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邂逅

「…もっと早く戻るべきだった」 農夫の話を聞き終えると、グリゴールはそう低く呟いた。 農夫には単に新婚旅行の旅程の事だと思っただろうが、もちろんそうではない。 ランシェットは農夫に短く礼を伝えると、グリゴールと顔を見合わせ、王都へと馬を駆けさせた。 今までにないほど一気に馬を駆る。 周りの景色が色の塊のように流れていく。 農作物の出荷のため、王都までは良く均された平坦な道が続いていた。 「俺は一時期ガズールの商船の護衛として雇われていた事があった。 そこで同じ護衛として入った同世代のガズールの男と親しくなったんだが…」 グリゴールは言葉を切ると、苦々しげに呟いた。 「さっきの男が手を抜いていたなら…そいつがその男かもしれない」 「え…?」 五年ほど前。 ガズールの第二王子が治める比較的新しい港町でたまたま酒場に入ったところ、ちょうど護衛をしながら諸国を渡り歩いていたグリゴールの耳にガズールの王家直属の商船が護衛を募集しているとの噂が飛び込んできた。 割の良い仕事だ、とすぐに申し込み運良く出航までに仕事を得ることが出来た。 出航の一日前の夕刻、慌ただしく積荷の手配をしながら、商船の船長が港町にある館で乗組員全員を集めた。 まずガズールの民の中でも一際浅黒い肌の船長と、その補佐を務める少し神経質そうな若い男。 そして船乗り達であろう、十代半ばから三十代ほどまでの男達十二名。 いずれも筋骨隆々で、軽装かつ手の皮膚は一様に分厚かった。 次は見るからに商人で裕福そうな、髭を蓄えた男が三人。 恰幅のいい中年の男、異様に目力の強い男、背の高い柔和な男。 いずれも柔らかそうな衣服を身に纏い、指には大粒の色とりどりの宝石が金色の指輪に加工され嵌められていたが、最後の一人以外は容貌も相まってギラギラとして悪趣味に見えた。 その男たちにそれぞれ仕える少年が二、三人ずつ。 そして護衛としてグリゴール、ガズールの青年が五、六人。 その中でも一際若く華奢そうに見える青年が目に付いた。 向こうも視線に気づいたようで、視線がぶつかった。 「よう、俺はグリゴールってんだ。 宜しくな。 あんた名前は?」 「…イーラ」 「護衛は昔からやってるのか? 華奢そうに見えてしなやかないい筋肉がついてる。 獲物はここいらでよく使われてる曲がった刃の短剣か?」 「…どうも」 口元にへらっとした軽薄そうな笑みを湛え、イーラと名乗った青年は腰に提げられた自身の獲物である短剣をポンポンと叩いて見せた。 ガズールでは宝石が当たり前なのか、イーラの短剣にも所々にその眼と同じ青い石が埋め込まれていた。 「ガズールでは宝石が特産とは聞くが、そういう風に剣も豪華に装飾するのか。  雅なものだな」 ほう、と感心して顎に手を当てて呟くと、イーラの周りにいた他の護衛が一瞬息を詰め、場の空気が変わったように感じた。 …どうやらイーラは護衛の中で少し異質な存在のようだ。 下手に親しくするのも宜しくないのかもしれない。 「…他の兄さんたちも宜しく。  俺も一儲けしたら剣に宝石でもあしらってみたいもんだな」 わざとガハハと間抜けな大声を上げて笑うと、 「その時は知り合いの宝石商を紹介してあげるよ」 とイーラが応じ、その場の空気は元に戻ったのだった。

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