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休息
ランシェットが幽閉されていた塔からは、王都までに五つの小さな村を越える。
ちょうど三つ目の村を目前にしたところに、さほど高くはないが山があり、危険な動物もいない為迂回するよりは越えた方が早いのだが、夜ということもあり念の為迂回する事にした。
そろそろ明け方が近づいてきたようで、夜闇の深い藍色だった空は幾分か明るくなってきたが、月はまだ西の空に浮かんで白く輝いている。
山裾の開けた草原に、小川が流れている。
「一度あそこで休憩しよう」
「そうだな」
そう言うと、グリゴールは川の側まで並足で馬を進め、先程ランシェットとベルトを結んだスカーフを解く。
「動くなよ」
そう言うと、向き合ったグリゴールはおもむろにランシェットの両脇に腕を差し込み、軽々と荷物でも下ろすかのようにランシェットを地上へと下ろした。
次いで、体躯に似合わずひらりと馬上から地面へと降り立つ。
馬にお疲れ様と言うように首を優しく撫でてやると、馬はそのまま小川の水を飲みに歩みを進めた。
「俺達も軽く腹ごしらえしないとな」
そう言いながらおもむろにカバンから紙に包まれていたパンを取り出す。
王都から送られてくる囚人用の水分の抜けた硬いものではなく、近くの村で焼いたものを購入したのか、見慣れない形のものだがふわりと焼いてさほど経っていないであろう良い香りが鼻腔をくすぐる。
それと、いつものクランベリーソースの小瓶も。
「あの塔に赴任してきてからたまに近くの村まで買い出しに行ってたんだが、そこのこの丸いパンがすっかり気に入っちまってな」
朗らかな笑顔でそう言うとそれを投げて寄こした。
「お前の分は?」
「出発前に食った。
これもあるしな」
再びカバンをガサガサとやると、先程より固そうな紙にくるまれた、指先ほどの大きさの小さな四角いものを出してきた。
「なんだそれは」
「ガズールの知り合いがいてな、昔保存食の作り方を教えて貰ってから時々作るんだ。
食糧が手に入らない国ならではの工夫ってやつだな。
これは干し肉だが他にも色々あるぞ」
そう言って包み紙を開けると、水分の抜けた硬そうな濃い茶色の塊が出てくる。
唾液で時間をかけてふやかし、柔らかくして食べるらしい。
説明したあと、グリゴールはポイッと口の中にそれを放り込んでむぐむぐとやっていた。
ランシェットは長い間干からびた堅いパンと水ばかり飲んでいたので、多分その味の濃さそうな干し肉は胃が受け付けなさそうだと思った。
久しぶりの水分の残るパンを指先で千切ると、クランベリーソースをふわふわの白い中身に垂らす。
少し伝ったあと生地にじわりと染み込んだのを見届けると口へと運ぶ。
王宮で出されていた上質な小麦を使ったバゲットなどとは趣が違うが、思わず微笑んでしまうほど美味しい。
クランベリーソースの爽やかな香りとふくよかな小麦の香りが鼻腔へと抜けていき、絶妙な甘みと酸味と塩気が口腔を満たす。
目を閉じ風味をしっかり噛み締め咀嚼し、嚥下した。
「…美味そうで何よりだ」
その言葉に我に帰り、貴族としてあるまじき食べ方だったと思いグリゴールを見たが、彼は決して馬鹿にしたような雰囲気でもなかった。
「俺は貴族様の表情を変えない澄ました食べ方より、お前さんのその食べ方の方がよほど人間らしくていい」
そう言うと、馬の鞍の横に取り付けてあった革製の水入れを渡してくれた。
「せっかく外に出て初めての食事のお供が酒でなくて悪いな」
受け取り、一息にごくごくと喉を鳴らして飲み干してから言う。
「…いや、水でいい。
酒は全てが終わってからだ」
誰によって塔へ幽閉されなくてはならなくなったのか、それを白日の元に曝すまでは酒を味わう事も己に許してなるものか。
引き締まった表情のランシェットを見て、同じようにグリゴールも表情を引き締める。
「よし、じゃあもう少ししたら出発しよう」
その二人を、少し離れた木陰から覗いている者が居る事は、まだランシェットは知ることは無かった。
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