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ドン、と砲撃のような音に驚き目を向ければ、壁の一部が燃えてヒビが入っていた。妖の能力だろう、一体どの妖だと目を走らせれば、その隙をついて炎の塊がユキ目掛けて飛んでくる。 「っ、」 咄嗟にそれを避けたが、その行動を読んでいたかのように大きな拳が伸びてきて、ユキの首を掴み上げた。 「ハッ!これでちょこまか動けねぇだろ!お前ら今の内だ!」 体がまるで岩のような大男だ。先程の鬼よりも大きく、その体はむくむくと更に大きくなる。岩男の言葉を合図に、妖達は背後の壁に向かってくる。先程ヒビを入れた攻撃が効いてるのだろう、妖達が壁に何らかの攻撃をする度、ミシミシと嫌な音を立て、すぐにでも崩れてしまいそうだ。 「くそ、」 首を締め上げられ、ユキは勢いよく扇子を広げた。そのまま腕ごと断ち切ってしまおうかとも考えたが、思い止まる。岩の腕は再生しない。 パン、と音を立て扇子を閉じると、ユキはそれを地面に放り投げた。 「なんだ、呆気ねぇな、もう降参か?」 「そうだな、そろそろ選ばないといけないな」 「ハッ!このまま息絶えるかどうかか?情けねぇな、あがいてみたらどうだ?」 可笑しげに笑い、ぐっと腕の力が強まれば、さすがのユキも顔をしかめた。その時、バリン、と鏡が割れるような大きな音が聞こえ、ユキの背後の壁がガラガラと崩れ落ちた。 「おい!崩れたぞ!」 「真尋(まひろ)を追え!」 方々から声が上がり、妖達がユキの横をすり抜けていく。焦った表情を浮かべたユキだが、空からカラスの鳴き声が聞こえ、ユキは苦しみながらも空に視線を向けた。空には、何かを知らせるようにカラスが飛んでいる。 「ハッ!呆気ねぇ!これでお前の役目も終いだな!」 高笑いする岩男に、ユキはふと口元を緩めた。 「いやー、まだまだ」 「あ?」 すると、ユキの後方、走り抜けて行った妖達の悲鳴が響き、数人の妖が焦った表情でこちらに戻ってくる。何が起きたと騒然とする中、岩男も惑いそちらに視線を向けた。 「余所見していいのかい?」 「あ?」 ユキの呟きの直後、岩男は何故か腹這いで地面に体をめり込ませていた。鈍い悲鳴を上げ、何が起きたのか分からない様子で体を起こそうともがくも、背中でがっちりと腕を取られてのし掛かられて、身動きも出来ない様子だ。 その背中の上には、今まで首を掴まれていたユキがいた。ユキは一瞬の隙をつき、岩男の腕に両足を絡め自分の体を持ち上げると、流れるような動きで背後に回り、腕を締め上げ、その体を地面にめり込ませていた。 そうして、懐から札を取り出すと、拘束した腕に貼り手を翳した。すると、札は鉄の拘束具へと変わってしまった。足も同様にすれば、岩男は身動きが出来ず転げ回るしかない。 「おい!どうなってる!これをほどけ!」 「ほどくわけないだろ、俺が選択しないであげた事に感謝するんだね」 ユキは転がった扇子を手にすると、それで口元を覆い岩男を見下ろした。 「その手足、もぎ取られたくなきゃ大人しくしてな」 普段からは想像つかない冷たい眼差しに、睨まれた岩男は思わず息を呑んだ。 「ったく、何やってるんだよ」 声と共に、どさり、どさりと音がする。ユキが振り返れば、そこにはリュウジと、リュウジがやったのだろう、気を失わせた妖達が倒れていた。先程のカラスは、リュウジが来た事を知らせてくれたのだ。癪ではあるが、助っ人の登場に、ユキは内心安堵した。 「手ぬるい事してるから、こんな目に遭うんだ」 全く、と息を吐くリュウジに、ユキは感謝も忘れムッと唇を尖らせた。 「キミこそ、命を取るような真似してないだろうね!」 「お前と違ってこういう事には慣れてるからな!全員生かして牢屋にぶちこんでやるよ!」 すると、二人はいがみ合いながらも揃って背中を合わせた。気づけば再び妖達に周囲を取り囲まれている。真尋を追った者の気を上手くそらせたようだ。恐らく妖達は、ユキとリュウジを始末しなければ、自分の身が危ないと悟ったのだろう、数だけなら、今でも圧倒的に相手の方が有利だ。 「分かってるならいいよ、それより仕事は?よく抜け出せたな」 「東京に戻ってたんだよ、スタジオで撮影だったんだ。レイジから連絡あってさ、(りょう)さんが上手くやってくれた」 会話の最中、妖の水の刃が飛んできて、二人は身を翻し、再び戦闘が始まった。 「へぇ、どんな風に?」 妖の攻撃を避けつつ、ユキは扇子を振りかざし、時に妖を地面にめり込ませていく。 「俺のファンっていう妖捕まえて、そいつらの力使って機械トラブル引き起こさせてた。だから、今夜の撮影は中止」 リュウジも上手く攻撃をかわしながら、素早く相手の体に拳を打ち込み、次々と失神させていく。 「涼ちゃんも、本当逞しいな…」 「妖も頭上がらないからな」 再び、とん、と互いの背中が当たる頃には、妖の数は半数程に減っていた。残った妖の中には、息の合った隙のない二人に恐れ逃げ出そうとする者もいたが、ユキの巻き起こす風はそれを許さず、リュウジの拳が妖を夢の世界へと誘っていくのだった。

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