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雫
王に【花】として召し抱えられて少しした頃、ランシェットは領地でいつも食べていたクランベリーを王都で食べれず、塞ぎがちになっていた。
そんな様子を見かね、王は自らアルグ伯爵に頼み込み、領地のクランベリーの木を運ばせ二人が出会った庭園に植え、本来の季節以外でも実を付けるよう庭園の中でも環境を意図的に変えた場所を作り、なるべく一年を通して食べれるようにドライフルーツにしたりジャムにしたりと工夫し、毎朝ランシェットの為に食卓に出される様になったのだった。
中でも気に入っていたのがクランベリーソースにしたもので、今くらいの季節になるとお気に入りのこの小瓶に入れていつもパンや肉につけて食べていた。
便りを出すことも憚られる二人が唯一、密かに存在を感じられる術であった筈だったのだ。
「…っ…あのじじいめ…っ!」
やっとそれだけ悪態をつくが、それ以上言葉を紡ぐ事が出来ず、再び嗚咽に変わっていく。
震える指で瓶を握り締め、味気ない堅焼きのパンにとろりとしたそれを垂らす。
幽閉されてからの十年、最初は冤罪に憤りもし、泣いたり喚いたりしていたが前塔守は一切反応することなく、それにも疲れてしまい、次にすっかり音沙汰のなくなった王を恨み、感情を殺し、灯り取りの窓から見える明け暮れを数える事にも疲れ、このまま朽ちていくのだと思っていた。
それが、この僅かな時間で自分自身現実にまだ生きているのだ、【花】は枯れていなかったのだと思えるようになった。
口に運んだ時、懐かしい香り、味が体中に染み渡るのを感じた。
同時に、王の暖かな眼差しも思い出されて、堪らなく寂しくなった。
「…まだ生きているのだと…十年振りに感じたよ。
ありがとう」
「よせよ。オーバーだな」
「私にとってはそれほどな事だよ。
…名前を…良かったら聞かせてくれ」
「…グリゴール。
グリゴール・オルド・ゼペトだ」
【オルド】は王の覚えのめでたい騎士につけられる称号のはずだったが、そう言えば昨日この男は左遷されたと言っていた。
何をしでかしたら騎士がこんな場所の塔守になるのだろう。
「グリゴールか…何をして騎士様がこんなところの塔守に?
まあ、弾かれ者同士よろしく頼む」
「弾かれ者は余計だが…仮にも囚人によろしく頼むなんて言われたのなんて初めてだ。
お前さんは思っていたのとだいぶ違うようだし調子が狂うな」
「冤罪なんてよくある事だろう?」
「まあ…そうだが…」
口ごもるのを聞いて顔の見えない相手がどんな顔で困っているのか見てみたい、などという気持ちが湧いてきたが、
叶わないことだと自分に言い聞かせ、ランシェットはかぶりを振った。
それから僅か一ヵ月後の事だった。
王都の急を知らせる早馬が塔の入り口に騒がしく駆けてきたのは。
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