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第4話

 縄を解いてもらい、シャワーを借りて身を清めた僕は、ソファに座った男と話をすることとなった。 「さて、妊婦連れ去りについては本当に知らないのだな?」 「はい、誓って本当です」  誠心誠意答える、が男は半信半疑のようだ。 「しかし、あの現場にお前がいたのも事実。こちらとしては信じ難い」 「僕が取り乱してしまって……誤解を招く様なことを言ってしまいました。僕は、その、時々正気を失ってしまうのです」  「あの日」以来、日中は特に精神が乱れやすく自分では制御できないのだ。 「……それが本当であるならば、妊婦連続連れ去りについて、真犯人を探してもらおう」 「それは……」  全く心当たりがないし、できる自信などない。それに僕は僕自身のことでかなり手一杯だ、が……今日連れ去られた女性、助けられるかも知れなかった女性を助けられなかったという罪悪感もある。 「お前には多少霊力があるようだし、私も一緒に探す。それでどうだ?」 「……」  でも僕に何ができるのだろう。使える霊力は少ないし東京の土地勘もない僕に……。 「そういえばお前、四神を探していると言っていたな?」 「はい、先程見られたのでわかると思いますが、僕の体の中には怪物がいます。それを四神様のお力でなんとか消滅させたいのです」  僕が東京に来た理由。強大な力を持つ四神の力でこの怪物を消し去ること。……例え僕自身の命がなくなろうとも。 「では、真犯人が見つかった暁には私がその怪物とやらをなんとかしよう」 「はい?」  言っている言葉の意味が理解できないでいる僕に男が告げた。 「私こそ東方守護神獣 青龍であるからな」 「……え?」  何やら物言いも態度も尊大だし何か力の強い妖怪だとは思っていた。でも今の僕の霊力では相手の力を正確に測ることはできかねるから、どれくらいの身分かまでは分かっていなくて―― 「なんだ?」  と言うことは僕はさっき格式高い神獣とそういう行為をしてしまったわけで。無理やりだったとはいえ急に畏れ多くなってきた。 「青龍、様」 「そうだ」  急に体から力が抜けた。こんなにあっさりと青龍様に会えるなんて思えなかった。しかも依頼を成功させれば、僕の体の化け物をなんとかしてもらえるなんて。 「僕が青龍様の力になれるかわかりませんが……」 「お前が事件に関係ないことを証明すれば良いだけだ」  使える霊力が限られているし、東京の地理にも疎い僕に、事件を調べることができるのだろうか。 「頼んだぞ、明日までにある程度お前の方で事件を調べてくれ。人間にしかわからぬ情報もあるだろうからな。そして明日の午前十時に池袋で待ち合わせをしよう」  池袋にある「いけふくろう」前で待ち合わせをすることとなり、僕は解放された。  青龍様がいた空間はある種の異空間だったらしく、来た時と同じように一瞬で路上に出た。この時点で僕はフラフラに疲れていたので家に帰るとすぐに眠りにつくことができた。  ごめんなさい。僕は弱いです。  ごめんなさい。僕は皆を生贄にしました。  ごめんなさい。僕は皆を殺しました。  ごめんなさい。  ごめんなさい。 「あの日」僕はいつも通り修行で滝行をしていた。曇天の空がやけに重々しいな、と思ったことを覚えている。修行を終えて帰宅する途中から妙な気配が漂ってきたので早足で家に帰ると、重く、禍々しい気配が漂っていた。未だかつて感じたことのないほどの霊力と異臭。頭痛がするほどの狂気の波動。血相を変えた母親が僕の手を引っ張って家の倉へ閉じ込めた。僕も戦わなければと思った強い感情と死の予感。 「いいかい、絶対にここから出てはいけないよ」  それから起こった事……無数の触手、「ヨグ=ソトース」、大量の屍……  珍しく熟睡できたと思ったら「あの日」の夢で目が覚めた。身体中冷や汗で濡れている。時刻は午後八時を回っていたので、バイトの準備を急いですると家を出た。  それにしても、だ。色々と混乱している。僕の中の化け物、青龍様との行為、それに妊婦連続誘拐事件の調査。衝撃的な出来事が重なり合って何が何やらわからない。特に青龍様との行為は驚いたし、傷つきもしたけれど、何より罰を受けたことによる安堵感が大きかった。滅多に熟睡できない僕が熟睡できたのもその安堵感が大きいのだろう。