、なんていうの?」
「!?」
冬宮敬一郎の矢継ぎ早な質問に。
簡単に答えられるはずの名前で躓いて、僕は頭が真っ白になる。
「名前、教えてほしいなぁ」
「……きよ、ら」
「きよら?」
「佐野……きよら……」
ヘロヘロでカスカスな僕の自己紹介に、冬宮敬一郎はにっこり笑って。
へたり込む僕の背中にその腕をまわした。
……近い!! 究極のイケメンの顔が近い!!
さらにいい匂いがする……そして、眩しい(冬宮敬一郎が着ていた服が、ミラーボールみたいだったわけじゃぞ?!)
心臓がドクドクと爆発寸前の僕に、冬宮敬一郎はさらに顔を近づける。
「きよら、か。きっと神様が俺の願いを聞いてくれたんだな?」
「(願いとは? 神アイドルの願いとは?)」
「こんなかわいい子だとは思わなかったな」
「(かわいい!? かわいいとは!?)」
「こんにちは、やっと会えたね。俺のプランセス(お姫様)」
「?!?!」
絶対にあり得ない事態に、僕は動揺しまくっていて。
そんな僕に、冬宮敬一郎はニッコリと微笑むと。
その形の良い唇を、僕のソレに重ねた。
ひんやり、と。
冷たい……僕のファーストキス(えぇい! 童貞で悪かったなぁ!! ファーストキスなんだよ!!)
その衝撃的な瞬間が、身に降りかかった時から。
……正直、僕はあんまり記憶がない、んだ。
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