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真尋(まひろ)!」 そのまま真尋の体が川の中へ落ちそうになり、寸での所でユキが手を伸ばし、その体を受け止めた。 「無茶な事して!酷い傷だ…!」 翼はべったりと血で濡れ、真尋の体も水の刃が食い込んだのだろう、無数の傷跡が出来ていた。リュウジも川から上がり、どうにか春翔(はると)達の体を岸へ引き上げると、真尋の側へ向かう。 「真尋、しっかりしろよ!」 「ご、ごめんなさい、」 「何謝ってんだよ、真尋が助けてくれなきゃ今頃どうなっていたか」 リュウジがくしゃりと頭を撫でれば、真尋は力無く表情を歪めた。 「僕が早く心を決めていれば、皆さんをこんな目に遭わせなくて済んだんです。これ位、当然の報いです」 「何言ってんのさ、真尋も被害者だよ。なのに止めてくれて助かった」 「あぁ、命の恩人だ」 「……」 二人の優しい眼差しに、真尋は戸惑った様子で瞳を揺らした。真尋はカゲの復讐の為に動いていた、いくら最後にカゲを止めたとはいえ、感謝されるとは思わなかったのかもしれない。 「先ずは手当てしないと」と、ユキは真尋の手当てに取りかかる。簡単な処置しか出来ないが、ユキが真尋に渡した鞄の中には治療道具も入っており、こんな事もあろうかと用意していたようだ。 「血止め足りるかな」 「僕は大丈夫ですから、(はる)さん達を先に」 「キミだって重症だよ。大丈夫、二人共息はあるから、きっとすぐに目を覚ますよ」 ユキは真尋の傷の手当てをしつつ、ゼンと春翔を振り返る。その表情は、少し心配そうに春翔の方へ向けられていた。 春翔とゼンの側にはリュウジが向かい、改めてその様子を確認する。銀色の長髪にすっかり変わってしまったが、春翔の隣にいるのは間違いなくゼンだ。リュウジは、パチパチとゼンの頬を叩く。 「ゼン、聞こえるか?ゼン、起きてくれ」 そう何度も呼び掛けると、うっすらとゼンの瞼が持ち上がった。 「ゼン!分かるか?」 「…リュウジか、」 弱々しい声だったが、意識ははっきりとしている様だ。その姿にリュウジはほっと息を吐き、ユキを振り返る。ユキもそれが伝わったのだろう、安堵の息を吐いた。 「春翔は!」 意識がはっきりと戻ったのか、ゼンははっとした様子で上体を起こした。だが途端に頭を押さえ、身を屈めてしまう。 「急に動くから…力が無理に解放されてるんだ、あまり動かない方が良い」 ぽん、とゼンの肩を、リュウジが宥めるように叩く。 「春なら隣にいるよ、お前がその手を離さなかったんだ」 リュウジに促され、ゼンが隣に目を向ける。自分の手がしっかりと春翔の手を握り、春翔が隣に居る事にゼンは安心したようだが、それも束の間、その表情はすぐに不安に揺れた。 「目を覚まさないのか?」 「あぁ、まだ」 「カゲは」 「真尋が助けてくれた。カゲは、真尋が持っていた妖封じの瓶の中で眠ってる」 ゼンが振り返る先には、包帯まみれの翼に身を隠すよう座っている真尋の姿がある。ゼンと目が合うと、真尋は勢いよく頭を下げた。 「ごめんなさい!僕のせいで、」 真尋の肩は震えていた。今の真尋は、過去にゼンに向けた敵意が、全て自分に注がれているような気がしていた。ゼンは、恐れられる妖狐の王子、半妖であるからこそ恐ろしいといわれる王子だ。そんな王子を自分は手にかけようと、その手助けをしていた。 ゼンが春翔に会いに寮へ来た時、春翔がカゲにのまれ、真尋はゼンに自分の正体を明かした。その時から、どんな罰でも受け入れる覚悟はしていたが、いざ目の前にすれば、体が震える。 「…謝らないでくれ、全ては俺が不甲斐ないせいだ。助けてくれて感謝する」 ゼンの言葉に、真尋は驚いて顔を上げた。頭を下げたその姿に真尋は目を瞬き、戸惑って口を開きかけたが、顔を上げたゼンの顔を見ていたら何も言えなくなる。安堵と申し訳なさが入り混じったような表情から、ゼンの思いが伝わり、真尋は唇を噛みしめると、力なく頭を垂れた。 ゼンは自分を許すのか、それを思えば複雑な思いが溢れ、先程とは違う意味で真尋の背が震えてくる。俯く真尋に、ユキはその体を気遣いながら、気持ちを宥めるようにその背を軽く擦っていた。 ゼンはその様子を見て、再び春翔に目を向けた。手を繋いだままの指の背でそっと春翔の頬を撫で、それから再びその手を両手で祈るように握りしめた。 「春翔…」 頼む、目を覚ましてくれ。 シン、と静まり返った鈴鳴(すずなり)川は、いつものように優しく水面を煌めかせる。ゼンの声にならない願いをそっと抱き締めるようだった。

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