僕自身気づかなかったけれど、僕が求めていたのは罰だったのだ。  しかし優先事項はあくまで妊婦連続誘拐事件の調査だ。これからの時間帯はバイトがあるけれどそれが終わったら青龍様と落ち合い、調査を開始する手筈だ。  いつも通りバイトをこなす傍ら、暇な時間に東京の地図を購入し、これまでに妊婦が誘拐されたと思われる場所をマーキングしていく。東京の地理も把握することができて一石二鳥だ。  マーキングが終わり全体を見てみると、どうやら東京北部を中心に事件が起きているようだ。具体的な地名で言うと新宿から上野の範囲で多く起こっている。  これである程度調査範囲は絞ることができたが、白昼堂々どこの場所で起こるかわからない事件をどのように追えると言うのだろう?このくらいの情報は警察も持っているだろうし……  それでももう少し情報がないものかと、誘拐された妊婦たちの個人情報を探した。昨日誘拐された妊婦についての情報ももう出ていて、合計十一人の妊婦についての情報を探す。彼女たちの本名で検索をするとなんと全員がSNSをやっていた。僕はSNSなんてやろうと思ったことすらないから、彼女たちのSNSのアカウントを見るために各種SNSのアカウントを急いで作った。そこから彼女たちの投稿を調査し、何か共通点がないか調査をする。  前提として全員が妊婦で、シングルマザーだったり夫がいたり婚約者がいたりと生活の環境は様々であった。だが投稿を「妊娠しました」と報告している日にちまで遡るとちょうど同じ時期に妊娠していることがわかった。月数を計算すると来月に臨月になる計算だ。それは記事になっていなかったのでメモを取っておく。その他に共通点はなさそうだ。  そのように調査をしながらバイトをこなし、朝を迎える。今日も案の定眠気はきそうに無い。東京に来てから誰かと出かけることがなかった僕は若干緊張して待ち合わせ場所の池袋駅へ向かった。  池袋駅は複雑でやっとの思いで待ち合わせ場所に到着すると、青龍様は先に来ていた。青龍様をお待たせするなんて畏れ多い……。 「す、すみません、お待たせしてしました」 「いや、時刻は丁度だ、気にすることはない」  青龍様は顔の造形や身長こそ同じだったが、腰まであったブルーグレーの髪は短くなっていた。服装も清潔感のあるシャツをまとった洋装である。僕の身長だと青龍様の顔を見上げることになり、美しい顎のラインが目に入る。やはり神様だけあって細部の造形まで美しい。その辺の芸能人なんか目じゃないほどの美貌。しかしながらあまり目立っている雰囲気がないのはおそらく霊力で存在感を薄くしているのだろう。 歩きながらバイトの最中に調べたことを青龍様に伝える。 「成る程、臨月の妊婦か……早く見つけないと時間がないな」 「青龍様は妊婦達の誘拐は変質者の仕業ではなく、術者によって行われているとお考えなのですか?」 「ああ、妊婦は呪術的に大変強い意味を持っているからな……誘拐をしている時に呪術を使っていると言うことは犯人は術者だ。犯人は攫った妊婦を拘束しているか解体しているだろう。となると単独犯ではなく複数犯であることは明白だ。変質者がそのように複数で行動していることは考えにくい。したがってある程度の規模の術者が組織的に犯行を実施しているのだろう」  青龍様は大変明晰だ。僕が頭の中でモヤモヤと考えていたことをすんなりと口に出して整理してしまう。 「そうですね」 「ただやはり次の犯行場所がわからないな、エリアは絞れたとはいえ中々に広い」 「そうなんです、エリア内では規則性がなくて」 「とりあえず今日は池袋を探索してみよう。「偶然」遭遇するかもしれないしな」  どうやら青龍様は僕のことをまだ完全には信用していないらしい。  とりあえず池袋の路地裏を中心に散策することにした。中心のサンシャイン通りから一本外れた道や西口方面にも足を伸ばした。  数時間歩くと少し疲れてくる。そろそろ喉が渇いたなと思ったが口に出せないでいると、青龍様が 「……少し休憩するか」  と提案してくださり喫茶店で休憩することになった。青龍様はコーヒー、僕はカフェオレを注文し、席に座る。 「今日の調子はどうだ?」  おそらく僕が狂乱状態になることを心配してくださっているらしい。 「今日は調子が良いのでおそらく大丈夫だと思います」 「眠れてはいるのか?」 