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至上
「俺はやっぱり美人で目がぱっちりした子がいいな!」
「美人ってどんなのを言うんだ?」
「穏やかそうな少し垂れ目で、でも目は大きくぱっちり、鼻も低すぎず高すぎず、頬や唇は桃色の子さ!」
「俺は猫みたいな凛とした目の子がいい。
そしてやはり細腰でダンスが上手くなければ!」
少年たちが口々に思い思いの理想の女性像について語っていると、フォルスト王子はフン、と口の端を曲げて鼻で笑った。
「お前たちは外見ばかりだな。
知っているか?女官たちも母上たちも朝から綺麗に化粧をして澄ました顔をしているが…
コルセットをしてあの腰の細さを作っている時の顔と言ったら酷いものだ」
ヴォルデの貴族の女性の朝は早く、寝起きの悪い男子たちは大抵まだ夢の中。
貴婦人たちの衣装から時折覗く細い腰がどうやって作られているかなどほとんどの子息たちは知らない。
フォルスト王子がそれを知っているのは、昔から寝つきが悪く王宮内を独り歩きしていた時に、コルセットをつける時に苦しむ新人女官の声に驚いて部屋のドアの隙間から一部始終を見てしまったからである。
その朝の朝食の席で、何故あのような拷問を女官に加えているのですか?と父と母に問うた時、母初め女性は真っ赤になり、父王は苦笑しながら拷問ではないと教えてくれたのだった。
「私は相手の様子を見て、素直な相手を選びたいものだ。
取り繕った表情で媚びを売ってくるものは要らない。
空の陽射しのように、嬉しければ素直に笑い、悲しければ曇ったり泣いたりする者がいい」
「ー王がそんな事を?」
「ああ、王がお前さんを選んだ理由がそれだろう。
思った以上にくるくる表情が変わる」
くくっと笑いを堪えているグリゴールの傍で、対照的に神妙な顔をしてランシェットはその言葉を聞いていた。
村から次の村へ抜ける森の道を、木の葉から漏れる穏やかな陽射しが照らす。
二人は馬に揺られながらその中をゆっくりと進んでいた。
「…私は王にとってこの陽射しのようだったのだろうか。
ずっと、月のように太陽に隠れて生きていなければいけない存在だと思っていた」
「お前さん…そんな事考えてたのか?」
「ああ、王妃が輿入れして来た時から、所詮は王の子孫を残すことなど出来ないのだから寵愛など受けても無駄だと思っていた。
二人の邪魔になるのだったら領地に戻りたいとも思ったし、王に訴えてもみたが逆効果だった」
「…そりゃそうだろうな。
そこまでご執心になられた【花】が領地に引き籠ったら、俺だったら王なんて辞めて追いかけていくな」
「そんなものか?」
言われた時の乳兄弟の様子を考えて、グリゴールは気の毒に思った。
身内ならではのくすぐったいものを感じながらも、彼の名誉の為にも言っておかねばと思い言葉にする。
「…あいつの身内として言っておくがな、奴の執着を甘く見たらダメだぞ。
第一王子として帝王学を幼い頃から叩き込まれて、お前さんが現れる前に即位するまで自由なんか無かったに等しいんだ。
お前さんは王宮で色んな奴を見てきたあいつが、自分の意志で初めて選んだ【花】なんだ」
「……」
ランシェットは、王都に出てきてすぐ王宮で王と出会い【花】になった為、知識として習った歴代の王の人生や為政については知っていても、人格の差異について深く考えたことはなかった。
ランシェットの中では、『王とは何においても国を守り次代へその血を引き継いでいく為の存在で、その責務の重大さの為に酒色や贅が許され、威厳を保っている存在』だった。
過去には正妃以外に【花】を十人以上持っていた王もいたし、王妃だけしか傍に置かなかった王もいた。
ただ、男性を【花】として迎えた王はいなかったから、男である自分は正妃を得るまでの繋ぎであると思い込んでいた。
そして、そう思ったのもランシェット自身恋をしたことがなかったから。
「お前さん、十五で領地を出て【花】になったんだろう?
友達や好きな子と離れ離れになって辛かったりしなかったのか?」
「…妹や仲のいい友と離れるのは辛かったが…私は恋を知らなかった」
「…マジかよ…」
社交デビューの早い王都出身のグリゴールは想像もしたことがなかった。
初めて舞踏会で出会った愛くるしい令嬢や、ツンと澄ました令嬢、人見知りをするような奥ゆかしい令嬢…心を動かされる存在にはそれ以降事欠かなかったから。
そんな純粋なランシェットだから、王は王宮の醜い部分に触れさせたくなかった。
愛でて、守ろうとし過ぎたことで、結果謀略に巻き込まれてしまったのだが。
「…だが、王妃が輿入れして来た日、自分が王の隣に居られないことが苦しかった。
…王に恋していたのかもしれないな」
「王が初恋か。
…聞かせてやろうぜ、あいつに。
まあその前にこの格好見たら斬り殺されるかもしれないな、俺」
「王は理由も聞かずそんな事はしない」
「十年も堪えてきたのに、ぽっと出の俺と新婚装備で来たらあの王でも解らんさ。
恋ってそういうもんなんだよ」
「…そういうものなのか」
「ああ、覚えとけ」
そう言うと、グリゴールは馬の腹にブーツで軽くコツンと合図を出し、一気に次の村へと駆けさせた。
森はもう、出口が見えていた。
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