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花
ある石で出来た塔にその男はいた。
随分長い間、塔の最上部にある、たった一つ小さな灯かり取りの窓があるばかりの丸く狭い部屋で過ごしていた。
何の感動も無く、石の隙間から侵入してくる虫けらを相手に日がな一日を送っていた。
此処に来てからの十年、会った人間と言うのはこの塔を監視する塔守だけだった。
それも、床石一つをずらして食事を投げ込んでくる腕だけの相手だ。
話しかけたところで、返答は無い。
大層な歳を経た人物のようで、手には幾筋もの皺が深く刻み込まれ酷く節くれだった指をしていた。
ある日の晩、その手が違うものに変わった。
血管の浮き出た、精悍な同年代の若者の手。
それまで無感動で興味もさして湧かなかった男に、忘れかけていた興味というものが舞い戻った。
手を掴み、数年間殆ど使わなかった声帯を震わせる。
「…っ…今、までの塔守はどうした?」
突然腕を掴まれ驚きを隠せない様子の新しい手の主は、一瞬間の間を置いて答えた。
「退役した」
その言葉を聞き、腕を放すと腕はするすると部屋の外へと消えていった。
今までと同じ様に石がはめ込まれ、周りの壁とすっかり同化してしまった。
その日の夜は、やけに長く感じられた。
寒くて堪らないわけでもないのに、寝付けずに居るという事が不思議だった。
時間を持て余し、寝返りをうつのにも飽き、やがて男は起き上がった。
膝を抱え、薄汚れたブランケットに包まっていたがそれにも飽き、部屋の中をぐるぐると歩き回った。
灯り取りの窓から外を見ようと、部屋の中のありったけのものを足元に積み上げていたら、下から怒鳴り声が聞こえてきた。
「何をしているんだ!お前は解らないかもしれないがな、今は夜中の三時だ!静かにしろ!」
何気ない、声を掛けられたということが男にとっては新鮮で
久し振りに楽しいという気持ちを思い出した。
「それはすまなかった。
暇で堪らなくて…でも囚人に声を掛けて良いのか?」
「…別に俺しか居ないんだから解りやしないだろう」
「それは良かった。
…たまに話し相手になって貰えないか?
暇で暇で仕方ないんだ」
一呼吸あって、肯定の言葉が聞こえた。
「だがな、今日は静かにしててくれ。
昨日左遷されてそのまま馬でここまで来るように言われて一睡もしてない。」
男の返答に笑うと、聞き咎められて不機嫌な声が返ってきた。
「お前なー…!つーかなんて名前だ?」
「…囚人の名を知らないで来たのか」
「俺は仕事をこなすだけだからな。
あとで聞きゃわかるこった」
武骨そうな男の声を聞き、ずっと硬くなっていた頬の筋肉が痙攣するように僅かに緩んだ。
「…ランシェット。
フラム・ランシェット・アルグだ」
自嘲を込めてその名を口にする。
向こうの男の息が一瞬止まったのを、確かに聞いた。
【フラム】
王に授かったその称号は、
王の【花】
すなわち
【愛人】
を意味している。
「お前さんが…あの…アルグ家の」
「そうだ」
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