「……いえ」 「そうか、調査も良いが睡眠も取るように」 「しかし、生活費がありますのでそうもいかず」 「では我が家に住むと良い。食事も用意しよう」 「そんな、お世話になるわけには……」 「お前は調査に専念すべきなのだから遠慮は無用だ、我が家に住め」 「えぇ……」  かなり強引な提案だ。バイトはすぐに辞めるわけにもいかないし……と逡巡していると、 「バイト先とやらには私が連絡しても良いのだが。兎に角すぐに辞めなさい」 「れ、連絡は自分でします、わ、わかりました」  なんとその場で連絡を入れさせられ、見事にバイトを辞めさせられた。これからは衣食住全てを青龍様に頼ることになる。またしても畏れ多いのだが、きっと僕を監視する意味もあるのだろう。  喫茶店を出てしばらく調査をしていたが夕方になり、今日は成果なしということで自宅に一旦寄って当座の荷物を準備すると、一瞬で青龍様の家に着いた。どうやらあらゆる空間からすぐに到着できるらしい。 「え、とお世話になります……」 「遠慮はいらぬ」  昼間は短くなっていた青龍様の髪の毛の長さが戻っており、服も和服に着替えていた。  夕食はソファのあった部屋とは異なるテーブルとテレビのある部屋でとった。青龍様は何も食べないらしく僕だけの食事が運ばれてきた。シンプルなサラダにシチューとパンという洋風な食事だ。運んできたのは十二歳ほどの少年で、さらさらとした青龍様と同じブルーグレーの髪をおかっぱにし、瞳の色も青龍様と同じ紺碧だ。息子か何かだろうか? 「あ、ありがとうございます。いただきます」  少年は僕が食事する様子をじっと見つめてくる。じっと見つめられるとやや食べにくい。 「えっと、君の名前は?」  コミュニケーション能力が低いなりに場を和ませようと少年に聞く。少年は青龍様の方を見て、青龍様が頷くと、 「私の名前は綜と申します。青龍様にお使えしている龍でございます」 「綜さん、僕は相馬 觀月と言います。よろしくお願いします」  龍ということはおそらく見た目通りの年齢ではないのだろう。僕よりゆうに年上である可能性の方が高いので敬語にすると、 「改まらなくて良いです。青龍様のお客人ですので、私のことは綜とお呼びください。お食事はお口にあいますでしょうか?」  と言うので、 「お、おいしいです……ありがとうございます」  と返すと、 「人間様向けのお食事をお出しするのは初めてでしたので心配でしたが、それならばよかったです」  そういって綜は微笑んだ。どことなく青龍様に似ている雰囲気で幼気な表情で笑われるとほっこりとする。すると青龍様が咳払いをし、 「明日の調査だが、明日は目白を調査する。まあ山手線を一駅ずつ調査していくということだ。それで良いか?」  と尋ねてきた。 「はい、わかりました、そのようにいたします」 「夕餉を食したら休みたまえ、寝室は綜に案内させるから先に休んでいろ。私は書斎で調べ物をしている」  青龍様が席を立つ素振りをすると綜が椅子をひいた。 「くれぐれもしっかり休め。お前は顔色が悪い」  食事を食べ終わり綜にお礼を言って、風呂を借りる。風呂は白を基調とした清潔感のある広い空間で、前回使用した際はあまりにも衝撃的な出来事の後だったからあまり見渡す余裕がなかったが、この部屋にも川が流れており緑が茂っている部分がある。風呂は相当広いので体を洗った水がこの清涼な川に流れることはなさそうだが、一応注意して体を洗い、湯船に浸かった。川があるせいで半ば露天風呂のような気分だ。この川はきっと前に入った書斎に通じているのだろう。しかし部屋の壁と川が接しているところには穴などはあいておらず、空間自体はこの部屋で閉じているが川の水は流れていて不思議だ。  風呂から上がって髪の毛を乾かすと時刻は夜八時を回っていた。コンビニ夜勤ですっかり夜型になってしまった僕が眠るのは難しそうだが、何もすることがないので綜に寝室を案内してもらう。 「……え」  ベッドが大きい。ダブルサイズってやつだろうか。それに青龍様の私物と思しきものがサイドテーブルにあることから、この部屋は青龍様の寝室だと思われる。横にいる綜に、 「僕がここで寝たら青龍様はどこで寝るの?」  と聞くと、 「青龍様もこちらでお休みになられます。何か問題がございますでしょうか?」  と純粋な目で聞いてきた。綜に一度エッチをしてしまった相手と一緒に寝るのは気まずいと言えるはずもなく、僕はこの寝室を使うことにした。 「青龍様は人間様と異なりまして睡眠時間も少ないので、心置きなくご使用ください」  でも数時間は一緒に寝るわけで……。僕は綜に「ありがとう」というと寝室に入った。  ベッドに腰掛けて寝室を見回す。クローゼットとサイドテーブルとベッド、それにやはり部屋の脇に川が流れておりせせらぎの音が聞こえる。全体は白で統一されていて、川のそばの緑が目に優しい。  この時間ではまだ眠れそうにないので、引き続きスマートフォンで妊婦連続誘拐事件の調査をすることにした。そもそもなぜ妊婦が次々と連れ去られるのか?事件が何件も起きている中、妊婦が安易に外出するとは考えられないが、何故か連れ去られる。それは……病院か!  詳しくはわからないけれど妊婦は定期的に病院に通って診察を受けるはずである。買い物などの用事は他の人に代わって貰うことや通販を利用することもできる。しかし診察は妊婦本人が必ず受けなければならない。犯行グループも同じ考えに行き着いたとするならば効率良く妊婦を攫える場所として病院の近くを選ぶのではないか?  そう考えた僕は、これまでの連れ去り事件の現場の近くに産婦人科がないか検索していった。するとどの事件でも比較的大きい産婦人科へ向かう道すがら起こっていることがわかる。犯行グループにしても患者数の少ない小さい病院よりも、大きい病院の方が効率的だと考えたに違いない。  池袋〜上野間の比較的大きい産婦人科をピックアップし終えると五箇所ほどに絞り込むことができた。池袋のA病院、新宿のB病院とC病院、上野のD病院とE病院だ。これで捜索範囲はかなり絞り込めたはずだ。  そのことを青龍様に報告しに行こうか迷ったけれど、調べ物の邪魔をするのも悪いし、青龍様が寝室に来るまで待つことにした。  他にも情報がないか探していると、川のせせらぎの音で少し眠くなってきたので横になる。青龍様はいつ頃お休みになられるのだろう?  うとうとしているもののやはり自分の部屋ではないし、元々不眠症なのと、そこら中から漂う青龍様の匂いで眠れない。そして隙あらば「あの日」の記憶が蘇る。夜なので平気だがぐるぐると繰り返すそれは僕の正気をゆっくりと削っていく。  零時、一時、二時……と覚醒と微睡を繰り返していると三時頃、青龍様が寝室に入ってきた。 「なんだ、起きていたのか」 「す、すみません……眠れなくて」  するり、と青龍様がベッドに入ってくる。僕は慌てて反対側の隅っこに移動した。これでますます眠れなくなってしまった。  僕はさっき調べた病院の情報を青龍様に伝える。青龍様は「成る程、人間の妊婦について私はそこまで知らなかった。そこをよく調べたな。礼を言おう」と言ってくださった。 「で、でもまだ犯行グループを捕まえたわけではありませんし……」 「それでも調査箇所が絞れたのは大きい。これで私の部下も入れてそれらの病院の近くを張っていれば捕まえることができるだろう」 「それにしても、だ。調査は良いことだが……  人間は睡眠不足になると身体と精神に悪影響だと聞く。寝た方が良い……それとも――」  青龍様が僕を後ろから抱きしめてきた。何かの香が焚きしめてあるのか瑞々しい爽やかな芳香がする。 「昨日のようなことをしなければ眠れないか?」  クスクスと笑いながら力を込めてくる。確かに昨日の出来事があってからは疲労感と安堵感で眠れた、けれど! 「そそそそそれには及びません!お、畏れ多いです……」 「お前は相当な被虐趣味だが誰かに仕込まれたのか?」 「ち、違います……そんな趣味はないです……」 「そうか?相当喜んでいたぞ?」 「も、もう寝ます!寝ます!」  布団を頭までかぶって強硬な姿勢で寝ることにした。青龍様は苦笑いしているようだ。 「わかった、おやすみ」  例によってしばらくは寝付けなかったが、川のせせらぎの音を聞いているうちに眠ってしまった。 「あっ……あああああああ!!いいいいいいいいもっとおおおおちょうだいいいいいい」  姉の声。 「はあっあん、気持ちいい、もっと奥に入れてええええええええええ」  母の声。  狂乱の宴は続く。二人の中は締まっていて暖かい。子種をどくどくと入れるとえもいわれぬ幸福感を感じる。繰り返し子種をそそぐ。溢れるほどに。このヨグ=ソトースの子を孕める栄誉をやろう。

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